力の証明
『属性が決定されました』
頭の中にナレーションの音が響く。
...そうか、そりゃ神器が発現しないわけだ。
俺はこの時初めて、自分に神器が召喚出来なかった理由を理解した。
アイビスと同じく、俺の身体に取り巻いているそれは、正真正銘『闇』だった。
「な...何故デスか!?」
アイビスの表情が強ばっていくのが分かる。
アイビスはおそらく、俺の身体中に巻き付くそれを見て、こんなにも驚愕し警戒しているのだろう。
「アイビス、お前は俺の仲間を傷つけすぎた。だから、お前はもうこの世界には要らない。」
闇の発現と共に空間の歪みから現れた漆黒色の短剣は、その小ささとは裏腹にアイビスの強力なパンチをしっかりと受け止めた。
他の勇者の神器にも引きを取らないな。
いや、もしかしたらそれ以上か...
俺の周りを浮遊していた闇が短剣に集まっていく。
アイビスは力押しで俺を振り切ろうとするが、短剣がアイビスの勢いを殺し、闇を纏った俺の身体はその程度の圧にはビクともしなかった。
それどころか、俺が少し力を入れるだけでアイビスは簡単に押し返されていく。
アイビスは力押しでは俺に敵わないと思ったのか急いで距離を取る。
しかし、あれ程までに脅威だったスピードは最早俺の目には遅すきた。
再びナレーションが聞こえてくる。
『属性固有スキル 闇騎 を使用しますか?』
「使用する」
その瞬間、闇が足裏に入り込み体がフワッと浮いた。
まるで空中に立っているようだ。
闇は俺を乗せたまま浮遊移動し、一瞬でアイビスの所まで移動した。
「なっ......!」
いきなり俺が目の前に現れたことに驚きを隠せないのか、アイビスは大きく目を見開いた。
「ありえない!私のスピードに追いついてこれるなど...!」
「うるさいぞアイビス、佐藤も言ってただろう?...早く動けんのはお前の専売特許じゃねぇってな。」
思いっきりアイビスの顔面目掛けて切りつける。
アイビスも闇で障壁を張るが、無力にもその粒子は短剣に吸収されて消えていった。
俺の手に握られた短剣はなんの障害もなくアイビスの顔に大きな傷をつける。
直後、アイビスの顔からは溢れんばかりの血が辺りに飛び散った。
「ギャャヤヤャ!!」
アイビスは顔に手を当てゴブリンみたいな叫び声を挙げた。
どうやら、この短剣は周囲の闇にある集めて自らの力に変えるらしい。
「なかなかに良い斬れ味じゃんか。」
俺は血が着いた短剣を見て言う。
それまで黙って見ていたほかの勇者達が何やら話し始めた。
「すげぇ...」
「今何したんだ?目で追えなかったぞ!?」
「アイツなんでいきなり強くなったんだよ!?」
「ていうか、京の足元と剣に着いてるのってあの魔族と同じじゃね?」
「確かに!あれ絶対闇だよ!」
「そんな訳ないでしょ!私達勇者が闇を使うなんて!」
「それじゃ、あれは何なんだよ?」
「それは...私にだって分かんないわよ。」
案の定話題に上がったのは俺が扱っている闇についてだった。
そりゃ、神器を通して光の力と自分の属性を合わせて戦う勇者にとって、闇を操る力なんて普通有り得ないよな。
皆が困惑する気持ちも分かる。俺自身なんでこんなに冷静でいられるのか不思議なくらいだ。
いやそれは虚言だな。神楽代と森で話した時点でうっすらと感ずいてはいたんだ。
だから、俺が皆と同じ勇者街道から外れてることも、あの声の主が去り際確認をとったことが、俺にとって皆と同じ道を歩める最後のチャンスだったことも理解していた。
ただ、今ハッキリと分かることは二つ。
アイビスを倒してこの状況を打開出来るのは、さっきの戦いでスキル分の魔力量しか使っていない俺だけということ。
そして、そのためにはこの力が必要不可欠だということ。
ごちゃごちゃ余計なことを考えている暇はない。
今度は俺が小花代達を守る番だ。
その時、しゃがみこんで顔を抑えていたアイビスがゆっくりと立ち上がった。とてつもない魔力を秘めた闇がアイビスの周りに集まっていく。
「...貴様、貴様貴様貴様ァァァ!!よくも私の顔に傷を作ってくれたなァ!!」
アイビスから放たれる威圧が静電気に当てられたかの様にビリビリと肌を刺激する。
流石にヤバい。この威圧だけで軽く失神しそうだ。
俺は短剣を強く握りしめた。
「まぁ、だからと言って負けてやる気はねぇけどな。」
そう呟くとアイビスに向かって短剣を構えた。
足元にあった闇は今度は俺の身体に巻きついていく。
「貴様、何故闇を使える!?それにその剣を一体何処で手に入れたっ!?」
アイビスが怒り混じりの声で聞いてくる。
「さあ?俺に聞かれても分からないよ。ていうか、俺が知りたいくらいさ。...そんな事より良いのか?俺みたいな駆け出し勇者に誇り高き魔族様が押されっぱなしで無様に傷まで負わされて...ざまぁないな。」
俺は分かりやすくプッと笑い、逆撫でする様な口調で答えた。
「ッ......!貴様は肉片一つ残さず消してやるっ!」
怒りが最骨頂に達したアイビスは、どうやら紳士キャラをやめたらしい。
「くたばれっ!」
両手両足に闇を纏い、鬼の様な形相で突進して来る。
「悠くんっ!」
小花代が叫んだ。
大丈夫。やつの動きはちゃんと目で追えてる。
この瞬間、俺は勝利を確信した。
すぐ後ろからは「ちっ!」と佐藤が舌打ちする音が聞こえてきた。
流石は経験者、この後の展開に予想がついているのか。
佐藤はただ傲慢でバカなだけだと思っていたが、間違いだったようだ。
アイビスが俺のすぐ目の前まで接近する。
「死ね!!」
その勢いのまま思い切り俺に殴りかかる。
が、攻撃が俺に届くことはなかった。
地面に真っ黒な魔法陣が浮かび上がり、そこから闇の粒子が集まって鎖に変化していく。
アイビスがベルトラン達を捕まえる時に使ったのと同じやつだ。
「んな...っ!?」
鎖はアイビスの手足を拘束し、殴りかかってきた拳は俺に当たる寸前のところで制止した。
「戦いの最中に冷静さを欠かすなよ。これもついさっき佐藤から言われたことだろ?」
何が起こったのかまだ理解出来ていないアイビスに対し、嫌味たっぷりに言ってやる。
思考が回復して状況を把握し始めたアイビスは悔しそうに嘆いた。
「なるほど。私を誘ったのデスか...」
「出会い頭、お前には真っ先に嵌めたからな。」
アイビスは何とか鎖を解こうと身をよじってたが、最大の攻撃力である手と足を封じられた今、彼にはどうすることも出来なかった。
しばらく抵抗を続けたが、流石に抜け出せないと気づいたのか、最後には諦めて武装を解いた。
「俺の勝ちだ。」
「そのようデスね。」
アイビスにゆっくりと近づいて首元に刃を突き立てる。
が、それは直ぐにやめた。
戦っていた時は気づかなかったが、既にアイビスの身体はボロボロだった。
多分このまま何もしなくても、数分もすればアイビスの命はこと切れてしまう。
戦闘中アイビスは闇を纏って傷を隠していたのだろうか。
特に身体中にある大きな火傷の痕は重症だった。
よくこんな体で戦っていられたな。
アイビスも一人の戦士なのだと知った。魔族の誇りを掛けて戦っていたのだ。
例え命が尽きようとも自分達の勝利の為に。
俺はその姿を見て、改めてこれは戦争なのだと再確認させられた。
「何か言い残すことはあるか?」
精一杯の同情心から出た言葉だった。
俺が聞くとアイビスはフッと笑い力なく答えた。
「貴方は甘いデスね。戦場ではその甘さが命取りになりますよ。······しかし、そうデスね。死ぬ前の遺言ついでに一つ教えてさしあげましょう。」
アイビスはそう言うと、澄ました表情でまっすぐに俺を見つめた。
「その剣には、世界を作りかえうる力を秘められています。それも、あの憎き神をも超える程の力を。......しかし、その強大な力ゆえに、幾度となく貴方を苦しめ破壊していくでしょう。」
予想していなかった言葉に思わず声を荒らげる。
「お前はこの力が何か知っているのか!?」
そういえば、あの聞こえてきた声も同じことを言っていた。
一体あの声の主は誰でこの力は何なのか。少しでも知っておきたい。
だが、明確な答えを得ることは出来なかった。
「私が言えるのはここまでデス。そこから先はこれから貴方自身で探し求めなければならない。どんな悲惨な未来が待ち受けていたとしても、結局未来を選択するのは貴方デス。もしかしたら貴方の選択がこれからの貴方を大きく変えてしまうかもしれない。しかし、貴方は私を倒したのだから、私という圧倒的絶望に屈しなかったのだからこれから先も絶望に染まることは許しませんよ。」
その言葉に俺はゆっくりと頷いた。どうして頷いたのかは俺自身にも分からない。ただ、アイビスの言葉は胸の奥深くまで浸透していったのだ。
アイビスは続けて言う。
「それと、最後に一つ、私のつまらない願いを聞いてくれませんか?」
「なんだ?」
「私はこの世界に生きていたという証が欲しいのデス......今まで私は魔族軍の陰として生き、陰として任務を遂行してきました。どんなに貢献しても誰も私を覚えてはいない。ここで死んだら私がこの世界にいた証拠が完全に絶たれてしまう。それで良い、それが良いと思っていましたが、どうやら、欺瞞だったようデスね。今になって寂しいと思ってしまった。行きたいと思ってしまった。ですから、些細なことで良いのデス。私がこの世界に生きていたことを示す何かを残してはくれませんか?」
アイビスの語るそれは、お願いというよりは懇願に近かった。
自分を証明できる何か...か。
しばらく考えた後、俺は手に握られている剣を見て言った。
「...ファントム・アビスだ。」
「...........なんデスかそれは?」
突然の用語にアイビスは戸惑った様子で聞き返した。
「この剣の名前だよ。ファントムは幻、アビスは奈落とお前の名前を掛けた。誰にも知られないような、でも確かにこの奈落にはお前という悪魔がいたって意味だ。...所詮はガキの安直な思いつきだけどさ、それでも、少しはお前がいたって証明になるだろ?」
それを聞いてアイビスはまたフッと笑った。
彼の体が灰のように崩れていく。もう下半身はほとんど残っていない。
「そうデスね。勇者の愛用武器に自分の名前が着くのです。その名前は嫌でも後世に伝承されていくことでしょうね。」
アイビスはそれだけ言うと満足した顔で崩れ去った。
最後は不敵な笑みだった。
必ず俺が魔王を倒してこの剣の名前を世界中に広めてやるよ。
心の中で決意する。
「...悠くん。」
その時、後ろから心配そうに俺を呼ぶ声がする。
「...大丈夫だ。」
俺は振り返って声高々に宣言する。
「俺達の勝ちだ!...帰ろう、皆の待つ場所へ!」
高く掲げられたファントム・アビスが黒く光った。




