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DLC2‐2 湯煙の向こうに

「温泉! ……うん。良いなぁ、温泉」

「……効能が気になりますね」

「実際にお湯が出たら分析しておくわ」


 案の定……というか、温泉は彼女達にとっても魅力的な単語であったらしい。

 コーデリアがお風呂好きな事は解っていたし、その影響でクローベルもそうなったようで。割と彼女達は大浴場がお気に入りだったりする。

 マルグレッタはああいう大浴場を作る時点で、ベルナデッタ共々温泉好きであろうと解りやすく推察出来たし。さて、メリッサの好みはどうだろう。


「メリッサは?」

「……温泉……温泉ですか。素晴らしいと思います」


 彼女もいける口、と。

 満場一致というか……承諾を得る前からみんな乗り気になっている気がしなくもない。


「ただ温泉が出て、そこを開拓地とするとなると問題が一つ」

「貴族が入り浸ってしまうようになったら本末転倒……と言う事かしらね」

「まあね」


 方針としては今までとそう変わらない。政治的に貴族達と距離を置いてはいても、領主として居を構えている以上将来に渡って完全に没交渉という訳にはいかないし。

 アルベリアに遺されていた財宝を必要経費に持ち出しているだけというのも問題があるように思えるから、お金もある程度稼いで、程々にやっていく方向性ではあるのだ。

 それら諸々の問題点を解決する為、島の外を開拓するという話になっているわけで。


 というわけで話し合いである。


「貴族が利用するだけなら別に良いんだよね。ここに来る目的が政治的でないなら。挨拶に来るにしてもハニートラップとかは、常にみんなと一緒に会うようにすれば回避出来るしさ」

「まあ、それはそうね。ずっと黒衛と一緒にいられる理由が増えるのは嬉しいわ」


 マルグレッタは平然と言うが、ベルナデッタは頬を赤くして視線を泳がせた。

……趣味と実益を兼ねた理由になるからか、みんな嬉しそうだ。


 とりあえず貴族対策としては……領地に立ち入る者には記帳してもらって、竜との盟約を理由にセンテメロスに報告する旨を明確にする、という事になった。

 こちらのスタンスは誤解されたり曲解される余地がないよう分かりやすく、だ。それで腹に一物ある連中は離れていく。人の出入りも把握、管理しやすくなるし丁度良い。


「……そんなに手間もかからないし今のお仕事のついでで出来るから、源泉からポータルでお湯を引っ張ってこれるようにしましょうか。浮遊島の水資源、お風呂のグレード。色々向上すると思うのだけれど」

「湧出量次第だけど島に温水プールを作れそうね。ウォータースライダーと流水プールなんてどう? モンスター達の娯楽にもなって丁度いいと思うわ」


 ……ベルナデッタとマルグレッタの創作意欲は浮遊島でこそ遺憾無く発揮してもらう事にしよう。外の領地で全力を出されると色々問題があるからな。

 とりあえず温泉開拓の方は意思統一が出来ていれば問題なさそうだ。

 普通は開拓などというと過酷な労働が付き物だが、整地と開墾に関しては断章化などをフル活用していけば、資材集めを兼ねながらガンガン進めてしまえるので取り立てて問題は無い。

 魔力をブルドーザーのイメージで形成して押し出すようにしてやると、これが良い感じで平らな地形を作れるのだ。


「他には……問題は無いかな? 開拓地の事でなくてもいいけど」

「あ。でしたら私から一つ」


 と挙手したのはクローベルである。


「みんなの手が割りと余っているようで、グレゴールやクレアがもっと仕事が欲しいと言っていました」


 グレゴールというのは元暗殺者ギルドのラーナの側近で……あの執事の格好をしていた男だ。クレアはセンテメロス王城に忍び込んできた彼女である。

 基本的には俺とクローベルをラーナの後継者で、レリオスをラーナの仇だと認識しているらしい。ラーナの仇というのなら俺達なんじゃないのかとも思うんだが……俺達とラーナとの最後の会話が、強く印象に残っているようだ。


 彼らに関してはリハビリ途中と考えているから、まだのんびりして貰っていて構わないんだけど。現状でも味噌や醤油の仕込みとか果物の収穫などを一緒にやってもらったりしているし。後はゲーム。これも好評ではある。


「うーん。飼い殺しになっちゃってるって事かな」

「いえ。そんな誤解をする者はいませんよ。みんな黒衛に好意的ですから。何と言えば良いのですかね。守られるだけじゃなくお役に立ちたい、と思っている感じですか」


 とすると、好意がそのまま焦りに繋がってしまっている感じか。モンスター達は日々の暮らしを楽しんでいる感じだが、彼らは彼らでまた思う事が違うのかも知れない。


「解った。グレゴール達は俺から話を聞いておくよ。夕食まで間があるし、ちょっと行ってこようかな」


 本人達の希望を聞きながら何か考えてみよう。


「ありがとうございます黒衛。私もご一緒しますね」


 と言って、クローベルはにっこりと微笑んだ。

 信頼されているのが解るだけにちゃんとしないとね。




「――私どもとしては、もっとどんどん仕事を割り振って頂いても構わないと思っているわけです。勿論クロエ様と奥方様のお気遣いには感謝をしていますが、だからこそ……でしょうか」


 早速彼らの所に足を運んでみるとグレゴールはそんな事を言った。隣にクレア。ゴブリン達と追いかけっこをしていた双子のメリルとシェリーが顔を見せている。


「そもそも俺はみんなの身元を引き受けたけど、部下っていうよりは……現時点では隣人みたいに思ってる。だから、ここにいるからって何かを強制したりもしない。自分のやりたい事が見つかるまでの腰かけでも構わないんだ」


 それがやりたい事を見つかる手助けになればいいなと。

 だから色々、今までして来なかった事もさせているわけだし。


「んー。慣れない事ってストレスだったりする?」

「いえ、私は特には。ただ、仕事をしていると安心はしますね。多ければ多いほど良いです」


 うーん。……グレゴールはワーカーホリック気味だな。


「強制はしないとは言ったけれど、暗殺や破壊工作みたいな仕事はこれから先もやらせないよ。俺の心情を慮ってとか、勝手にやる事も許さない」

「……左様ですか。荒事や工作が我々の最も得意とする事なのですが。そうなると私達に何が出来るのでしょうか?」


 と言って、瞑目した。自己評価低いなぁ。


「戦いから離れたら役立たずなんて事、ないでしょ。みんな、読み書き計算は出来るんだっけ?」

「はい」


 ほら。スペック高いじゃないか。


「今の内に……経理でも覚える?」

「経理、ですか?」


 とりあえず開拓地の事を説明する事にした。

 工作活動などもしていたと言う事は、物流とかお金の流れとか、そういう部分のノウハウもあるんじゃないだろうか。


「――というわけで、実務も必要になってくると思うんだ。正式な手続きに則るから今までとちょっと勝手が違うかも知れないけれど、経験が活かせないわけじゃないし。後は町中の警備とか、入植者へ新しい農作物の作り方を指導したりとか……他にもあるけれど。そういう仕事でも良いの?」

「……皆に今のクロエ様のお言葉を聞かせてみます」


 グレゴールの表情はどこかほっとしたようなものだった。


「どっちにしても、こっちから追放するなんて事はしないから、そこは安心してくれて良いけれどね」


 さっきまでのグレゴール達から感じていた焦りと不安というのは、つまりそういう事なんだろう。役に立たないなら捨てられるというような、強迫観念めいた感情。

 でもそれは、ある面では前より状況が改善して、前進していると思う。自分達の意志で考えて何かをしようと思っているという証みたいなものではあるんだ。

 



 温泉繋がりで、お風呂で考えれば開拓地やそれに付随する物に関して何かいいアイデアが出るかもと、夕飯を食べてから大浴場に向かった。

 グレゴール達の反応は中々悪くない。現状、開拓地の事もあって雇用創出ならいくらでもと言う感じではあるし。

 仕事を任せるというのは解りやすい信頼の形だと思う。今、彼らが前に進む時期ならその一助になればいいんだが。

 湯船に浸かってそんな風に考え事をしていると、女湯に繋がる通用口からノックがあった。


「黒衛、シャンプーってそっちにまだある?」


 と、顔を覗かせたのはマルグレッタだ。


「ん。切らしちゃった?」

「こっちの消耗早くって」


 だろうな。人数もそうだし、みんな髪だって長いし。

 容器を持って通用口のマルグレッタの所まで行くと、手渡すと言う段になって彼女は何か良い事を思いついた、というような表情をした。


「んー、黒衛。こっちこっち」

「え。ちょっと?」


 マルグレッタに手を引かれ、女湯側に踏み込んでしまう。

 そこにはみんなが揃っていて。湯煙の中に肌色の桃源郷が広がっていた。


「…………」


 彼女達と視線が合う。一瞬何もかもが停止したように思えた。

 女湯に乱入とか……。普通なら悲鳴が上がって桶なりお湯なり飛んでくるものなのだろうが、俺達は夫婦なのでそういう事にはならない。

 代わりに、彼女達は顔を見合わせて笑みを浮かべ、何やら頷き合った。

 いや……その反応は……。逆に身の危険を感じるっていうか。

 背後で扉の閉められる音。マルグレッタが満面の笑みを浮かべながら通用口を閉じているという場面だった。


「ふ、ふふふ。クロエ様?」


 背中に柔らかい感触。

 一番近くにいたメリッサが怪しい笑い声をあげて、俺の背を押さえにかかっている。


「一緒に入りたいならそう仰って下さればよかったのに」

「いや、これは不可抗力っていうか……」

「まあまあ。湯冷めしては身体に毒ですから湯船の方へ。お話はあちらで伺いますから」


 と、左腕にもクローベルの腕が回される。

 ……一瞬のアイコンタクトから、この一致団結ぶりである。既に俺を男湯側へ逃がす気はないようだ。

 俺が魔力マッサージなど余計なものに開眼したせいで、不甲斐ない所を見せられないからと、逆に彼女達のモチベーションに火を点けてしまったような所はある。

 今日は特に、開拓地の絡みでハニートラップの話なども出ていたから、それでという所もあるんだろうが……そんなに気合い入れなくていいんですよ、君達は。

 湯船に浸かると悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女達に囲まれてしまう。


「こっちの姿って黒衛的にどうなのかしら?」


 と、マルグレッタは言う。


「……激しく犯罪臭がするんだけど」


 コーデリアとベルナデッタも割合ぎりぎりなラインな気がしているのに、マルグレッタがそっちの姿でとなるともうね。


「でもわたし、年上だし妻だし。黒衛の国の法に照らしても何も問題ないわ。無理もする気が無いし」


 それ以前に日本じゃ重婚は出来ないという突っ込みは無意味なようだ。無理とは何のことだか想像がつくが、無理をする気が無いなら何をするつもりなのか。

 

 マルグレッタはコーデリアに耳打ちしている。

 コーデリアは……色々危険だ。俺の考えがある程度が解ってしまうだけに、初夜の時もコーデリアは顔を真っ赤にして「お兄様、そ、そんな事をさせたいの?」と、慌てていたりもした。

 その時はお互い初心者と言う事もあったので何とか自制したが……伝わってしまえばコーデリアは何でもしてあげたいと言う献身的な人なので。


 実行に移せばみんなラーニングするし、共鳴もあるので色々的確だったりする。

 二人は少し頬を赤くして一緒に、とか何とか頷きあっている。

 ……ああ、解った。ここは死地なんだな。そうなんだな。

 抱き着いているのが誰で、身体のあちこちを撫でている手が誰の物か。もう既によく分からない。


 ……女湯は暖かくて柔らかくて危険な場所であった。

 とりあえず、開拓地の温泉施設の参考にはならない。

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