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82 スピードキング

「……驚いたな。あれほど速い奴には初めて会ったぞ」


 放たれる雷撃の槍を身体を回転させて避けながら、感心したようにイシュラグアが呟いた。

 と言いつつも、その口調に余裕を感じるのは自分の方が速いという自負心故か。


「黒衛。私達はそちらに横槍がいかないように援護します」

「うん。お願いクローベル」


 クローベルの言葉に頷いてから、頭上を見上げた。

 黄星竜はこちらの様子を窺うように……というか挑発するように上空を旋回している。竜同士だからか? どうも……向こうは対抗心バリバリのようだ。

 速度を売りにする者同士という所でも思う所があるのだろう。


「さて……向こうはその気みたいだし追い掛けっこでもする?」


 私がイシュラグアに問いかけると、彼女は私に少しだけ振り返って笑う。


「何か考えがありそうだな?」

「追い付けるならそれが理想かな。距離を詰めてくれたら後は私が何とか出来るから。あいつが目的の場所に着いても手はあるんだけど……人質を危険に晒すのはちょっとね」

「ほう。ではわしがあいつを追い抜けば良いわけだ」


 イシュラグアはどこか楽しそうに答えて、黄星竜に向かって飛ぶ。

 オクシディウスの出番は今回は無しで済ませるつもりだ。まだネタが解っていないし、離れた位置を高速で動き回っているから煌剣で致命傷を負わせる為の解析も上手く行かない。


 黄星竜は私達が迫って来るのを見て取ると、こちらに背を向けて飛び始めた。黄星竜が逃げ、イシュラグアがそれを追う形。

 奴にしてみれば私達を追い込むより、人質のいる場所まで誘い込む方が楽なのだろう。


 こちらがレリオスの狙いに気付いた事には気付いていないのだろうか? 気付いていたとしても結局は同じ行動を取るのだろうが。

 ともかく人質のいる付近まで誘導して、向こうの作戦通りに事を進める気でいるのは間違いないようだ。


 こちらが背後を取っての追撃という形のはずなのに、黄星竜の周囲を旋回する星から、当然のように後方へ向かって雷撃の槍が飛んでくる。

 この雷の槍は――単発なら私の対雷用の障壁でも防げるが、集中砲火を浴びるような事態になるとちょっと危険かも知れないな。なるべくなら受けずにやり過ごしたい所ではある。


 速度勝負であるなら本来クロックワークだけで事足りるのだが……あれは非常に燃費が悪い。余り遠い位置から発動させて、魔力枯渇で倒れるなんてしたら間抜け以外の何物でもない。

 魔力枯渇に対する対策は考えたのだが、クロックワーク発動中に出来る事ではない。


 つまり、使うならば確実を期すために間合いを詰めてから発動するのが前提となる。

 イシュラグアを同時に私の時間に引き込むと更に燃費が悪くなるからそれも出来ないしなぁ。

 そういう意味で言うなら距離を置かれて射撃戦に持ち込まれると言うのは、私にしてみれば嫌な対応ではあるのだが。

 

 奴の射撃に対抗して、こちらからも魔力弾や吐息による攻撃を仕掛けているのだが、奴は振り返りもせずに避け続けている。

 恐らく周囲の傀儡竜の視界を使ってこちらを捉えているわけか。みんなの援護のお陰で、私達のチェイスに傀儡竜を直接干渉させられない状態にしているというのに、これである。

 レリオスが最後に残すだけあって嫌な特性を持っているよ。ほんと。


 上昇していく黄星竜を追いかけてイシュラグアも高度を上げる。

 太陽を背にした所で急に失速、宙返りをしながらの下降。それを更に追う。追う。追う。高速で天地が入れ替わりながら、景色が流れていく。

 敵は正面にいるのに、側面や後方から星による雷撃が飛んでくる。

 だがイシュラグアの反応速度も相当なものだ。飛来してくる雷の槍を避けながらも飛んでいくその挙動には危なげがない。避けるとタイムロスになってしまう物だけ私が障壁で防御していく。


「クロエ! 大丈夫か!?」

「私の方は大丈夫!」


 ボディジャックを発動させて重力によって身体が受ける負担を意識からカット。自身のコンディションは体内魔力の状態からチェック。念の為に内臓がやられないよう自分に対してヒールをかけながら追走する。

 イシュラグアは私という重りを乗せていて奴は丸腰……ではあるが、その分私が前面に円錐状に障壁を展開して空気抵抗を減らしている。

 私と言う要素がこの空中戦で有利になっているのか不利になっているのかは分からないが……若干ではあるがイシュラグアの方が飛行速度は速いようだ。少しずつ距離が縮まり始めている。


 黄星竜はスピードで負けているという事実が余程気に食わなかったのか、こちらを肩越しに振り返って一声苛立たしげに咆哮を上げる。

 今度はイシュラグアの空中挙動の制御能力を試すように、地上ぎりぎりを低空飛行し始めた。白い石で作られた廃墟の街を、縫うように飛翔する。


 崩れかけた建物と建物の間をすり抜け、橋のアーチをくぐり――イシュラグアは私が建造物や瓦礫にぶつからないように気を付けて飛行してくれているが、地上付近での背面飛行は中々スリルがあるな。

 雷撃を飛ばしてくる星そのものを魔力弾で潰してはみるが、その度に再度黄星竜が生成してくる。やはりSE消費による魔法の類か。


 奴はやはり、攫ってきた人達がいる場所に誘導しようとしているようだ。真っ直ぐ目的地に向かうと誘導がバレるとでも思っているのか、割と無駄な場所を飛びながらも、少しずつこちらを中央部に誘導しようとしている。

 しかしやはり旋回速度や制動能力もイシュラグアの方が上だ。距離は縮まる一方である。


 段々と距離が縮まって来た事で、こちらから放つ魔力弾や吐息も避け切れなくなってきたらしい。

 イシュラグアの吐息がとうとう奴の頭部を掠めた。

 黄星竜的には作戦遂行よりも空戦能力で負ける事の方が看過出来ない事実なのか、飛び回るのを止めると、こちらに向き直って実力行使でイシュラグアを排除する事に決めたらしい。その目には明らかな怒りの色があった。つまり……自分で挑んだ勝負なのに負けそうでキレちゃったわけか。


 黄星竜の顔の前に星が並んで円を描くように回転を始めた。奴の身体と星が紫電を放ち、体内魔力の反応が膨れ上がっていく。最大威力の吐息を放つつもりなのだろうが、そうはさせるものか。

 力尽くでノーコンテストにしようだなんて図々しいったらない。


 奴の無様にイシュラグアが高笑いしながら真っ直ぐ突っ込んでいく。黄星竜が口を開いたその時には既に私の間合いに入っている。距離を鑑みての魔力は十二分。クロックワークが発動した。


 私以外の全てが凍り付いた世界で、イシュラグアから離れて黄星竜の目の前まで肉薄する。私の手の中には断章化されたカードの束。

 吐息を吐こうと大口を開けた奴の喉の奥にその束を放り込む。


 クロックワークを解除すると同時に、断章化も解除。

 封じ込めておいた大量の海水が奴の体内で解放された。そんな大質量を体内で発生させられては竜と言えども耐えられるはずもない。黄星竜は内側から弾け飛んだ。

 一瞬遅れてイシュラグアに空中キャッチされる。吹っ飛んだ黄星竜もしっかり断章になって回収完了だ。当然のように灰色。不服従だ。


 レジェンド ランク76 黄星竜ヴィスガンテ

『負けたらコントローラーを投げるタイプね。一緒にゲームは楽しめそうにないわ。 ――楽園の姫ベルナデッタ』


 全くだな。

 因みにファルナもイシュラグアも、対戦パズルに負けても楽しそうにゲームしていた。

 ……いや、ファルナはいつも通りの無表情だけど。表情が伴わないだけで感情はちゃんとあるんだ、あの子は。


 さて……残りはレリオスただ一人なんだが。

 その前に無理やり連れてこられた人達を近くの街へ送っておかないと。

 アルベリアがこんな人里に近い所にあるのも問題だな。レリオスとの戦闘で浮遊島落下なんて事態になったら大惨事である。


 ベルナデッタに頼んでもっと人里から離れた場所に移動させなきゃ。

 あ、ヴィスガンテに囚われてる魂も先に解放しなきゃならないか。

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