77 サロン
「いや……いやいや。ちょっと待ってベルナデッタ」
待ったをかけたのは……というかかける事が出来たのは、あっちのネタを理解出来ているコーデリアぐらいのものだった。私もベルナデッタの本気度は計りかねる部分がある。
「流石に名前はネタじゃダメでしょう?」
「けれど、わたしの性質をこれ以上的確に表したお名前があるのかしら? いや、ない」
女王は拳を握りしめて椅子から立ち上がった。ベルナデッタもうんうんと頷いている。そっちもOKなのか!
このままでは本当に女王の名前がワルナデッタになりそうなので、冷静になってもらおうと声をかける。
「いやね、女王。流石に真面目な場面でその名前だとね?」
……あ。つい女王とか呼んでしまった。
女王とベルナデッタが私の方を向いた。女王の方は私の顔を覗きこんでくる。
「女王……って?」
「あ、いや。会った時に女王って印象を持ったから。心の中でベルナデッタと区別する為に便宜的にそう呼んでたっていうか何て言うか」
拙かっただろうか?
「ふむ……女王、女王ね」
女王は握り拳を解くと、すとんと椅子に腰を下して私に聞いてくる。
「詳しくお話を聞かせて頂戴。女王に相応しい、素敵なお名前が良いのだけど?」
……あー。これは私に名前をつけろ、と?
責任重大である。みんなして固唾を飲んで見守る的なハードルの上げ方は堪忍していただきたい。
「ええと。マルグレッタ……は、どう?」
マーガレットの変形だな。女王と言うにはやや素朴な花だけど、これからはみんなの中で一緒に生きて欲しいという事で、親しみのある花をその名前のモデルにした。確か……心に秘めた愛っていう花言葉があったと思うんだ。
女王はしばらく真面目な顔で思案していたが、何度か口の中でその名を反芻したあと、やがてその表情が緩んだ。
「お花のお名前? うん。いいわね」
そんな訳で、一騒動らしきものはあったものの、私の命名により女王改めマルグレッタとなった。
それにしてもワルナデッタ……。
某配管工兄弟似の黄色い奴みたいなネーミングだが……まあ、その名前は地球文化がお気に入りな証拠みたいなものだろうな。
本人が気に入っているならそれでも良いんだが……果てしなく緊迫感には欠ける。
……さて。色々と状況も変わった。枷を壊した事により二人は外に出られるようになった。
そして、枷の獣戦で合体攻撃を行った事で、担い手が二人いる場合のデータも取れたので、ベルナデッタ達の調整により外での安全性を確保し、私とコーデリアも同時に外に出られるようになった。
そうなると私にとっては、今まで以上にカモフラージュ及びメタモルフォーゼが重要なわけだ。担い手としてグリモワールの力を引き出すには平坂黒衛に戻るわけにもいかない。なので普段はティリアの姿で行動させて貰っている。
グリモワールの将来的な扱いに関しては保留。もうベルナデッタを縛る物ではなくなったというのがまず一つ。
それに魔竜を倒した後も、色々後始末をする必要が予想される。とは言えグリモワールが人を引き寄せてしまう危険な代物である事は変わりがないので、その辺の対策を含め、アルベリアの遺産の処分法などについて考えていく必要があるだろう。
あれこれ解決して、多少はまったりできるかと思えばそんな事はなく、私達はレリオスの所に攻め込む前に準備に追われる羽目になった。
最後の分身の空中戦対策を詰めるとともに、ラーナの遺した刻印魔術を元に魔道具を作って準備を整えなければならなかったからだ。
空中戦をどうしようかとも思っていたのだが……封印されていたアルベリアの秘宝を自由に使えるようになったというのが大きいからな。あれはティターニア号の核に任せる事にしよう。
分身や奴との直接戦闘の方はともかくとして。
レリオスは当然のように下衆い策を用意しているものという大前提に立っておくべきだ。
あいつの置かれている状況から取れるであろう、様々な手段に対抗する為の想定を練り、準備を整えておく。戦闘の際、外的要因の横槍を入れさせない為だ。
この辺の予測や対抗策に関しては、私達の他にもフェリクスにディアス、リカルドさん、ウィラード卿、ベリウス老といった顔ぶれにて何度も話し合って、ある程度の指針を出している。
まあ……あいつの狙いなんかは薄々というか大体想像が付いているし、封印されているあいつの取れる行動だって、選択肢もそう多くはない。
孫子さんも言っているじゃないか。「彼を知り、己を知れば百戦危うからず」「戦う前に勝敗は決している」と。
うむ。至言だ。
あいつの手札は分身と、それを犠牲にして作る意識体の二種しかなかった。
だから二体目の意識体を潰した時点で、戦局というか状況はこちらの大幅有利に傾いている。取り得る選択肢が多い方が、優位に立つに決まっているのだ。
あいつは自らが最強戦力で、他の手札は封印を破る手段としか思っていない。だから、手札の消耗に危機感を覚えていないんだろう。
封印から解放されてさえしまえば単体で眷属を増やせるんだから解らない話でもないけど……まあ、それは油断し過ぎと言うものだ。
準備にしろ話し合いにしろ、事前に出来る事には限界があるからな。その辺がある程度纏まった所で、壮行会をしようと言う話になった。
私としてもやれる事はやった感じがある。
みんなで一日、お城でのんびり過ごして英気を養う事にした。
センテメロス王城の後宮にはいくつかサロンがあるのだが、フェリクスの妃がシャーロットとアルマの二人しかいないので、部屋も設備も余りまくりだったりする。
なので後宮一角のサロンを貸切にさせてもらって、私達の拠点というか集会場代わりというか、そんな感じに自由に使わせてもらっている。ベルナデッタとマルグレッタがなるべく多くの時間外に出ようとしている為に、人目に付かずに過ごせる場所が欲しかったのだ。
たまに中庭を散歩したりもしているので二人とも外に出ないと、とは思っているようである。
ベルナデッタとマルグレッタは対外的に「コーデリアの友人」と言う事で通っているが、立ち居振る舞いなど所作一つ一つが洗練された王侯貴族のそれなので、王城に勤めるような人達にはやんごとない身分だと解ってしまうものらしい。彼女達についての詳細が誰に聞いても出てこない辺り、逆にぞんざいに扱ってはいけない相手と思うものらしく、みんな貴人に接するような恭しい態度で接している。
「お待たせみんな」
「ああ、黒衛。待ってました」
サロンにはもうみんなが集まっていた。私が顔を出すとみんな笑顔で迎えてくれた。
まだコーデリアは来ていないな。フェリクス達と話をしているのだろう。
……親子水入らずの時間、か。ティリアの姿になっているから軽減されているけれど、こういうのも共鳴で感じるからな。
お茶を淹れてソファーに腰かけて一息つく。
「何だか、久しぶりにゆっくり出来る気がします」
「クローベルも忙しかったからね」
私の言葉にクローベルは苦笑した。
クローベルは新しい魔道具の鍛錬に、日課となっているソフィーやファルナの訓練、暗殺者ギルドの後輩への面会やらと中々多忙だった。
うん。クローベルだけでなく、ここの所みんな結構忙しかったんだ。
一番忙しかったのは……多分メリッサだな。何故ならまた人形を増産したから。ベルナデッタ人形とマルグレッタ人形二種類、それにファルナ人形の計四体。まあ充実という意味では彼女が一番充実していたんじゃないかと思うが……。
コーデリアも魔道具の作成、ベルナデッタ、マルグレッタはグリモワールの調整やらを頑張っていたし。
俺としてもレリオスの事を片付けて、今度こそまったり過ごしたい。あいつを倒していないから我慢している事が、あれやこれやと……色々あるのだ。
例えばクローベルとの事もそう。
レリオスの事が未解決な上、ラーナの一件があったばかりと言う事もあり、仲の進展とかそういう浮いた話にはならない。
恋人として彼女にしてやれる事は、一緒の時間を作ったり他愛のない話をするなんて事ぐらいで。これで彼女の力になれているのかな、なんて自問する日々だ。
「でも充実していましたよ? 黒衛からは色々貰ってしまいましたし」
「魔道具の扱いにはなれた?」
「はい。もうばっちりです」
胸に手を当ててにこにこと笑うクローベルは嬉しそうだが……戦闘用の魔道具は恋人に贈る代物ではないのである。
そしてクローベルの好みはやっぱり実用性一辺倒。
ラーナの教育方針らしく身綺麗にはしているが、装飾品の類はどうもぴんと来ないらしい。
魔道具を作るにしても指輪とかイヤリング型より、装飾のついていない武器防具と一体化型とか……そういう方が喜ばれる。
うん……。やっぱりね。装飾品として女の子らしい物を贈ったりして喜んでもらった上で身に着けてもらいたいと……そう思うのだ。
ここでいう女の子らしい物というのは、特にエンチャントしてない物、と言う意味。
その上で喜んでもらえる物とは何だろうと頭を悩ませている。
つまりだ。理由が私が贈ったからだけになってしまう物や、実用性もあって役に立つからという物は無し。
そうじゃなく、クローベルが身に着けたいと思うものを渡したい。それでエンチャントなどしていない装飾品をという所に繋がるわけである。
勿論彼女の恋人としてというのもあるけれど。
クローベルは、自分は剣を振るう事しか知らないって、良く口にするんだ。
それは自分の価値を戦いに見出しているからで、逆に他の部分の評価は低いからなんだろう。
私から見ると……全然そんな事はないんだけど。その辺が時々捨て身を厭わない戦い方をする部分として出てくるんだろう。
まあ、そうしたのは本当にギリギリの場面ではあったけど。
そういう理由もあって彼女には戦いとは無縁な贈り物をしたいと思っている。
……と、そんな風に私がこっそり考えている、なんて事は、私の問題なので置いておこう。
「お二人はどうですか? 外には慣れましたか?」
クローベルはベルナデッタ達に尋ねる。
「……庭園でもお外でもそんなに変わらないと思っていたけれど。生身でお外に出ていると庭園では省略出来ていた部分が色々あるんだなって痛感させられるわ」
「お腹が空く感じとかね。身嗜みを整えたりお風呂に入ったり……そこはまあ、コーデリアがお風呂好きで良かったけれど」
うむ。コーデリアは入浴が好きなので、王城のお風呂は割と充実した設備になっていたりする。シャンプーやリンスあたりはベルナデッタの協力であっさりと実現したので最近みんなの髪は前よりも艶やかな感じだ。
マルグレッタの髪は……大人モードだったら長すぎて大変だっただろうな。今も腰ぐらいの長さだから充分長いのだけれど。
「あと、ゲームが出来ないのが困りものね」
「……マイクラがしたいわ」
ベルナデッタはそんな事を言う。マルグレッタがマイクラなのは……一人で長く遊べるからなんて言う、悲しみを背負っていたりするのだろうか。今度彼女の力作を見せてもらおう。
マルグレッタは爪先が床に届かない椅子に座って、足をぶらぶらさせている。腕に何やらウサギのぬいぐるみを抱えていた。
片目がボタン、片目がバツの字、胴体はツギハギという、やけにサイケデリックなデザインの物だ。
あれはれっきとした魔法生物で、マルグレッタの子供形態時の護衛役らしい。
子供の時はこういう子供らしい魔法の方が効力が大きくなるのよと、したり顔で説明してくれたけれど……案外精神年齢も身体年齢に引き摺られているという可能性はあるな。
ウサギの名前はグレイルというらしい。きっと倒すには聖属性の爆発物が必要なのだろう。
みんなで談笑しているとコーデリアもやって来た。シャーロットも一緒のようである。
「みんな、お待たせ」
「コーデリアを引き留めちゃって、ごめんなさいね。私もご一緒させてもらっていいかしら?」
シャーロットはそう言って私を見ると微笑を浮かべた。




