６９　パジャマパーティー

　ファルナには読み書きを教えているからトランプぐらいは出来るようになっている。

　たかがトランプ。たかが遊びだと言って、侮ってはいけない。

　ルールを守って遊ぶから楽しいのだと子供に教える事が出来るのだ。それは協調性や遵法精神の形成に繋がるものだからね。

　三人でトランプで七並べをしていると、慣れた様子のコーデリアと、若干戸惑っているメリッサが部屋に入って来た。

「お待たせしました」

「いらっしゃい二人とも。こちらは準備が出来ているわ」

　ベルナデッタが笑顔で二人を迎えた。手を一つ打つと、テーブルの上に様々な料理が現れる。

「何だか……珍しい料理ばかりですね？」

「お兄様の国で食べられる料理なのよ」

　コーデリアの言葉に、みんなして興味深そうな表情になった。

　ファルナだけは無表情なのに目を輝かせて、早く食べたいと言う感じだが。

　確かにベルナデッタにしか出来ない歓待の仕方と言えよう。

「ま、味と食感を楽しむだけのものなんだけどね」

　と、ベルナデッタ。

　情報再現であるが故にどれだけ食べても体型に影響しないし、酒を飲み過ぎて酩酊したり二日酔いになったりすることも無い。食べると言う事の本来の意味からは外れているが……ベルナデッタ主催の酒宴、彼女の祝福の意である。ありがたく頂戴しよう。

「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」

　ベルナデッタと日本式のやり取りを交わして会食が始まった。

　

「ラーメンはどれ？」

　ファルナは両手にナイフとフォークを握った臨戦態勢だ。うん。ナイフとフォークの使い方は覚えたが、当然ながら箸は使えない。まあ、ラーメンならフォークだけで大丈夫であろう。

　私はファルナに雷紋――あの四角い渦巻き模様が描かれたラーメンのどんぶりを渡す。

　ナルトにメンマ、チャーシューに海苔、ネギという超オーソドックスな仕様のラーメンである。

「これがラーメンだよ。お湯を注ぐと食べられるインスタントラーメンっていうのもあっちにあるけど」

「どっちも食べる」

「……順番にね。こっちの胡椒は好みでラーメンに入れたり入れなかったりするから試してみて」

　ファルナはこくんと頷いて椅子に座ってフォークでラーメンを食べ始めた。

　表情は変わらないが、何だか竜の尻尾が飛び出して左右に振られているから、あれはあれで喜んでいるのだろう。

「随分香辛料を沢山使った料理なんですね。ちょっと辛いですが」

　メリッサはカレーをチョイスしたようだ。インド式ではなく、所謂海軍カレーライスという奴である。

　辛いと言いつつ食は進んでいるようだ。

「ニホンの料理は随分とバリエーションに富んでいるんですね」

　クローベルがテーブルの上に並んだ料理を見て感心している。

「まあカレーやラーメンは元々外国のものだけどね」

「ニホン料理はどれでしょうか？」

「そっちの握り寿司なんかは日本料理って言っていいのかな。生魚だけど新鮮だから……っていうのは情報再現だから最初から心配する必要もないんだろうけど」

　クローベルに醤油や山葵の事などを説明する。

「変わったソースですが美味しいです。んっ……！？」

　どうやら山葵が「来た」らしい。口元を押さえてクローベルは目を白黒させていた。山葵は辛いから気を付けてとは言ったのだけれど、ダメだったか。というか、山葵のアレまで再現しているのか……。

「クローベル、大丈夫？　これがなければお寿司じゃないってベルナデッタが言うの」

「い、いえ。ご心配には及びません」

　コーデリアが苦笑を浮かべていた。

　彼女自身はファーストフード店のハンバーガーにポテトとコーラだ。

　お姫様が食べる感じの代物ではないが――ああいう物は私も嫌いじゃないから、その辺の影響かも知れないな。

「山葵やお酢を使うと食べ物が腐りにくくなったりするのよ。それも含めて食文化や人々の知恵という事よね」

　そんな事を言いつつベルナデッタ自身はたこ焼きを食べている。ペットボトルのお茶とかラベルまで再現している辺り芸が細かい。

　何というか、二人ともお姫様なのに……随分庶民的な物を好むんだな。

　豪勢な食べ物よりも案外そういう物の方が彼女達にとっては新鮮だったと言う事なのだろうか。

　私は白米に味噌汁、ぶり大根を頂く事にした。久しぶりに和食が楽しめる。

「デザートやお菓子も用意してあるからね？」

　果物に各種ケーキ、プリンにゼリー。あんみつ、羊羹。アイスクリーム専用の冷蔵庫に駄菓子類まであるぞ。

「庭園ならいくら食べても太らないから安心なのよ」

「……どうやら本気を出す時が来たようです」

　コーデリアの台詞にメリッサが反応した。

「こんな物を用意したのだけれど、どうかしら？」

　ファルナ以外はもうそろそろ食事も充分と言った空気が流れ始めた頃、ベルナデッタがどこからともなく取り出して来たのはパジャマだった。

「なんでパジャマ？」

「パジャマパーティーって惹かれる響きが無い？」

　ベルナデッタ的には無礼講でラフなパーティーにしたいのかも知れない。まあ……そのコンセプトに異存はないが。ついでに夜通し遊ぶ気満々なのが解る。

　そんなわけで会食からパジャマパーティーになった。

　私は隣の部屋に入って行った皆を見送って、着替えて待つ事にした。

　ややあって呼ばれたので私も隣の部屋に入っていくと……隣の部屋は何故か和室で畳張りの部屋になっていた。なんだか和洋折衷の旅館みたいだ。

　井草の良い匂いがする。布団が六人分敷いてあって、壁に大型のモニターがあり、枕元にペットボトルとグラス、お菓子類が置いてあった。

　ここで皆してごろごろと横になった上で、大型モニターでゲームをしようという趣向なのだろう。……中々自堕落で緩んだ感じに過ごせそうな、恐ろしい場所である。

　そして皆着替え終わってパジャマ姿になっていた。

　ファルナは何だかフード付きの着ぐるみ風パジャマだ。兎の耳が良く似合ってはいるが……兎の皮を被った竜というのはどうなんだろう。

　メリッサはワンピースの……つまりネグリジェと言われるタイプかな。薄手ではないし露出も少ないから語感ほどセクシーな奴ではない。それじゃパーティーの主旨が変わってしまうし。

　コーデリアはナイトガウン姿だが、リボンとかフリルが付いた可愛らしいデザインだ。ちょっと恥ずかしそうにしていた。

　ベルナデッタもワンピースのネグリジェタイプだが、ナイトキャップにケープ装備である。精神年齢はともかく、見た目はコーデリアよりやや幼い感じなので何となくぬいぐるみとか似合いそうな感じ。

　クローベルは――何故だか浴衣だった。温泉宿によくある奴で、腰の所を帯で締めて茶羽織を重ね着している。

　確かにあれもパジャマといえばパジャマなのかもしれないが……不意打ちな上にプロポーションが良いので破壊力が高い、と言っておこう。

　因みに私はオーソドックスなツーピースのパジャマというチョイスだ。シルクの着心地が良い感じである。……受け狙いの為に着ぐるみを着たりは、しない。しないぞ。

「ふむ。それじゃあどうしましょうかね」

「というかどんなゲームがあるの？」

　見せてもらうとパズル系の有名所に加えて、レースゲームやボードゲーム系の有名所、音ゲーも取り揃えているようだ。多人数対戦できるゲームが結構豊富だな。というかボードやカードはアナログもあるのか。

「言葉の問題があるからなぁ」

　クローベル、メリッサ、ファルナにはボード系は出来ないだろう。ファルナはまだ読み書きが完璧じゃないしな。

　現に彼女達は何が始まるのか解らずキョトンとした顔をしている。

「解読や翻訳の魔道具を作ればいいんじゃないかしらね？　日本語を暗号代わりに出来るから、この場限りじゃなくても役に立つと思うけれど？」

「それがいい……かな」

　そういうわけでパパッと作ってしまおう。翻訳魔法の習得と違って合成ならＳＥ消費しないで済むし。

　因みに翻訳魔法は言語のフォーマットを選ばない。

　魔道具だと作成者が二種類の言語に精通していなければならない事、その二種間でしか翻訳や解読が成立しない事が問題点として挙げられるが……まあ、今回は魔道具で十分である。

　言語や文字の問題が解決出来るなら、多人数対戦出来るボードゲーが良さそうだ。それにアクション要素があるとコントローラーに慣れているかいないかという、ただそれだけで差が出たりするし。

　というわけで今回はパーティーのお供、ボードゲームに決定である。アナログは庭園でなくても作れば遊べるのでＴＶゲームで。

「とりあえず解説も兼ねて、しばらくは初心者と熟練者の二人一組で分かれるのはどう？」

　異論はない。後発を育てるのは先駆者の義務だ。

　クジ引きで組み分けが決まった。私とファルナ、ベルナデッタとクローベル、コーデリアとメリッサという組み合わせになった。

　後は組み合わせを入れ替えたりしつつ、飲み食いしたりしながらまったり行こう。

　しかし、なんだな。異世界に来ているのにポテトチップスを齧り、炭酸飲料を飲みながら現地の女の子とＴＶゲームに興じるというのは……予想だにしていなかった。

　因みにボードゲームのチョイスだが、ベルナデッタのオススメはいただけストレートらしい。

　双六のようにサイコロを振ってマップを周回して資金を稼ぎながら、道中に配置してあるお店を買って投資したり、株で儲けたりしながら目標設定した金額を目指す、というゲームである。

　しかも某二大ＲＰＧとコラボした奴だ。この際だからＢＧＭやキャラで引き込んで布教する下地を作るのだとか言っていた。マジですか。

　ボードゲームなら桃殿も悪くないが、あっちは日本の地理的な知識とか貧乏神とか……ゲーム外の要素も多いから解説が大変になるしな。ゲーム初心者だと考えると、ルールも比較的単純な方が良いのかも知れない。

　マップもファンタジーな物が多いので受け入れやすいだろうし、今後アナログでモノポリーをする下地にもなるだろう。

　電源が入れられてモニターにゲーム画面が映し出されるとクローベル達が驚いていた。

　さて……最初は熟練者三人で見本＆解説プレイからだ。

　ファルナに周回による収入、店や株の売買、独占のルールなどを解説する所などから始めようか。

　私にとっての本番としては……皆がゲームに慣れて来てからだ。恐らく、ベルナデッタは相当な猛者だろう。その相手をしていたコーデリアもかなりの腕である事が予想された。