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66 復活と新たな契約

「姐御……!」


 仲間モンスター達がコーデリアに押し掛けたが、当然すり抜けてしまう。お約束だな。


「うん。みんな、ご無沙汰してました」


 それから俺の方を向いてコーデリアは微笑みを向けて来た。


「黒衛」

「うん。ええっと。初めましてって言うのも違うけど……コーデリアと話をするのは初めてなんだよね」

「うん。初めましてって言わせて、黒衛。やっと……あなたとお話が出来た」


 俺の目の前までやってくると、コーデリアは大きく深呼吸をしてからそんな事を言った。

 なんていうか――共鳴が凄いな。感無量というか何というか。これでもコーデリアは抑えているみたいだけれど、喜びとか申し訳なさとか……色んな感情が混ざっていて……よく解らない。

 コーデリアって、俺にこんなに感情移入してたのか。

 下手をすると俺が彼女の両親に会った時より強い感情なんじゃないだろうか?

 ……それもそうなのか。コーデリアの記憶や感情が共鳴で蘇ってくるから解ってしまうのだが、ずっと昔から俺という存在をおぼろげながらも知っていたから、肉親のように思っていたみたいだ。

 魔竜との戦いの旅でも……彼女の心の支えになっていたんだな。


「巻き込んでごめんなさい。助けてくれてありがとう」

「いいよ。助けてくれてありがとうっていうのは、俺の台詞でもある」


 良かった、とコーデリアは笑みを浮かべた。


「お久しぶりです。コーデリア様」

「うん。久しぶりクローベル」


 私の後ろに控えていたクローベルも笑みを浮かべて彼女を迎えたが、コーデリアはクローベルの事が心配なようだ。私にはそれが共鳴で伝わってきてしまうし、それが無くたって顔を見れば解る。

 クローベルが心配なのは私だって同じではあるから、余計に響くな。


「……ご心配には及びません。私は大丈夫です。こうして黒衛やコーデリア様と一緒にいる方が気が紛れると思いますし」

「うん……っ。そうだね」


 コーデリアは頷くと、俺に向き直って頭を下げた。


「黒衛。クローベルの事、よろしくお願いします」

「ああ。それは任せといてくれ」


 クローベルが顔を赤くしたけれど、気にしない。

 コーデリアはメリッサに笑みを向けた。


「初めましてメリッサ」

「コッ、コーデリア殿下におかれましてはご機嫌麗しくっ」


 ああ。なんだかメリッサが緊張でガチガチになってるな。

 ちょっと懐かしい反応だ。赤晶竜戦後にザルナックの王城で会った時の事を思い出す。

 が、メリッサは小さくかぶりを振ると自分を落ち着かせて、一転真剣な顔になってコーデリアに頭を下げた。


「ブランシュカでは……皆を助けて下さって、ありがとうございました」

「――うん。こちらこそ黒衛のお話を聞いた時、味方になってくれて、ありがとう」


 うむ……。コーデリアに気持ちが伝えられて良かったな。

 そうしてコーデリアは私が呼び出せるだけ呼び出したモンスター達一人一人に声をかけて回り、最後に俺の所に戻ってきた。


「……あのね、黒衛」


 コーデリアは俯いて言おうか言うまいか、迷っている様子だ。

 というか、共鳴でお互いの気持ちが解っちゃうというのがな。ええと。これは恥ずかしがっているのかな。


「何?」

「えっと。黒衛お兄様って呼んでもいい……かな?」

「え――?」

「その。私、一人っ子だし。む、昔からずっと、お兄様みたいに思ってたから」

「う、うん。別にいい、けど」


 確かに実年齢的には俺の方が年上のはずだけれど。

 あれ。活動時間的は彼女の方が上だったりする?

 うーん。

 ……いいか、別に。これはコーデリアの気持ちの問題だし。


「でも、この姿で兄って言うのもな」

「兄と姉で、使い分ければ良いんじゃないかしら」


 ベルナデッタが言うと、コーデリアが私の顔を窺ってくる。

 ……まあ。コーデリアがそれで良いなら。私が頷くと、コーデリアは胸を撫で下ろした。


 姉とか妹とか。確かに他の人から見たら双子以外に見えないだろうけれど。

 コーデリア姫に双子の姉がいましたとか、大パニックになると思うので対策が必要だな。カモフラージュでもメタモルフォーゼでもいいから後で姿を変えよう。


「さて黒衛。一段落したところで本題に入ってしまうのは悪いのだけれど、幻楼竜の一件を済ませておきたいのよね? この場所にまだ留まって私に話を聞くというのは、幻楼竜を呼び出しても大丈夫かどうかの確認を取りたいという事かしら?」

「ん。そうだね。それからベルナデッタの気持ちの問題もある」


 ここはちょっと気持ちを切り替えよう。

 幻楼竜モルギアナ。

 裏切りは出来ないだろうからそんなに心配していないけれど、ベルナデッタは魔竜絡みのものを毛嫌いしているしな。


「私の事は、気にしなくていいわ。その分身。あいつの身体を触媒に作った魔法生物みたいなものだけど、性格付け次第な部分はあるからね。その子が、あいつよりも黒衛の方が良いって言うなら、迎えてあげたら良いと思う。多分……あいつは迷宮を作っていたっていう竜を一度潰して作り直しているから、生まれ変わったようなものだと思うし」

「そうか……」

「名前を考えてあげてね。あんな奴が付けた名前じゃなくて」


 ……そうだな。そうやって契約をするんだから。


「断章解放。幻楼竜」


 光の粒子が集まって、竜の姿を取った。

 だけれど。


「……小さい」


 神殿横の広場まで行って召喚したのに、出て来た竜は人間の子供ぐらいのサイズしかなかった。

 黒い竜だが……子供の竜、と呼ぶにしても小さい。新しく作り直されたから、か? なるほどな。だから子守、か。

 牙や爪は鋭く翼もあるが、体表面は滑らかで鱗らしいものがない。

 幻楼竜は私を見上げてくる。


「……ファルナ。名前はファルナだ」


 名前の由来は、モルギアナという名前の響きが、アーサー王物語に出てくる魔女の名に似ているかなと思ったからである。ラーナの残していった竜でもある為に、似た感じの響きを入れたいと思った部分もある。


「ファルナ……」


 その言葉を発したのは……なんと幻楼竜ファルナ自身であった。

 身体の表面が水のように形を変え、色を変える。不定形になって、輪郭が人間の形になった。

 これは変身能力か幻覚か。……どちらとも違うような気がする。何だろうこれは。魔力のような物質のような。曖昧な塊を身に纏っている感じ。


 ……。

 いやこれ……ファルナの体そのもの、か?

 契約したから段々その性質が解ってきた。これは色や質感、形、性質まで変化させて固定しているんだ。ただ人間の姿形だけを模しているんじゃなく、その機能までも再現しようとしている。

 だから見た目はそのまま。例えば無抵抗で斬りつけられたら、人間と同じように怪我をするだろう。姿を変えるには魔力が必要で、この能力でもっと大規模な事をするならば今度はSEが必要となる。


 だけれどどのように変化しようがあくまでも「竜」である為に、この状態から竜の基本的な能力がそのまま使えるというのが反則だ。

 つまりSEを支払って変形、固定。一度固定されたその状態と竜状態への行き来ならばノーコストで可能なわけである。

 だから爪や牙だけを元に戻したり、鱗の強固さを体表面に再現したり。多分吐息だって吐けるだろう。


 というかまさか……。この能力で迷宮を作っていたんじゃないだろうな? そんなの迷宮の踏破も何もないぞ。立ち入ったら最後、丸ごと体内に飲み込まれるようなものじゃないか。

 後、ラーナがこれの能力を使ったらという想像もゾッとしない物があるな……。 


 やがてファルナの姿形が完全に固定される。

 小さな、女の子の姿だった。

 その特性上、裸で出てくるのは予想が付いていたので姿の固定化と同時に貫頭衣を頭から被せた。

 衣服から覗いたその顔は……何だろう。ちょっとだけラーナに似ている感じがするが。


 皆が目を丸くするのもどこ吹く風と言った様子で、クローベルが手にしている、ラーナの剣にじっと視線を注いでいる。


「……これ?」


 ファルナは頷く。クローベルから剣を受け取ると、宝物のように胸にかき抱いた。

 これは、どういう事だろうか。

 幻楼竜モルギアナことファルナとラーナは融合していたわけだが。

 私とコーデリアやベルナデッタと同じような関係だったと理解すればいいのか?


「ファルナ。ラーナと融合している時、彼女と話をしたりした?」


 こくん、と頷く。


「そんなので人間の形をしているつもりなら、色々覚えろって怒ってた」


 ……よく解らない関係だ。


「ラーナは武術や作法にしろ、絵画や彫刻のような美術品にしろ……とにかく洗練された物が好きでしたから。人の姿をしているのに中身が竜のままだったら、確かに……怒るかも知れません」


 洗練、か。クローベルに拘っていたのはその辺の理由もあるのかな。

 とにかく、ファルナには聞くべき事を聞いておかないといけない。


「どうして、レリオスより私達のが良いの?」

「私は……ラーナと戦ってすごいなって思ったの。だからあの人を殺すのも嫌だったけれど、あいつは許してくれなかった。私と一緒になって生き返ったのに、ラーナも喜んでくれなくて。どうしたらいいか解らないから、私は邪魔しないで、あの人のしたい事を見ている事にした」


 ファルナはラーナの剣の刀身を見ながらそう言った。


「ラーナの、したい事……ですか」

「あの人はクローベルと殺し合うのを楽しみにしてたのに。あいつは邪魔する気だった」


 ファルナが言うには、ラーナもレリオスに土壇場で操られる事は想定していたらしい。

 その場合、ファルナにラーナの身体を掌握させてラーナ自身を殺させるつもりだったそうだ。

 あの糞餓鬼に吠え面をかかせてやると、ラーナは笑っていたのだとか。

 ファルナは……二度もラーナを殺すのは嫌だったと。そう言って目を閉じる。

 レリオスの意識体による精神支配がどこまで及ぶのか。融合しているラーナとモルギアナを同時に支配できるかは未知数だ。

 ……それが成功したとしても、結局モルギアナが精神支配を受けて私達と戦うという事態になっていただろうな。


「あなたは、ラーナの望みを叶えてくれたから好き。だから私は、あなたやクローベルと一緒にいたい」

「……ファルナの気持ちは解ったよ。一緒に行こう」


 だけど……まだちょっと倫理面が怪しいな。

 殺し合いを楽しみにしていたとか、良い話みたいに言われても困る。

 これがラーナの影響か、竜故の元々の彼女の性格かは不明だが……ちゃんと情操教育しなきゃならないな。

 他人の気持ちを慮る事は出来るみたいだし、多分大丈夫だろう。


「でもラーナの言った通り、色んなことを勉強してね。人間社会で生きるには、色々覚えなきゃならないルールがあるから」

「人間の事はよく解らないけれど、頑張る」

「よし。じゃあ、王城に帰ろうか。あ。コーデリアは自分の足でセンテメロスを歩きたいんじゃない? ここで交代しようか?」

「……いいの?」


 申し訳ないと思いながらも嬉しい、というのが解ってしまう。

 当然だな。意識体になるって言うのも一度やってみたかったし。それにお兄ちゃんとしては妹を甘やかせてあげたいわけですよ。

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