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65 矜持

 カードの色は灰色ではない。つまりモルギアナは私に服従を示したと言う事だ。

 この幻楼竜の断章や放心状態のままあっさり拘束された側近達の事はともかく。

 私にはまだやっておくべき事がある。


「――そろそろ出てきたらどうなんだ?」

「あれ。バレてるんだ」


 声は祭壇の真上辺りから聞こえた。

 これだけ仕込みをしておいて、こいつが見物していないわけがない。

 上からレリオスが降りてくるが、奴は空中で留まった。前回私にやられたので懲りているわけか。


「いやあ、今度会った時は殺し合えるといいねなんて言っておいて、こんな体たらくだからね」


 レリオスはいつもの調子で笑う。


「でも折角だし聞くだけ聞いてはおこうかな。ねえ君。自分の手でお師匠さんを斬殺した、今の気分はどう? 仇が討ててご満悦かい?」

「……あなたなどに語って聞かせる事など、何も」


 クローベルは僅かに眉を顰めると、ラーナの剣を拾った。

 レリオスは肩を竦めて見せると、私に向き直る。


「じゃあさ、コーデリア。君はどう? 部下に手を汚させた、今の気持ちを教えてよ」


 ……。

 ラーナとは……多分、どうやっても相容れないし解り合えないだろう。

 けれど、人間として自分を貫いた、あの鮮烈さは否定したくない。だから私も、ラーナを殺した事を悔いたりしない。それはきっと、彼女の言う所の侮辱なのだろうから。

その罪も業も、クローベルと一緒に背負う。

 だけどこんな奴には。そんな事を語って聞かせる価値なんかない。


「……お前に話すだけ汚れる。というか、何でお前が勝ち誇った顔をしているんだ? 勝ったのは、お前じゃなくてラーナだろ。お前の目論見なんか、何一つ上手くいっちゃいない」


 ……私の言葉に奴の勘気に触れる部分があったらしい。レリオスは、憎々しげに表情を歪めた。

 瞳孔の形が竜のそれになる。口元から覗く歯も人間の物ではなく、槍の穂先を並べたような鋭さを見せた。

 しかしそれも一瞬の事。レリオスが顔を上げると憎悪の表情も消えて、そこにはいつもの笑みが浮かんでいた。


「ほんと、頭に来るよ。折角僕が見込んで力をくれてやったのにね。ラーナの奴、あんなので人間の意地だとかを見せたつもりなのかな? 君がいなかったら僕に逆らう事も出来なかったくせに」

「当てが外れて残念だったな」

「全くだ。感動的な場面で精神支配して、もっと面白くしてやろうと思ってたんだけどね」


 私の表情を観察するように覗き込んでくる。


「……君、変なフィールド作って僕の邪魔をしていたよね? 次から次へと妙な真似ばっかりしてくれるよ」

「お前が横槍を入れに、来ないはずがない」


 そんなやり口。こいつが関わってる事が解った時点で予想がつくし、対策ぐらい立てるさ。

 こいつはとにかく、人間の尊厳だとか誇りだとか。そういう物を貶めて、嘲笑いたいという……まあ、そういう奴だ。だからラーナの意志を土壇場で踏み躙って見せる事で、私達の精神にダメージを与えたかったんだろう。


 多分レリオスの最初の想定ではもっと単純な……例えば「魔竜の被害者が命乞いをしながら私達と戦いになる」なんて筋書きを期待していたのだろう。

 だがあんな苛烈な人物が、そんな安直な動きをしてくれるわけがない。完全な人選ミスだ。


 レリオスがラーナに目を付けたのは……クローベルとの関係もあるのだろうが、彼女の戦闘力や立場にも期待していたんだと思う。最初から精神支配しなかったのは、そうすると戦闘面でのパフォーマンスが極端に落ちてしまうからだ。技量を前面に出して戦うラーナなら尚更だろう。

 だから最初の構想を変更して、ラーナが自分を貫き通したところで精神支配する事にしたのだろうが。私がジャミングしていたせいで、それも無意味になった。


「君と前に戦った時は話なんかしなかったけどさ。……なんだろうな、この違和感は。後遺症で戦い方を変える羽目になったとしても、前とは何か違う気がするんだけど」

「お前に……聞いておきたい事がある」

「何かな? 僕は君に近付かないよ? 痛いのは嫌いだからね」

「お前はラーナを差し向けて来たけど……目的は、私でもクローベルでもないだろう? 世界征服や世界の滅亡なんかでもないよな?」

「……」


 レリオスは答えず、三日月のような笑みを浮かべる。

 ……やっぱり、な。じゃ、こいつにもう聞くことはない。


「さて僕はもう帰るよ。だから……今度こそあの場所で、君が来るのを待っ」


 最後まで言わせない。レリオスの肩から上が丸ごと消し飛んだ。


「そんな虫のいい話。許すわけがない」


 私の背後でレリオスの意識体が粉々に砕けて霧散する。

 ただで帰してやるわけがないってまだ学習してないのか? そういう余裕ぶった態度を許してやるほど、私は寛容じゃないんだよ。

 だから痛みと一緒に代償を置いていくんだな。私の前に出てきたらお前は叩き潰すって決めてるんだ。それが意識体だろうが本体だろうが。


 ボディジャックによる全身の筋力制御。それから魔力障壁のコイルを併用しての全力最速の突撃。同時に、すれ違いざまに八枚もの空間カードを並べて奴の上半身を吹っ飛ばした。

 これで……三体目の分身を倒した事になるからな。制御能力も比例して上がってるんじゃないかと思ってた。一六枚同時制御だ。ちょっと展開に手間取ったけど、まあ及第点だろう。……足にダメージがあるけれど。


「ありがとう、黒衛」


 祭壇の方から戻ってくると、クローベルからお礼を言われた。


「私が……最後まで人間としてのラーナと戦って仇を討てたのは……黒衛のお陰です。あの人は……確かに私の仇でしたけれど……操られたり竜にされるような所は、見たくありませんでしたから」

「……そうだね」


 クローベルの言いたい事は解る。


 師であり仇。

 クローベルは最初、ラーナに対して自分を騙した事は過去だから、どうでも良いみたいな事を言っていたけれど。それは義理も感じていたからなんだろう。

 だからどうでもいいとか、会いたくないとか。そういう答えになった。

 マッチポンプではあったし、ラーナはただ利用する為だったんだろうけれど……クローベルを拾って戦い方を教えた部分は、紛れも無く事実だったんだから、尊敬や憧れだってあったんじゃないかと、思う。


 仇を討つ事を選択出来ても、レリオスなんかに良いようにされる事は……許容出来るはずがない。




 クローベルの事もそうなんだけれど……戦いに勝ったからそれで終わり、というわけにも行かない。

 戦後処理の方が大変だなんて良く言われるけれど確かにそうだ。

 側近達は魂が抜けたように放心しているので、王城から来た兵士達に連行されていった。

 驚いたのは……あの執事がクローベルや私に「貴方達がラーナ様の後継者になったのだから貴方達に従います」だなんて言ったことだ。無論、連中は本気だった。


 ……後継者。ラーナがクローベルに渡したあれだ。

 あれは加工された魔素結晶だが……記録媒体のようなものである。中に何が入っているのかは後で調べてみないと解らないが、本来はギルドの後継者に引き継ぐ為にラーナが用意していた代物らしい。


 結局「部下に良い相手がいなかったから」と渡したのが、直前まで殺し合っていた上にギルドと袂を別ったクローベルという……。

 そういう理非善悪や手段への頓着の無さは……ラーナらしいのかも知れないが、恐らく彼女は何時如何なる時だってそうだったのだろう。だから側近達もあんな風になってしまっている。


 ……何だかな。連中、確かに兵卒や指揮官より技量も高く、幹部連中にラーナの命令を伝えたりする立場にあるようなのだが……私から見ると兵卒より重症そうな状態だ。忠誠度が高いように見えて、相当歪である。


 彼らの事は……私が引き受けるべき責任なのだろう。

 とは言え、今すぐにどうか出来るという性質のものでもない。昔のクローベルや、他の兵卒達同様……ゆっくり時間をかけて行くしかないのだから。




 ……さて。兵士達には先に引き上げてもらったが、私達はまだ神殿跡地に残っている。幻楼竜の事を片付けておきたいのだ。

 ベルナデッタにメールを打ってみるとこんな返事が返って来た。


『メールで済ませてもいいのだけれど意識体でそっちに行きたいわ。……コーデリアも連れて行っていいかしら? あなたの存在規模がかなり大きくなっているから、話ぐらいで飲み込まれてしまうという事態もなさそうだし』


 え。コーデリア出て来れるの?

 勿論だ。みんなの所に連れてきて欲しい。

 既に召喚した仲間達ならコーデリアに会っても問題ないだろう。


「二人でお外に出るのも久しぶりだわ」


 空間に色が付いて、段々濃くなっていくようにしてベルナデッタが姿を見せた。

 その隣にコーデリアも現れたが……。あれ。こっちも意識体なのか。


 ベルナデッタは私を見て、言う。


「担い手が二人同時に存在するなんてケースは無かったからね……どういう影響が出るか解らないから念の為よ」


 んん。じゃあどうするにしても、私が一旦庭園に行ってから交代する流れかな。


 意識体だけど……やっぱりこの二人が並ぶと、壮観というか絵になるな。

 容姿が突き抜けて美しいというのもあるが、髪の色が金銀でドレスも白と藍と言う、対照的な感じだからである。

 加えて生まれながらに王族だからか、所作一つ一つが洗練されていて、優雅で気品があるのだ。

 メリッサなどは陶然としながらも……あちこち視線を巡らせて落ち着かない様子だ。


「みんな――」


 いつもの優しい笑顔のまま。今の俺と同じ声で。

 スカートの裾を摘まんで、コーデリアは挨拶をして見せた。

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