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61 ホームグラウンド

 相手の出方が解らない。というか敵の目当てがクローベルである以上、城の中に引き篭もってしまうと、また誘き出す為に何をしてくるか解らない面がある。

 だから、ここは敢えて敵の策に乗せられた振りをする事にした。

 そうする事で敵の動きもある程度コントロールや予測が出来るというわけだ。


 つまり、クローベル単独で敵本隊の居場所を調査すると言う行動を取らせる。

 勿論見せかけだけだ。彼女一人を危険に晒す気など、全くない。

 というわけで、こんな魔法を習得させてもらった。


 レジェンド ランク30 幻術マスタリー(極)

『良い幻術とは? 誰にもそれが幻だと悟らせない事。全ての演目が終わってもまだ、劇場の上だと気付かせない事。 ――名も無き奇術師』


 レジェンド ランク48 メタモルフォーゼ

『何が幻で何が真実なのか。僕にはもう、自分自身でさえ解らない。元の姿形さえ、思い出す事が出来ない。 ――歳経た猫妖精ケットシー』


 カモフラージュとどっちを取るか迷った、例の奴だ。

 応用の幅が非常に広いので、SEが無駄になると言う事はあるまい。

 私は今、彼女の肩の上にいる。言葉を話す鳥の姿として。九官鳥のクロエ君である。

 何故だかクローベルにはいたく気に入られた。時々何でもないのに頭や喉を撫でられたりする。ちょっと気恥ずかしい。


 メリッサはどうしているかと言えば、コーデリアの不在を隠す為に、お城でオートマトンの操作中である。

 捕虜にした暗殺者達は……監視付の軟禁状態ではあるのだが、一応全員命に別状はない。彼らの事情はフェリクスも解ってくれたらしい。指揮官だけは地下牢に叩き込まれたけれど。

 兵卒達は大人しくしているので、経過を見ながら、かな。少しずつ人格を取り戻して行ってくれればいいと思う。


 さて。私達が現在向かっている先は湾港だ。

 私達がセンテメロスに来てから昨日までの間の、出入港の記録を調べる為である。この記録にはセンテメロスにやって来た日付、目的、滞在日数などが明記されているので……まあ普通なら捜査の基本指針ぐらいにはなるだろうか。


 当然この後、外壁の方にも向かって城下町に出入りした者の記録を調べ、その次は町の宿を巡って宿帳などをチェックさせてもらう予定である。

 並行して兵士達にも不審人物の目撃情報を集めさせている。城下町から出ようとする者へのチェックも、こっそり厳しくなっているから、この辺の動きは向こうにも伝わっている事だろう。


 でもこういう捜査も結局は見せかけの偽装だったりする。

 正攻法で捜査すると、思わせているだけだ。

 こちらにはグリモワールがあって、私には連中の知らない、想像も出来ない手札が何枚もある。そしてここはホームグラウンドなのだから。それなりの戦い方というものがある。

 彼らが予想し得る捜査を普通にやっていたら、普通の速度でしか追いつけない。


 ま、これで向こうさんが反応して尾行してきたり、襲撃をして来るのならばしめたものである。罠を警戒してこちらに攻めて来なくても……それはそれで構わない。相手が気が付いた時にはチェックメイトというのが理想だ。

 王城ではフェリクスに協力してもらって、もう既に色々と動いてもらっている。


「こんにちは」


 湾港の詰所を覗くと、私達が入港した時に対応にあたった役人が顔を上げた。


「おや。貴女はコーデリア殿下の……」

「ええ。クローベルと申します。今はお城で働かせて頂いております」

「は、はあ。これはご丁寧に。一体何のご用件でしょうか?」

「最近の湾港の出入港記録を拝見させていただきたく。この通り、許可証は頂いてきておりますので」


 私のサインと印章入りの書面を見せると、役人の顔色が変わった。


「……解りました」


 役人は事情を聞きたそうな顔をしていたけれど、結局許可証が本物である事だけをチェックした後、書類を見せてくれた。

 一々この場で読むとか非効率的な事はしない。クローベルの手にした携帯電話で写真に収めて後でプリントアウトする。

 デジタルデータならぬマジカルデータ化するわけだ。これは後でじっくりお城の参謀達と検分すればいいだけの話である。


 頂く物を頂いたら次は外壁にある門の方へ。

 こうしてクローベルに街中を歩いてもらうのはもう一つ理由がある。


「ん、追跡者発見」


 体内魔力の揺らぎが無い――つまりまともに感情が動いていない奴だ。

 視界リンクによる感覚共有を逆転させて、クローベルの片目にだけ私の視界の半分を送る。


「……間違いないでしょう」


 彼女に確認して貰って、足運びなどから最終的な判断を下してもらう。ギルドの構成員っぽいようなら携帯電話で撮影。これも後で合成術式で写真をプリントアウトして、指名手配に使わせてもらう予定である。向こうがこっちの手札を解ってないのだから、盗撮も簡単なものだ。好き勝手出来る。


 というか。暗殺者ギルドの『兵卒』は人ごみの中にいても、私に言わせれば目立ちまくりだったりするのだ。技術面での隠形は高いレベルにあるのかも知れないが、魔力の反応が特徴的でね。

 ま、私の目を誤魔化したいなら魔法的な側面から行う事だな。それでクローベルやシルヴィアの感覚を掻い潜れるかはまた別の話だけど。


 やがてギルドの兵卒と思われるそいつは、私達が外壁の詰め所に入った事を確認してから離れていった。斥候役、と言った所だろうか?

 カラスに変身させたハルトマンに命令。上空から監視させ、兵卒の戻っていく場所を調べておく。


 どれだけの規模の実動部隊が入り込んでいるか分からないからはっきりとした事は言えないが……捕獲した指揮官から得た情報から考えると、全員が固まっているという事はないだろう。

 一部が駄目になっても、すぐ蜥蜴の尻尾を切って逃げられるような体制作りをしている。

 なので連中は指揮官一人に兵卒数人という編成の班分けをしていて、街中に潜伏していると思われた。



 だからこちらも連中が逃げられないような対策をさせてもらう。

 ワイバーンのルーデルの方もカラスに変身させて別の仕事を任せているのだ。

 今、町中のあちこちに水晶球を設置してもらっている最中である。つまりは――監視カメラだ。

 配置完了の暁には私はセンテメロス全域の様子を、部屋にいながらにして把握出来るようになるだろう。


 いや……私は別にセンテメロスに監視社会を作りたいわけではない。この一件が解決したら水晶球を回収しなければならないが……ま、準備が出来たら大いに役立ってもらう予定だ。

 センテメロスに入り込んだ暗殺者ギルドの排除は、グリモワールの力を使う基準としては「有り」だろう。連中、何をするか分からないからな。関係無い市民は巻き込まないなんてフェアな精神、期待するだけ無駄だ。


 連中がいつもの調子で仕事をするつもりでも、こちらには相手の流儀に付き合ってやる義理なんかない。


 ギルドの兵卒達を想定した対策と、それ用の魔道具の作成も進んでいるし。

 いや、魔石や素材が潤沢に使えるって素晴らしい。


「クローベルは、あれで兵卒を無力化出来ると思う?」

「多分。ラーナと、その側近クラス以外は大丈夫でしょう」


 ギルド長ラーナ、か。

 今はそれなりに高齢らしいのだが……これが自ら前線に出たがる気性の持ち主らしい。盤上で人を動かすような事もするそうなのだが。


 実力主義の組織の中で頂点として君臨するだけあり、ギルドの最高戦力として位置づけられて恐れられていたそうだ。

 要するに彼女を捕まえようとすると、兵士や騎士達では死傷者が増える可能性が高い。他はともかく、その女だけは私達で相手をしなきゃならないし、そういう事でフェリクスやウィラードと話は付けてある。

 普通ならお姫様が敵首魁を討伐なんて有り得ない話だろうが、何せ、魔竜に海煌竜退治の実績がこちらにはあるからね。


「ラーナが動いているにしては……納得がいかない部分があるのです」

「って言うと?」

「私の事をどこかで知ったとしても、そんな事に拘って部隊を動かすような人だったかな、と」

「動機が今一つはっきりしないって事か」

「ですね」


 それは私も思った。機密保全と言う観点で言うなら、逆に藪蛇というか。

 彼女に対して敵対行動を取る事で、暗殺者ギルドの内情が他の人間に打ち明けられてしまう事だって考えられる。だって、事実としてそうなっているのだし。

 クローベルがいなくなった後でも、組織そのものには何の不都合もなかっただろうに。




 外門と、幾つかの宿屋を回って宿帳の情報を得てから私達は王城に戻る事にした。

 頼んでおいた訓練はどうなっているのかと練兵場に行ってみると、集められた兵士達が遠くに置かれた藁人形の的に向かってボールを投げているという場面であった。

 いや、別に彼らは遊んでいるわけじゃない。内容が内容だからもっと和やかにやっているのかと思ったが、緩んだ空気などどこにも無く、私が思っている以上に彼らの練度は高いようだ。

 これはトーランドが海洋国家だと言う事に関係しているだろう。


 トーランドは外国との戦争が無いから平和だ。だから弱兵かと言えばそんな事は無く、自然が豊かであるが故に、海洋モンスターとの戦いもそれなりにある。

 創作物などでは山賊は雑魚、比較した場合、海賊は強敵みたいな描かれ方をされる事が多いのだが、それは別に根拠の無い事では無い。

 海上で活動するには規律と節制が守られていなければならないので、当然海賊は集団として山賊よりまとまりがあるのだ。

 つまり海で戦えるトーランドの……特に、センテメロスの兵は、かなり練度が高いという事である。


 で、そんな彼らが何をしているのかと言う所に話を戻すと……新しい魔道具を上手く運用する為にコントロールの良い人員の選定している最中なのである。

 敵を無力化しつつ被害を極力減らす。その為に何をするべきかと考えた結果である。フェリクス、ウィラード、ベリオス老に相談して、全面的に協力して貰える事になった。ベリオス老からは魔素結晶まで譲ってもらっている。


 私は余った時間があったら魔道具を量産。それからメタモルフォーゼで鳥になって街の上空を飛び回り、魔力反応から敵拠点、人員の数の大まかな所を割り出して行けばいい。データが揃ったら叩き潰すだけだ。

 あと数日は……クローベルと一緒に街へ出る事で連中の注意を引き付けておく事にしよう。

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