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56 セルフコントロール

「あたっ」


 私は足を縺れさせて転んだ。


「ティリアさまっ」

「ああっ、ティリアちゃん」

「お嬢様……!」


 立体映像のソフィーと、近くで私を見守っていたシャーロットとメリッサに心配された。三人ともおろおろしている。

 や、そんなに心配しなくても大丈夫ですって。

 私の醜態に喜んでくれたのは、乳母に抱えられているコーデリアの弟、ニコラス君だけである。

 ようやく一人で立って歩く事が出来るようになった、ぐらいの年齢だ。容姿としてはフェリクスに似ている。可愛いぞー。


 あ。他の騎士の皆さんも私が転びそうになる度に、手を止めて注目しなくてよろしい。恥ずかしいじゃないか。

 というか、妙に気合入った訓練しているのに、どうして私のドジにだけそんなに敏感に反応しやがるんですか。


 というか、ちゃんとカモフラージュしてるのに。何でそんな注目するんだ。こっちみんな。

 因みにお城の中での『ティリア』の立場としては、コーデリア姫の旅のお供をしてきた召喚術士と言う事になっている。メリッサと同じっていうとなんだか抵抗があるな。同じだけど同類ではない、と言う事で。


 しかし……。うーん。いかん。

 本格的に運動音痴だ。この身体。

 何と言うか、煌剣を持つなら剣の方も齧っておいた方がいいのかなと思って、クローベルが立体映像のソフィーの稽古をつける横で、私もちゃんと指南して貰おうかと思ったのだけれど。

 やっぱり基本の足運びからして上手く行かないという。

 ソフィーの体術なんて、もう私よりずっと先に進んでいたりして。軽く凹む。


 今いる場所はトーランド王城内、騎士の館の地下にある練兵場だ。

 地下とは言っているが、山体を丸々くり抜いて魔法で補強したという、中々他では存在し得ない施設だ。休憩場になっているテラスの方から、センテメロスの町と海が一望出来る。当然テラスからは絶景が広がっている。地下階なのに高所という、ややこしい場所だ。

 テラスなんて作られているのは、騎士や兵士達が自分達の守るべき物をしっかり見れるように、という事らしい。


 因みに練兵場の使用に際し、フェリクスの許可は貰っている。魔竜の分身退治についても協力してくれるそうだが……どこまで頼って良いものか。

 トーランドの騎士や魔術師がどうこうというわけではなく、あいつらと戦ってる時に他の人に死なれると……思考とか流れ込んできちゃうんだよね。

 あれを戦闘中にやられるのはキツい。頭痛とか吐き気がするし、逆に隙が生まれかねない。相手の戦力強化にも繋がってしまう。


 その辺を丸っきり無視するならドラゴニクスフォーゼも使えるんだろうけれどさ……。

 あれってやっぱりエクステンドだから、それなりに戦闘してからじゃないと発動出来ないし。今までの分身からしてぞろぞろ人を連れて行ったら、人死にを無くして勝つというのは無理だよなぁ。

 結局今まで通り、こちらの手で撃破して行けばいいだけの話、という所に落ち着く。


 気を取り直して練習再開である。

 私が手に持っているのは中身空洞の細長い棒切れだ。穴を開ければ笛になるかもしれない。

 持った感じ、煌剣ってこれよりもっと軽いんだよなぁ。切れ味もとんでもないし……普通の武器を扱う感覚はあんまり参考にならない。


 軽くて非常に切れ味が良く、扱うのに腕力がいらない――これに似た武器は……知っているぞ。架空の武器だけど。あれの戦い方って、もしかして参考にしてもいい?

 さて。軽量(ライト)なセイバーの扱いを指南してくれる騎士(・・)はどこかにいないものだろうか。

 無理か。無理だな。


「っと……」


 とか考え事をしていたら、また足が絡んで転びそうになった。

 今度は転ばないようクローベルに支えられた。役得である。

 そこっ! メリッサ! 目を輝かせないように!


「うーん。どうして上手く行かないんでしょうね? マスターの失敗の仕方が普通とは何か違って……。指摘しにくくて」


 クローベルも首を傾げた。クローベルに解らないんじゃお手上げじゃなかろうか。

 でも意見は聞いてみます。ご指南下さい。


「普通とは違うって?」

「普通は――ええと。もっとぎこちなくて。大抵の場合、手順を間違えたり、勘違いして失敗してしまうものだと思うのですが。マスターは逆にキレが良過ぎるというか、良過ぎて身体の方が付いて行っていないというか……」


 …………。

 あー……原因、解っちゃった。

 要するに私の反応速度が良過ぎて身体の運動能力が全っ然付いてきてくれない、と。そんな感じだ。

 私が一番にするべき事は足運びとか剣の握り方、振り方とかじゃなくて。

 タイヤを腰に結んで黙々走ったりするような、スポ根である。地道な筋力と体力作りって事だ。


 いや、それも普通は剣の修行と並行で行うものなんだろうけど。私の場合は反応速度に対して求められる身体能力の水準を非常に高く設定しなければいけないという事で……。


 嫌だ。


 何が嫌って、血反吐を吐くような地道なトレーニングの果てに、実現したらムキムキマッチョなお姫様になってましたとかなりそうなのが。労力的にも絵面的にも嫌だ。しかもそれで振るのは笛より軽い武器というオチが付く。

 馬鹿馬鹿しい上にアンバランス過ぎる。そんなんしてる暇があるなら魔力制御の練習してた方が良い。


「ありがとうクローベル。参考になった。ごめん、少し考えるね」


 解決法は……今までみたいに、シルヴィア達のような騎乗可能モンスターに乗っかって行動する事、か?

 騎乗するにしたって私のやり方一つで乗られる方の負担も減らせるんだけどな。


 大体、頭数とか味方の機動力とか対応力とか考えると、私単体でも攻撃を避けられたり、煌剣を扱える場面があった方がいいのは間違いのない事なんだ。

 だって煌剣って、魔法の無効化が出来るだろうし。

 例えば竜の吐息だとかSE技だとかが、発動した後でも無力化させられる訳で。

 それは自分に飛んでくる魔法を全部撃ち落とせるという意味だ。遠距離攻撃に対しての備えとしてはかなりのものだ。私の防御が厚くなるならその分みんなの手も空く。

 

 で、どうやって私単体で身を守ったりするのかって所に話が戻ってくるわけだ。

 ふーむ。

 ……こんなのはどうだろう?


 レア ランク20 闇魔法マスタリー(上級)

『堕ちる事を受け入れた者にこれほど心地の良い物もない。深い闇は自らさえも見ないで済むのだから』


 レア ランク2 ボディジャック

『し、信じてくれ! 身体が勝手に動いたんだ! 俺じゃねえ!』


 暗闇の中に蹲る半人半魔の姿。闇魔法もついに上級である。

 闇魔法ばっかり取得してるのってどうなんだ、と思いつつも。

 ボディジャックの方は血の付いたナイフを手に兵士に引き摺られていく男の姿が描かれている。


 上級闇魔法ボディジャック。他人の身体を意のままに操ってしまうという、かなり陰湿な魔法である。

 使い道としてはお察し。同士討ちを狙ったり、犯罪行為させたり、冤罪を作ったり。ロクなもんじゃない。


 これが今の私の状況にどう関係するのかって?

 当然、自分で自分を操作するのだ。

 意識はそのまま残るって言う部分が良い。私の魔力操作、制御のスペックをそのまま身体操作に反映させられる。


 軽目にチャージしてから発動してみた。

 魔力で全身を掌握。体から触覚、嗅覚、聴覚が無くなる。多分味覚もないだろうが、視力は残っている。

 このままでは会話もままならないので、クローベルの聴覚にダイレクトリンク。


「……マスター?」

「ウん。実験中。ちょっト、見てテ?」


 初めての事なのでちょっと発音がぎこちなくなった。

 何やら不穏な気配を感じ取ったのか、怪訝そうな表情を浮かべるクローベルに、私は笑って答えた。制御に集中したいからリンクをちょっと切るね?


 軽く二、三度と高速で素振りをしてから後方に宙返りする。

 因みに剣の扱い方はトーランドの騎士さん達のトレーニング風景を参考にさせてもらった。さっきまでの素人剣術とは全く動きが違うはずだ。

 一変した私の動きに、クローベルの顔色が変わる。面白いのはここからだから見ていて欲しい。


 このままの状態でも魔力操作と制御はいけそうだ。となると――。

 私はもう一度跳躍すると、空中に障壁で足場を作って二段ジャンプ。更に空中で右へ左と次々足場を蹴って自在に軌道を変えた。

 おまけとばかりに回転斬り。縦横に斜め。ボクシングのフリッカージャブみたいに腕を鞭のようにしならせ、高速で木の棒を振ってみた。


 地面が迫って来たので魔力障壁をコイル状にしてクッションにする。そのまま後方に撥ねた。おお。面白い。

 足の裏にスプリング状の魔力障壁を展開。軽く跳躍すると天井すれすれまで頭が来る。


 うん。使える。使えるぞこれ。良いね。みんなしてポカーンとした顔をしているが、やってる方としてはジェットコースターみたいで結構気持ちが良いな。

 クローベルだけ血相を変えて何か訴えている。まだ反応速度的には余裕だから激突なんてミスはしないけど……そんなに心配ならそろそろ止めるかな。


 自分の身体を魔力障壁で受け止め、優雅に着地。ボディジャックと魔法障壁を組み合わせた、全く新しい格闘術の誕生である。よしよし。

 私は自身の顔にドヤ顔を浮かべさせてボディジャックを解除――


「痛っ~!?」


 した途端、全身が軋みを挙げて悶絶する羽目になった。

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