51 ノイズ
海煌竜の頭部が激痛に悶絶する。
釘を仕込んだ爆弾みたいなものだ。流石に口の中に食らったのは効いただろうが、その程度で死ぬ相手でもない事は百も承知だ。
だから、立て直す時間はやらない。
海煌竜の頭上に光球を並べ、断続的に炸裂させた。激痛に悶絶している今ならば奴の動きを封じ続ける事ぐらいは出来る。
シルヴィアに一旦下がらせ、へし折られた水晶の柱を回収。再び迫る。
突撃を行わせながら、私自身はマインの制御に集中する。
接近。水晶カードを投げつけながら、海煌竜の首がこちら側に吹っ飛ばされてくるように六発同時爆破を行った。そして、断章化を解除――!
防御も回避も許さない。相対的な勢いを倍化させた状態で、尖った水晶の柱が海煌竜の喉元に大穴を穿った。
「ゴオオアッ!?」
身を捩って体を振り回す。水晶柱が抜け落ちて、青い血液が噴水のように流れ落ちた。だが奴はそのままの状態で薙ぎ払うように体当たり攻撃を仕掛けてくる。シルヴィアは水晶の柱を蹴って、空中に逃げた。
そこに吐息が放たれるが、そこは私が障壁を展開して奴の攻撃を逸らす。
空中でやや体勢を崩されたものの、シルヴィアは危なげなく体勢を立て直すと、無事に着地した。再び距離を取ってのにらみ合いとなる。
しかし――喉から貫通されてもまだ死んでおらず、戦意も無くしていないというのが凄い。
この、生命力――となると、あっちのは――。
「遅くなりました、コーデリア様!」
視線を巡らすとメリッサが箒で飛んできた。
樹上に着地した瞬間にはビブリオのページが開かれている。
出てきたのは例の八本腕のオートマトン。足ではなく腕の方だがこのような地形ではそっちの方が動きやすいのかも知れないな。
メリッサはやっぱりあれを使うつもりだろうか。
ティターニア号を帰還させ、ハルトマンを呼び出す。ハルトマンはオートマトンの上に留まった。風の魔法は彼女の身を守ってくれることだろう。
「メリッサ。あっちの首の相手をして、抑えてもらっていい? なかなかしぶといみたいでね。因みに今の所、吐息と咬み付き以外の攻撃は見せてないよ。油断は禁物だけど」
「……あれ、ですか?」
メリッサは首を傾げた。私が指し示した方向には最初から顎の所を串刺しになったまま動かない、海煌竜の頭があったからだ。
だけど、私の勘が正しいなら。
残っていたマインを動かして、死んでいるはずの首に叩き込む。
ぎょろり、と。
目が動いた。
同時に、今まで感じられなかった魔力の反応が吹き上げてくる。串刺しにしている水晶の柱を砕いて首が活動を始めた。
全く。
私を騙す為に死んだふり、とか。
倒したと思って油断した所を吐息か何かで仕留めるつもりだったのだろう。
私が相手をしていた奴が同じような手傷を負って即死しなかったから。いや、即死の演技が出来なかったから……その作戦を台無しにされた感じだろうか? 頭ごとに思考や性格が違うのかも知れない。
「なるほど。お任せ下さい。今度こそ私めが引導を渡してきます」
メリッサは意気揚々と死んだふりをしていた首に向かって走って行った。
私が相手をしている方は……あの傷口を爆破してやれば止めを刺せるだろうか? 私は再度マインを周囲に展開させた。
私としては仲間達の戦況を把握しながら、こいつをさっさと叩き潰して援護に回りたい所だ。
メリッサの八本腕は水晶の入り組んだ地形にも難なく対応している。樹上を飛び回る猿のようである。八本の腕を器用に使って相当な速度で樹上を疾駆した。
顎に穴を穿たれた海煌竜の口から吐息が放たれた。
あんなになっても吐息を吐けるのか。
だけれど、その吐息が私に撃って来た水柱と違う。
奇妙な紫色の液体が放射状に広がる。
が、メリッサに届くものはハルトマンの風壁で吹き散らされた。人形も滑り込むように水晶を伝うことでギリギリ避けて見せたが……液体を浴びせられた水晶が煙を上げて油で揚げるような音を立てた。完全には躱し切れなかったのか、八本腕の内の一本が途中から溶け落ちていく。呪いは上手く機能していないようだ。
魔竜の分身達の吐息は魔法的な要素を秘めているらしいな。
しかし酸、或いは毒か。恐らく海中では咬み付いてから使うのだろう。
全部の頭が吐息を使い分け出来るのか、それともそれぞれが違う吐息を使えるのか。それは解らない。解らないが、メリッサはそれら一切合財に頓着していないようだ。
熱に浮かされたような、躁的な笑みを浮かべている。ああいう凶悪な笑みは……やっぱりあのグラントの妹だよな、と思ってしまう。
そして彼女の異常なハイテンションぶりには理由がある。恐らく、彼女はあれを使う気なのだ。
「光栄に思うがいい! コーデリア様が授けて下さった武器であの世に行ける事を!」
だから……どうして台詞が悪役なんだ?
人形の背に負われたまま、海煌竜の頭に向かって迫るメリッサのビブリオから、新しく二つの人形が、召喚、接合されていた。
ゴリラのような太い腕を持つ、上半身のみの人形。
それからその剛腕人形の右腕に絡みつくような形で、誂えたようなサイズの武器が装着されている。
ガントレットのように見えなくもないが、扇状のパーツが左右に張り出していて、盾のようでもある。
製作者は私。話を持ち掛けたメリッサが狂喜乱舞した事は言うまでもない話だ。
ガントレット――のような、盾のような。そんな、オートマトンだ。
装着する為に固定する機構と……それからもう一つの機能しか持たない。オートマトンの持つ全てのポテンシャルを、ただ一度切りの攻撃として使う為の構造をしている。
海煌竜がメリッサに迫った瞬間、私は死角から飛ばして水晶の影に潜ませておいたフローティングマインを、奴の耳元で炸裂させた。
それで動きが乱れる。オートマトンは海煌竜の牙を避けて跳躍、竜の頭に正面から取り付く。
竜の眉間に向かって腕を構える。反動を抑えるために七本の腕で抱え込むようにしがみ付いた。
剛腕人形が手中のトリガーを、引いた。
弓弦による物とはとても思えない、爆ぜるような音がした。ガントレットの先端から巨大な矢が飛び出す。放たれた矢は海煌竜の鱗も頭蓋も物ともせずに、眉間から脳天へと潜り込んだ。
……要するに、あれは巨大で強力な弩型のオートマトンだ。たった一発の剛弓を放つ為だけに特化した人形なのである。
自身の呪力を自身に反射し続け、矢を放つ為の張力を増幅していく。そんな人形だ。
矢の方も当然、特別製だ。ブラックメタルという魔法に感受性の鈍い金属で鋼をコーティング、魔法的な障壁も物ともしない。更に貫通力を増強する為に鏃に螺旋状のツイストまで加えてある。
メリッサは、弩を避けられる所を見ていたからな。
たった一発を確実に当てる為に至近距離まで詰めたのだろうが……密着して発射するとパイルバンカーみたいだ。そっちでも良かったかも知れないが……いや、強度的にオートマトンがぶっ壊れるか。
しかし今度こそ――死んだ振りの余地もあるまい。
あれで生きていたら、脳はあの頭蓋の中ではなく、別の場所にあると言う事になる。しかしそれでは個別の性格の違いや、連携の齟齬の理由を説明出来ないように思うのだ。
「そろそろ終わりにしましょうか?」
耳に届いたのはクローベルの、そんな涼やかな声だった。
クローベルとウルはどうなったか。
意識を向けた瞬間頬が引き攣った。……あっちはあっちでとんでもない事になっているな。
クローベルの身体が分身しているように見える。見えるというか、分身している。
ダブルシャドウという中位闇魔法で、あのどちらも実体があるのだ。
但し分身側は魔法を使えないし、分身と本体、どちらが傷を負ってもダメージを共有する。
というか……あれは戦闘用の魔法じゃない。秘密主義を拗らせた魔術師が、自身の作業や実験を補助させる為に作った魔法だ。戦闘で使うだとか有り得ない。普通自滅して終わる。
勿論私の場合、使うメリットが全然ない闇魔法だ。
実戦であれを使っているというのは……段々元の力が戻って来たな……?
二人のクローベルが交差するように走る。ウルは水晶から水晶へと、棍を使って器用に飛び回っている。ウルは対人技術のエキスパートな面があるが、竜相手でも充分その体術が通用しているのではないだろうか。
海煌竜は二人の動きを全く追う事が出来ない。直線的な吐息と、制限された動きの中から無理に放つ咬み付きで、どうやってあの二人を捕捉しろというのか。
下からウルの棍が跳ね上がり、同時に上からクローベルのダマスカスソードの一撃が突き刺さる。
海煌竜は抵抗しようとはしている。だが無駄な事だ。避ける為に身を捩った方向から、予知していたかのようにサーペントソードの先端が飛んできて鼻の穴を抉って行った。
クローベルに気を取られると棒高跳びの要領で飛び上がったウルが、体重を乗せた棍を傷口に落としてくる。
海煌竜は悔しげに咆哮を上げた。けれど無理だ。あの二人の技量にかかってはどうしようもない。
クローベルが真っ直ぐ突っ込んでいく。海煌竜は迎撃しようとしたが、不意に水晶を蹴って真横に飛んだ。彼女の真後ろからからサーペントソードが飛び出してきて、海煌竜の目に突き刺さる。
それだけに留まらない。クローベルの手中の動きで先端の動きが増幅され、目から飛び込んだサーペントソードが内部を蹂躙しながら暴れ回った。
それで海煌竜の動きは、止まった。
私の方ももうそろそろケリが付きそうだ。首の傷口に何発かマインを叩き付け、シルヴィアにも抉り取らせてやったが、段々出血が酷くなり、動きも鈍くなってきている。
満足に動けない状態で、立体的な戦闘を仕掛けられたら対応出来ないのは当たり前だろう。
エリールとスミスの方は――私が戦況を見ようとそちらに意識を向けた時、それは起こった。
エリールと戦っていた頭部が発光を始めた。その光は海煌竜の身体に走っている光のラインへと波及し、全身の細かな傷口が塞がり始めたのだ。
こいつ――再生能力持ちか!?
だが、どの程度までの?例えば――殺された頭まで復活するぐらい?
死んで身体を投げ出している頭部の、口から垂れている舌がピクピクと動いた。私が広げた首の傷も、内側から肉が盛り上がり始めている。
復活……しそうだな。頭四つがやられる前にまとめて回復ってわけか。
だとすると、あの頭部共を同時に潰さないといけないのか?
或いは回復不可能なほどもっと派手に組織を破損させる、か?
いずれにせよ奴がタイミングを計っていたのは間違いない。こちらの手札と消耗具合を見て。このタイミングなら最大の効果を発揮すると。そう踏んだわけか。最初から再生すると解っていたら、また攻撃手段も戦法も違っていたからな。
一回だけなら一本の首を吹っ飛ばす手札はあるのだ。しかし大量の海水をこの場に持ってきてしまう事になる。海煌竜相手に使う手としては悪手。使うなら確実に止めになる状況が望ましい。
だからと言ってあれこれ迷っている時間はない。再生の程度によっては拘束を叩き割られるかもしれない。回復。そして拘束からの解放。それだけで、私達に勝ちの目は無くなる。逃げの手は取れたとしても二度と同じ手は使えない――!
あれを。止められそうな切り札は――。
ある。私の推測が正しければあれはレリオスだって殺し得るはずだ。その欠片ぐらい、わけない。今の状態でどれだけの力を発揮してくれるか。それだけが気がかりだが、手札があるなら切るしかない。
「シルヴィア!」
決断を下す。命を受けて、シルヴィアが駆ける。まだエリールとスミスが戦っている首に向かって。
奴がこちらを向いた。
迎撃しようと私目掛けて口を開く。が、奴が吐息を放とうとしたタイミングで、飛来した水の玉が奴の頭を包み込み、そこに間、髪をいれず紫電を放つトライデントが突き込まれた。エリールとスミスだ。
――絶好のタイミング。奴は顔面を電撃で焼かれ悶絶している。
断章解放。
手中にある物が、こちらの戦意に呼応する。
まだ眠っているだなんてとても信じられない。
その――力の渦。手の中にある物。その意味を理解し、制御する。
煌剣オクシディウスが私の意志に反応して、青白いオーラが勢いよく噴出する。
肉迫した瞬間、奴は刃の軌道上から首を逸らそうとした。
だけどさ。魔力の揺らぎで解るよ。そっちに避ける気なんだろ?
海「煌」竜だとか――字面が被ってて気に入らないんだよ! 引っ込めっ!
寸前でシルヴィアの軌道を変えさせて、すれ違いざまの刹那、海煌竜の首を薙ぎ払った。
確かに、斬った。
だというのに、何の手ごたえも無かった。
すり抜けたのではない。オクシディウスの切れ味が良過ぎるだけだ。
その痕跡は、私の拙い剣の技量であっても海煌竜の首にしっかりと刻まれている。
異変はすぐに起こった。奴の再生が止まる。全身の光が急速に色を失っていく。
そればかりか、再生途中にあった組織が再び崩壊する。生き返ろうとしていた首は死に、塞がっていた傷が再び開いて青い血液を迸らせる。
手中の刃を見る。刻まれた文字が金色に光っているのが見えた。だから、煌剣。
使ってみて解ったが……多分、この文字はどうやっても読めないのだろう。言語系の魔法をどれだけ集めても、だ。
何物でもない文字。何にもならない意味。宙に浮いた文字。
斬った相手にノイズ情報を流し込み、魔法的な側面から「意味」を阻害。ないし、破壊する。
斬る「対象」は明確にしなくてはならない。切断対象専用のローカルウェポンをその場で組み上げるからだ。
つまり、情報の魔法毒とでも言うべき武器。
だから再生能力は停止というか、誤作動を起こして機能不全に陥っている。もう少し海煌竜に余裕があれば……或いは抵抗したり、立て直したりも出来るのかも知れないが、既にフルボッコだったからな。
結局海煌竜はその一撃が引き金になって、光に包まれて断章化してしまった。
オクシディウスのみで死に至ったわけではない。流石に今の状態でそこまでは強くないようだ。
私の意志に呼応したオクシディウスは、再生能力「だけ」を破壊したのだから。それだけでは致命傷に至らない。
今まで受けた傷を癒しているという場面で再生能力を破壊された事で、生命活動を維持出来なくなってしまったと、そう言う事である。
それはそうだ。二本の首は活動停止しているし、一本も首に穴を開けられている。最後の一本はオクシディウスの情報毒をもろに食らっている。胴体は水晶樹に噛まれてグッチャグチャだろうし。
普通なら死んでいる所を再生能力で維持させていたのに、根幹の能力をいきなり失ってしまったわけで。それでは一たまりも無いだろうさ。
断章化した海煌竜を拾い上げる。やはり不服従を示す灰色だ。
レジェンド ランク28 海煌竜リグバトス
『ありがとう、黒衛。二人の庭園ユーザーがいいね! と言っているわ。 ――楽園の姫ベルナデッタ』
どういたしまして。
いやしかし……。そうか。あれってSNSの類だったのか。




