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39 武侠豚

 バリケードの数、準備出来る時間には限りがあったので陣地は完璧とは言えない。しかしそこはそれ。皆が戦ってる後ろから、バリケードの外側の地面に穴を掘って回る。

 これで一度に全方位から詰めてくる事は出来ない。穴を掘った事で得た土も矢を防ぐ為の壁として運用させてもらおう。矢を防ぐというなら私達の馬車も強度が高いので兵士達には存分に活用して欲しいものだ。


 兵士達のフォローに回るのはリュイス&アッシュ組とユーグレ、マーチェだ。

 歴戦である彼らは状況を見ながら遊撃に回り、中々堅実にオークを抑えてくれている。

 リュイスの弓は相変わらず正確である。絶好のタイミングで飛んでいって、オークの攻勢に出るタイミングを潰している。

 ユーグレはオークに対しても膂力で勝っているようだ。振り抜いた棍棒がオークの手にした得物ごと粉砕するような有様だった。

 マーチェは固定砲台と化している。魔法の矢が同時に三方向に飛んでいってオークをまとめて殺しているのは、なんなんだろう。


 時々リュイス達の手の回らない所に戦力が集中し過ぎて突破されそうになる事があるので、そこで私が囮代わりに姿を見せる事で、集団から頭数を引き寄せ、注意を逸らした所でマインを当てて吹っ飛ばすというフォローを行っている。こっちにばっかり注目しているので目立つ光球が避けられない。


 バリケードの隙間を抜けて内側に入って来たオークは他の皆が即座に叩き潰していた。


 クローベルの影が踊る。流れるように舞う度に血の華が咲く。

 正面からオークに向かって跳躍、空中で逆さになり、すれ違いざまに首を刈って着地。二拍ほど遅れて血の噴水が上がった。

 そこへ大上段に打ち掛かってくるオーク。揺れるような歩法で目測と間合いを狂わせる。一撃を空振りさせて隙を晒しているそいつに、内腕部に刺突を食らわせた。悶絶したオークの頸動脈を切り裂きながら、弧を描くような軌道で後ろに飛ぶ。


 シルヴィアも相当だ。巨体に似合わぬ速度で迫ったかと思うと喉笛に牙を食い込ませ、そのまま抉り取るように放り投げていた。宙を飛ばされるオークはまるでゴムボールのようだ。

 彼女達はちょっと別格だ。首を刈られ、頭を食い千切られて。その動きを見切る事も止める事もオークでは無理だろう。

 

 彼女達がこの程度の相手に後れを取る事がないのは言うまでもないし予想した通りなのだが、メリッサとウルも中々に酷い。


 まずメリッサ。例の異形オートマトンが強い。八本足から八本腕に何時の間にか換装されていて、手にはそれぞれ槍や剣が握られているのだ。今度は足型のオートマトンがその上半身を支えて、バリケードの上から覆いかぶさるように外側のオークを串刺しにして回っている。オークの返り血を浴びたオートマトンが練り歩くその姿は、まるでカーリー神像か何かですかという風情であった。


 オートマトンの運用としてはかなりのキワモノだと思うのだが、メリッサに聞いてみた所、ああいう特殊なオートマトンはコーデリアへの憧れが昇華した結果らしい。様々な種類のモンスターを召喚するよりは一種に習熟した方が制御能力が上げやすい傾向にあるのだが、自動人形であれば人工物に宿る魔法生物である為に、ボディを自分で作れば戦術に幅を出す事が出来るというわけだ。


 機動力に防御力特化。リーチの長い腕。パワーのある腕。空を飛べる部品。海を早く泳げる部品。

 あらゆる状況を想定して様々なボディを用意し、更に自身もオートマトンのフォローする為の魔法を覚えておけば、それはコーデリアの戦術の幅……対応力にも通じる道となるという理屈である。

 かなり考えているというか、オートマトンの運用方法が個性的で制御能力も高く、なかなかに有能である。

 そんなメリッサは今どうしているのかと言えば


「お嬢様に刃向う愚かな豚どもめが!」


 などと悪役みたいな台詞を吐いて八面六臂の大活躍である。

 ……気にしてはいけない。一々気にしていたらアレと旅なんか出来ない。


 そしてウル。こちらは私が早速ウルの為に作った棍を持って大暴れしていた。例によって炭素で補強した棍の両端には比重の重いタングステンの芯が仕込まれており、非常に剣呑な鈍器と化している。

 振り下ろしては頭蓋を砕き、突き込んでは喉笛を潰す。絡め取るように動かして相手の重心を崩し、倒れた相手の顔面や喉笛、延髄を踏み抜くように蹴り潰していた。


 だが彼の武器は棒術だけにあらず。棍を真っ直ぐに地面に立てて身体を支え、膵臓、鳩尾、喉笛に三段蹴りを見舞って、後ろに一回転。着地した時には既に得物を構え直しており、派手な動きの割に隙が見当たらない。

 かと思えば相手の膝を蹴って体勢を崩し、続く後ろ回しの水面蹴りで相手を地面に転がす。受け身も取れずに後頭部を強打したオークの口に、軽い跳躍から体重を乗せた棍を突き込んで止めを刺す。


 ダイナミックで合理的。エゲつ容赦ないが、その派手な動きは見る者を魅了する。まるでアクション映画を彷彿とさせた。

 それもそのはずだ。動けるデブって超カッコいいなーと、昔の名作映画を見て思った私が、ウルを格闘家タイプにビルドしたのである。

 別にネタビルドではない。オークは上位種に昇格した時、肉体再生能力を得るのだが、格闘家タイプのビルドで習得可能な気功術系の技はその長所を伸ばす事が出来る。肉体再生能力を重複させる事で、驚異的なタフネスを実現するのだ。


 私の理想とするウルのビルド方針はコーデリアもきちんと受け取っていたようだが……ただ、それを差し引いても完成度が異常だ。私が「映画でよく知っている動き」が飛び出すのだから。

 左右から来た敵を両足を広げて蹴り返したり、後ろから来た相手の顔面を肩越しに蹴ったり、うつ伏せに寝転がってから海老反りで相手の顎を蹴りあげたり、とか。


 敵の腕を引くと同時に頭を振り下ろし、鼻面に威力を倍加させた頭突きを叩き込んでいる。あれもどっかで見た技だな。キレッキレだ。全体的に動きが中国拳法臭い。というか中国拳法そのものだ。


 ああ、これは……後でベルナデッタに話を聞く必要がありそうだ。

 日本(あっち)で変な教材(・・)をウルに与えたな? いや、コーデリアもグルと言うか、もしかすると主犯かも知れない。

 だがこれは良くやってくれた。GJ。GJだ!

 君達のお陰でウルは完成したッッ!!


 だが、それでもオークどもは退かない。何かに急き立てられるかのように向かってきては次々と屍を晒していく。

 人目があるから意図的に断章化はしないようにしているが、ちゃんとSEは集まってきている。一匹SE八だから……逆算するともう五〇匹以上は倒しているか。

 異常。普通に考えれば異常だ。だが原因に心当たりはあった。


「ブッギイイッ!」


 群がってくるオークを撃退し続けていると、豚の怒声が辺りに響いた。

 オークもバリケードも飛び越えて、一際図体の大きな個体が飛び出してくる。


 ……来たか。オークの中位個体ハイオークだろう。

 流石に最上位のオークチャンピオンまで昇格しているとは思えないが……ハイオークでもかなり強力な相手である事に違いはない。

 同族を潰して回っているウルが気に入らないのか、それとも群れのリーダーとしての矜持が強い個体に対する対抗心を呼び起こしているのかは解らない。

 ただ奴の目当てはウルただ一人のようだ。彼だけを怒りに燃える瞳で見据えている。


 こちらの戦力を集結させて事に当たるか。それとも私が魔法で仕留めるか。

 手隙なのはどちらかと言えば私の方だ。クローベルやシルヴィアをあいつにぶつけて、均衡が崩れたら元も子もない。ならば――。

 そう思っていたらウルが片手を挙げて肩越しに私を見た。


 俺が一人でやる。いや、やらせてくれ。


 彼の目はそう言っていた。

 ……どうする?

 ウルの意志は尊重してやりたい。出来るなら、このままやらせてあげたいとは思う。

 けれどウルは……ウルに限らず私のモンスターは、力を失ってしまっている。研鑽してきた経験と知識だけで、身体機能が拳法に最適化されてはいないという状態であれだけ動けるのだから大した物だが、全盛期の力はないはずなのだ。

 要するにウルは初期状態のオークというハードに、一流格闘家のソフトを積んだ状態と思ってくれれば良い。


 ハイオークと普通のオーク。身体能力の差は歴然としているが、それを知識と技術だけで埋められるものなのか?

 ウルとて、コーデリアとの旅で相当の修羅場と経験を積んできている。自分の状態と相手の大体の強さぐらい承知しているはずだ。

 その上で、一人で相手をすると前に出るというその意味、矜持。


 技術と経験で打倒する。その光景を、見てみたいと――思う。思ってしまった。安全策を取るべきだろうに。私も大分修羅の国に毒されて来ているのだろうか。

 言葉に出して答える代りに、ウルに向かって拳を突き出した。

 ウルは、歯を剥き出しにして心底嬉しそうに笑った。


「あのオークからは兄さんと同じ臭いがします」


 と、メリッサ。

 ああうん。グラントとウルは気が合いそうだね。

 寧ろ気が合いすぎて嬉しそうに殴り合い始めると思うけどね。


 とにかく一対一で戦わせると決めたからには邪魔が入らないようにしてあげるのが主人としての務めだ。

 ウルの手は塞がったが、こちらのする事は変わらない。

 後は……ウルが負けてしまった時、万が一の事がないよう瞬時の判断で断章回収が出来るよう集中しておく事ぐらいか。何だかセコンドみたいで判断が難しいな。

 さて……どうなる?

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