32 王族の孤独
ミンチ。串刺し。輪切り。
それぞれ投擲破城槌、スローターフォレスト、空間切断の事……というか、それを食らった相手がどうなるか、である。
あっはっは。
……だからさ。どうして私はこんな物騒な技ばっかり覚えるんだ?
使う方もおっかないんだよ。もっと平穏なのが良いんだってば。
大体、お姫様や貴族が持ってる直接攻撃手段が敵をミンチにして串刺しにして輪切りにして……とか外聞悪くて悪くて仕方がないったら。エリザベート=バートリーとかヴラド=ツェペシじゃないんだからさ……。
そろそろ旅の為の乗り物も作らなきゃなーとか思っていたのだが気分ではなくなってしまった。クローベルとソフィーのスタイリッシュアクションでも見て癒される事にしよう。
教えを忠実になぞるソフィーは、まだ時々ぎこちない時もあるものの、時々優雅に踊っているかのような動きを見せる事がある。
私もクローベルの真似をしてみようかとか思ったのだが足運び一つとっても上手くいかないんだよね。
なんていうか、すぐにタイミングがズレて足が縺れてしまうのだ。
この体ってば運動音痴なんだろうか。体力不足な事は解るんだけど。
「おお、コーデリア殿下。こちらでしたか」
「リカルド様?」
騎士を伴って練兵場に顔を見せたのはリカルドさんだった。なんだろう。大事な話かな?
ちなみに、ディアスが私の体調不良を理由に貴族たちからの面会を断るように取り計らってくれているという事もあり、私としては悠々快適なお城ライフを過ごさせて貰っている。
どうせ私はすぐに旅の空になってしまうのだし、貴族としての繋がりを求められてもがっかりさせてしまうだけなのだ。
色良い返事を出来ずに彼らのプライドを傷つける結果に終わっても誰も得をしない。ここは会わない方がお互いの為である。
それにだ。うんざりする話だが面会希望者は九割男性。ネックレスに指輪、サークレットと言った装飾品など、その手の贈り物持参で登城してきた者も多かったらしい。なんだかなぁ。その時点でその用件も推して知るべしって言うか……ね。はぁ。
今こうして練兵場にいられるのは侍女の皆さんや兵士さん達の協力のお陰である。たまーに私を探して城内をうろつく貴族もいるらしいのだが、中庭の方に向かうのを見ましたよ? とか言ってくれるらしい。
彼らも私がまさか練兵場などに篭っているとは思わないらしく、一度も見つかっていないという状況である。
ジョナス君いわく、あなたが練兵場にいると兵士達が物凄くやる気になって訓練してくれているので歓迎です、だそうな。
それでも例外という物はある。例えばリカルドさんは私の居場所をしっかり把握していた。逆に言えば侍女や兵士からの信頼が厚いという事だろう。
「ディアストラ陛下がザルナック市民を励ましたいと、城前の広場で演説をなさる事になりましてな。殿下にもお伝えしておこうと思った次第です」
リカルドさんはどこか申し訳無さそうだった。
「……何かあったんですか?」
「殿下のご意向を伺って欲しいと、国内の貴族達から突き上げがありましてな。要するに陛下の隣で一緒に式に出席して欲しいと思っておるのでしょう。私としては一応殿下に伝えたという事実さえあればそれでいいと思っています。殿下はこういう名の使われ方がお嫌いでしょう?」
「……それがザルナックの人達の励みや、ディアストラ陛下の力になるなら協力は惜しみませんが?」
ディアスはネフテレカ国内の貴族から庇ってくれているし、二人とも一線を引いていてくれるからね。
腹芸だって出来る人達なのに、コーデリアにはこういうフェアな言い方をしてくれるから私も信頼しているのだけれど。
「そこまで甘えるわけにはいきますまい。それはそれ。これはこれです。女王陛下は殿下と友誼を結んでいたいとは思われておいでですが、殿下に庇われたいとか、利用しようとは思っていないのです」
「解りました。では、私はまだ体調不良と言う事で」
リカルドさんが苦笑したので私も笑顔を返した。
「――此度の襲撃により、命を落とした者の冥福を祈り、哀悼の意を捧げたい。親を、子を、恋人を、夫を、妻を、友を失った悲しみは無尽であるが、傷ついた我が同胞達の苦しみが一日でも早く癒えるよう願ってやまぬ」
城前の広場に集まった群衆を前に、城のバルコニーから演説をしているのはディアスだ。
「思えば長い……長い雌伏の時であった。諸君らには忍耐を強いたと思う。倹しい暮らしをさせたと思う。そして此度の竜の襲撃。何故斯様な艱難辛苦と理不尽が降りかかるのか。そして何故それを払う事が出来ぬのか。妾の不徳を苦々しく思った者もおろう。しかし――」
ディアスは一旦言葉を切り、天を仰いだ。
「しかし、暗雲はあの時と同じように、今再び払われた! そして今日、これほどの者達が一同に集まり、こうして妾の言葉に耳を傾けに来てくれた事を妾は喜ばしく思う! 我が臣民よ! 同胞よ! これからも妾の心を支える杖、道を照らす光であって欲しい! 代わりに妾、ディアストラ=ネフテレカはこの地、この都、この国に住まう者の繁栄と幸福の礎となるよう全身全霊全能力を捧げる事をここに誓う! 我が王国と、王国の民に栄光と繁栄が有らん事を!」
大歓声が巻き起こった。
ディアスの名を唱和する人々……いや、ディアスと一緒に私の名前も呼ばれているな。
私はバルコニーの奥、聴衆からは見えない所でディアスの晴れ姿を応援させてもらった。
戻ってきたディアスに笑みを向ける。
「おお、コディ。見ていてくれたか」
「ええ。格好良かったです」
「冷やかしは勘弁してくれ。あれはあれで、素面に戻るときついのだぞ?」
眉をハの字にして、肩を小さくしているディアスに笑みを返した。
迷惑にならない範囲で多少ネームバリューに乗っかるぐらいの事ぐらいは考えてくれてもいいのにね、本当に。
コーデリアが貴族と関わることで煩わしく思っていたのは行動を阻害される事と、軍事的な利用なのだ。求婚もそれらの行動に含まれる。
ディアスとリカルドさんはその辺、十分に気を付けてくれているし、気を遣ってくれているのがわかる。
だから困っているなら協力は別にいいかな、と思ってはいるのだけれど。
でも、ディアスの方もあまり私に頼りたくないらしく、乗り気ではないんだよね。
彼女の立場で私と関わる場合、政治を切り離して、というのも難しいのだろう。
自国の利益の為にグリモワールの力があればと思うのは、誠実であれ不誠実であれ、領民を抱える貴族なら頭にちらつかないわけがないし、貴族からもっとコーデリアに接近するようとせっつかれるは当然の事だ。
というか、ネフテレカ国内の貴族達に限らず、ディアスやリカルドさん達にだって言える話だ。
だからこそ、信頼する事と甘えて隙を見せてしまう事は違うだろうと、そう思う。
ベルナデッタという実例を知っているだけに、あまり彼女達に心労をかけるわけにもいかない。
そういうわけで、協力したいという気持ちはあるのだけれど、ディアスの意志を尊重して演説を見届けるだけに留める事にした。
ネフテレカの居心地はいいけれど、私にはするべき事もある。そろそろお暇しなければならないだろう。
「それで、何時頃出発するのだ?」
「明日の早朝ですね。目立ってしまうので、こっそり出る事にします」
馬車も完成したし。
空を飛んでいく事も考えたが、騎乗したままで長距離を移動可能な飛行モンスターとなるとそれ程選択肢が多くなく、しかもレジェンド級だったりする。
情報収集しながらの旅になるのだし、瞬間的な機動力や航空戦力が今すぐ欲しいというわけではないので今回は見送りだ。
あ。蛇足だが、戻ってきた冒険者達は、残念ながら魔素結晶を見つける事が出来なかったようだ。中々面白い表情で凍り付いていましたと、ジョナス君が教えてくれた。
さて。これで私もネフテレカ国内でやり残した事はいよいよ無くなったかな?




