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30 約束

「妾にはコディがいつも眩しく映る。いや、聞いて欲しい。平和が戻ってきたというのに、コディが取り戻してくれた平和だというのに、侭ならぬ事ばかりでな。開拓村の顛末も竜の事も、妾が手をこまねいてあれこれと悩んでいる間に、全部そなたが掻っ攫ってしまいおった。全く酷い話もあったものではないか」


 そう言って嬉しそうに笑う。


「ディアスにはディアスのお立場がありますから。多くの方の命を預かる以上、慎重にならざるを得ないのは当然の事かと。王族でありながら背負うものもない私の方がおかしいのです」

「何を申すか。コディの背負うものが重くないわけがない。やはりな、妾は失敗したのよ。此度の事は妾に責のある話だ。加勢に向かうのも遅れたからな。無能と謗られても仕方ないと思っている」


 魔石の採掘の再開を急かす家臣達の一派を抑え切れなかったのだと、ディアスは言う。

 結果、それで竜を刺激して襲撃を招いたのだと。


 ……それを予見しろというのは厳しい話だと思うのだけれど。

 あの竜が野生動物であれば。そもそも魔石鉱山などに居座らなかったし、冒険者から「情報を得て攻めてくる」事もなかったはずなんだ。


 大体、遅れたなんて事はない。私が切り札を切れたのだってザルナックの人達を率いてきてくれたディアスのお陰だ。

 あの時は早く来られても闇魔法で嵌めている途中だったから踏み込めなかっただろうし、乱戦中にスローターフォレストを発動されていた可能性だってある。

 その後の雨にしろ散弾にしろ、私達以外が受けてもやはり大きな被害が出ていたと思う。というか西門は水晶漬けで出撃にも展開にもさぞ手間取った事だろうに間に合わせてくれた事が有り難い話なのだ。


 もっと早くああしていたらとか言い出したら、私にだって反省は尽きないのだし。……皆が傷ついたのは、私の采配のせいだから。


「あの竜は魔竜に連なる者だったようです。通常の竜とはまるで行動原理が違いますよ」

「……魔竜とな?」


 ディアスは眉を顰めた。


「まだ終わってはいない、と言う事です。私は魔竜の眷属を倒す旅に出ようかと思っています」

「おねえちゃん、行っちゃうの!?」


 それまで静かに話を聞いていたソフィーが血相を変えて私に詰め寄ってきた。


「い、今すぐじゃないけれどね。体調もまだ本調子じゃないし」

「わ、私も……私もおねえちゃんと行く!」


 それは無理だろう。ケイトさん達が悲しむぞ。


「これこれ。落ち着かぬか」

「だ、だって……」

「ソフィー」


 泣き出しそうなソフィーの肩をクローベルが抱く。そうしてから髪を撫で、言った。


「ダメですよ、わがままを言っては。あなたが怪我をしたら、あなたのご両親や伯母さんも、私もマスターも悲しむんです。ソフィーだって解っているでしょう?」

「……うん」


 クローベルに微笑みながら見つめられて、ソフィーは悲しそうに顔を歪ませながらも、小さく頷いた。


「ソフィー」


 名を呼ぶと私に視線を向けてくる。


「ネフテレカにはまた来るよ。ソフィーに会いに来るから。だからさ」


 だから、ソフィーも。

 戦いとかしなくて良くなったら。

 ソフィーが大きくなったら。

 それでも気持ちが変わらないなら。

 トーランドに来ればいいじゃない。

 それは、きっと楽しいと思う。


「うん……うんっ。大きくなったら、おねえちゃんの国に行く!」


 ソフィーはこくこくと頷く。

 納得してくれたようで良かった。


 けど、こんな良い子に失望されないようにしなきゃいけないのも私なんだな、これが。

 高まるハードルに内心冷や汗ものである。

 ……うん。頑張りますよ? ソフィーの成長は純粋に楽しみだし。きっと美人になるだろうな。大きくなったソフィーに幻滅とか言われたら立ち直れないぞ、きっと。


「それにねソフィー。離れた場所でも私と話の出来る魔道具があるの。それをソフィーに渡しておくから、大丈夫」

「ほんと?」

「うん。ほんとほんと」

「そのような高価なもの……子供に……いや、民家に預かれと言うのは些か危険ではないか?」


 盛り上がっていたらディアスの突っ込みが入った。正論過ぎて笑顔のまま固まる私。解決策というか対案は他ならないディアスが出してくれた。


「ふむ。王城で管理をして、自由にその娘に使わせるというのはどうか? 将来トーランドの王城に仕えるとなると、我が国としては充分な教育を受けさせない訳にも行くまい。これからも王城に通ってくるがよい」


 ディアスが呵々と笑う。

 えっ、そういう話だったっけ? いや、そういう話なのか。私付の侍女になるとかそんな感じの。じゃあ、約束っていう事で。


「ソフィー。小指出して」

「え?」


 素直に小指を出すソフィーと指切りをする。


「こうやって、約束するの。トーランドじゃないけど、私のよく知ってる場所の風習なんだよ」


 そう言うと、ソフィーが笑顔になった。

 嘘吐いたら針千本飲ーます。はい、指切った、と。

 しかもディアスが証人であるからして、約束を違えるわけにはいかないわけです。


「ではソフィー。私が王城にいる間、森で教えた事の続きを教える事にしましょう。但し……強さは自信に繋がると教えはしましたが、そればかりに拘っていてはダメですよ? 私のような、剣を振る事しか知らない人間になってしまってもいけないのです」

「く、クローベルおねえちゃんはつよいし、やさしいよ」

「……ありがとうございます、ソフィー」


 クローベルは微笑んでソフィーから離れた。


「ありがとう、ディアス」

「何。これでコディに受けた恩を少しでも返せるというもの。眷属の討伐であったな。こちらでも何人か見繕って調査をさせてみる事にしよう。騎士団にな、一人中々見所のある奴がおるのだ」


 ……名前を言われていないのにそれが誰か解った気がするが。


「それから城に逗留している冒険者で……赤獅子という異名を取る凄腕がおってな。そやつにも依頼という形で声を掛けてみるか。ほれ。竜に剣を刺しておった者よ」


 あっはっはー。それも誰か解っちゃったー。

 ……じゃあ何か。妹もやっぱり城にいるのか……?


 お湯は暖かいのに何故か寒気を覚えて、思わず首まで湯船に浸かった。

 だ、大丈夫。ディアスのいる風呂場に突撃してこれるはずがないっ。

 そうだ、話題。何か話題を探そう。


「あー。えっと。魔素結晶についてなのですが」

「うむ。その話もせねばなるまいと思っていたが……ぬう。先ほどまでの話の流れからでは、恩に着せたようで嫌なのだが?」

「私からの希望は既にリカルド様に提示してありますので。魔竜の情報収集に協力して頂けると言う事ですし、ソフィーの事もありますので……竜を倒した事と合わせて、貸し借り無しという事で」

「だから……それでは釣り合いが取れておらぬというに。妾にも! 妾にももっと何かさせてたもれ!」


 ディアスは不服そうに唇を尖らせて拗ねながら、バッシャバッシャと水面を叩く。

 見た目きりっとした美女なのに、妙にそう言う仕草が似合うな。


「私としては、ディアスやリカルド様がいらっしゃる王城とこの国は安心出来ますので。そんな場所があるだけでも充分過ぎるかなと思っておりますよ」


 私が苦笑いを浮かべながらそう言うと、彼女は目を瞬かせて固まった。それからしばらくして頭を掻きながら、言う。


「……コディは、全く……。妾に長く治世を行えという事であるな? よかろう」


 ディアスに笑みを返して話を続ける。


「ソフィーからお話はお聞きに?」

「ほんの少しだけな。鉱脈の場所に繋がる情報は一切聞いておらん。詳しい事はコディから聞くのが筋であろう」

「では後で地図を描きます。復興が進む話ですもの。早ければ早いほど良いわ」


 竜がいなければ大規模な調査隊だって出せるだろうし、鉱山も復活する。確かに赤晶竜の襲撃によるダメージは大きいのだろうけれど……ディアスもリカルドさんもいるんだもの。ネフテレカは必ず立ち直ってくれる。




 お風呂から上がってから、まず最初に地図を書いてディアスに渡した。地図を見てゴブリンの洞窟に向かったはずの冒険者達は、竜の腹にはいなかったから多分無事なのだろう。彼らは魔素結晶を見つけられたのだろうか。

 まあ、彼らの冒険者ドリームが叶うかどうかは戻ってきてみてからのお楽しみと言う事で。


 ディアスはまだ私と話をしたがっていたのだけれど、仕事が山積みなのだそうな。悲しそうな表情を浮かべながらリカルドさんに連行されていった。何故かドナドナが脳内で流れる光景だった。

 お風呂に入ったばかりなので、クローベルとソフィーは稽古はまだしないらしい。


 さて、どうしようかな。やりたい事はあるんだけど……これぐらい天秤も戻ってきていれば出来るかな? うん。やってみよう。

 そうして、城の中を移動している途中、私はそれに遭遇した。


「コッ――」


 おやおや? 鶏だろうか?

 いいや、メリッサだ。隣にはグラントもいる。


 エンカウントした瞬間に襲い掛かってこられるぐらいの覚悟はしていたのだが、どうやらこの場合、足りなかったのは向こうの心構えらしい。言わば私がバックアタックに成功した形である。

 具体的には、メリッサは私の顔を見るなり彫像のように固まって、フリーズした。

 あれか。アイドルに会って気絶するタイプのファンか。


「これはコーデリア殿下。その節はご無礼を」


 グラントの方は意外にもきっちりした作法で挨拶をしてきた。


「いえ、余り気負わないでいてくれる方がこちらとしても有り難いのですが」

「左様ですか。まあ俺としてもそっちのが気が楽なんですがね。人の目があればそういうわけにいかないでしょう。おいメリッサ、ご挨拶しろ」


 斜め四五度の角度からグラントの手刀が軽く叩き込まれるとメリッサが再起動を果たした。なんだか安物のテレビみたいな扱いだ。


「コ、コーデリア様……。い、以前はとんだ粗相をいたしまして。ど、どちらへ行かれるのですか?」


 何故だか、腰が引けている。距離を取ってくれるのは実に有り難いが、無礼を働いたからじゃなくて、これは神聖視されているからだよね。無害化するのなら何でもいいんだけど、清浄化はされないのだろうなぁ。

 私はきれいなメリッサが見たい。助けてベルえもん。


「ええっと。お風呂に入ってさっぱりしたからちょっとした野暮用を」

「おふろ」


 ……伏せておいた方が良かったか。

 見たかった。いや、一緒に入りたかったと、如実に顔に書いてある。さて。これは天を仰いで涙するほどの事なのだろうか。私には解らない。

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