28 空を舞う魚
「結局ね、私はこの子を助ける為にこの子を騙したのよ。意図的に情報を伏せたの。私は最初からあなたを引っ張ってくるつもりで干渉したから、リンクすればそれで済むと思っていたコーデリアは中々納得してくれなくてね。あなたもほんと、私みたいのに目を付けられて災難だったわね」
ベルナデッタは薄く笑って言った。
……その見解に……賛同はしないけれど。
「当然、あなたを一緒に連れて行く事にコーデリアは反対したわ。だから、私はコーデリアと賭けをした。私が勝ったら、あなたに迷惑を掛けてしまう事を承知で同行させる事、とね」
ベルナデッタは言う。賭け。つまり、コンプリートまでゲームで遊ぶかどうか。
「魔竜を倒した先にある物……コンプリートまでしてくれるほど、私達の事を、私達の世界をあなたが気に入ってくれるなら……その時は、申し訳ないけど巻き込ませてもらいましょうって、コーデリアを説き伏せたわ。それで、渋々納得した。あなたがあちらの世界の抱える背景や日常に満たされていない事も、コーデリアは誰より知っていたしね」
それでコンプリートと同時に転移、か。
「こっちに戻る時、七年も経ってるのは?」
「魔法の代償よ。私達がグリモワールに引き篭もって異世界に干渉を始めて……ゲームの発売まで二年、あなたがコンプリートするまで五年。こちらの世界に戻る時、私達は同じだけの時間を犠牲にしなければ同じ糸に合流出来ない。そういう制約のある魔法なの」
同じ糸に戻ってくる為には代償を捧げる必要があったのだそうな。七年という時間を過ごさないと帳尻が合わない、か。
「私達が過去に遡って活動した時間が七年。ゲームの開発・発売からあなたのコンプまでが七年。丁度一緒になったのは、偶々だと思うけどね。それともこう言うのが因果律の修正力とか矯正力だったりするのかしらね。ゲームの乱数テーブルにまで影響を及ぼすなんて笑える話じゃない?」
「因果律がゲームにまで干渉するかは知らないけどさ。どっちにしても私がもっと頑張ってればもっと早く戻れたって事?」
私がそう言うとベルナデッタは疲れたような表情を見せた。
「……あのプロデューサー、もう少し楽にコンプ出来るような仕様にしてくれれば良かったのに。中々思い通りに動いてくれない所もあってね。あっちの世界の神話とかまでゲームに組み込むものだから、概念を引っ張り込んで新しい術式まで作ったわ」
「……それで赤晶竜を叩き落とせたわけだし」
わざわざゲームに合わせて新しい魔法を開発するとか……律儀なんだかなんなんだか。
まあ、赤晶竜とまともに戦う為に必須の魔法ではあったから、結果オーライと言う事で。
えーと話を纏めてみよう。
そうすると魂の欠片はコーデリア一四歳の時、一七年前の地球に落ちて私になったって訳だ。
コーデリア達は私の持つ因子を追いかけて七年前の地球に移動。ゲームの発売まで二年、私のゲーム入手からコンプまで五年。
私がゲームを手に入れ、コーデリアの因子の持ち主が発覚してから彼女達は様々な代償を払い、私の因果の糸を辿ってコーデリアとのリンクを結ぶ。
で、戻ってくる際に、スタート地点と同じ世界に合流する為、あっちの世界で使ったのと同じだけの時間を支払う必要があった、と。
しかしそうなると……コーデリアは現在実年齢二一歳で、私も実年齢二四歳って事になるのか……? まあ、見た目は一四のままなんだけど。
ベルナデッタは見た目年齢なら一二歳ぐらいだ。実年齢不明。多分、所謂ロリバ――
「――今何か失礼な事を考えなかった?」
「んん? 気のせいじゃない?」
「そうかしら?」
うん。触れない方が良さそうな話題だな。
しかし、リカルドさんには魔竜を倒した反動で力を失ったし七年寝ていたなんて騙ったけれど、あながち間違いでもなかったか。実際は七年眠っているどころか、日本で色々頑張っていたようだけど。
彼女との話を続けよう。まだ解らない点がある。
「私がコーデリアの姿をしていなきゃならない理由は?」
「現在の担い手はあくまで『コーデリア』だからね。あなたの身体を、コーデリアと同じ器に合わせないと、ちゃんとした担い手になる事は出来ないのよ」
「ふむ……」
「あなたは気にしていたようだから教えておくけど、別にコーデリアの肉体を乗っ取っているわけじゃないからね? 本当のコーデリアの肉体は他人には扱い切れない。あなた達の言葉で言うなら、そうねえ。免許取りたての人にいきなりF1マシーンに乗れって言うようなものよ。この例えで伝わるかしら?」
「うん。よく解る」
じゃあ今の私の体は扱いやすくしたコーデリアのレプリカというかエミュレーターというか、そんな感じの器なのだろうか。
とりあえず……トイレや沐浴の度にコーデリアに負い目を感じる必要はない、のかな?
あと、仲間のランクが初期状態に戻ってしまった理由もそこにあるのだろう。私側からの出力というかエネルギーの供給量が足りないからだ。グリモワールの担い手が天秤を枯渇させた時に召喚モンスターがペナルティを受けるのも、その辺りに理由があるのだし。
「……私が呼ばれた場所が赤晶竜の領地だったのは?」
それを尋ねると、ベルナデッタは苦りきった表情を浮かべた。
「あれは……私達にも予想外のアクシデント。あなたを連れていく理由が魔竜の分身に対抗してもらう為だったから……因果がそっちで繋がって、分身の近くに転移してしまったのよ。こっちはこっちで戻ってくる時の余波を制御するのに手一杯で……コントロールが甘くなったのね。本当、全部台無しになる所だった」
「でも、私が殺されたらそれはそれで、コーデリアが完全復活するんじゃない?」
「かもね。でもそれを、私はともかくコーデリアが喜ぶと思う? だからもし、その事で疑いを持っているなら犯人はこの子じゃなく私、という事になるわね」
「……そんな事。したくても出来ないから管理者なんじゃないの?」
別に。疑いなんかしてない。
ベルナデッタは僅か、目を見開いた。多分、私の指摘が正しいんだろうと思う。同様にコーデリアも潔白だ。彼女がそれを望むのなら、とっくに私はここに……世界にいないのだから。
「……まあ、そうなの、だけれど」
ベルナデッタは俯いたまま首を振って……それから何故か勝ち誇ったような顔になると、腰に手を当て私に向かって指を突きつけて来た。
「そう言えば! あなた惜しい事をしたわね!」
「は?」
「クローベルよ! 彼女を断章に戻してから気絶すれば、現実であなたが目覚めるまでの間、庭園であの子とゆっくりしけ込めたでしょうに! 片思いの彼女かと思った? 残念! 私でした!」
「余計なお世話過ぎる! 後お姫様がしけ込むとか言うな!!」
そういうネタも! コーデリアと一緒に向こうに干渉してた時、絶対ネットとか見てただろう!?
「――ほ、他に聞いておきたい事は?」
ジト目を向けたらあからさまに話題を変えてきたぞ……。
いいけどさ、それぐらい。
「ベルナデッタは人間嫌いなのに……クローベルは何で例外だったの?」
これは聞いておきたい。コーデリアと私は、担い手の役割があるからここにいる。
ベルナデッタが担い手を選ぶのは……魔竜を倒す為に必要だからだろう。
コーデリアのような子を選んで、グリモワールの力を与える。ベルナデッタの動機が魔竜への個人的な復讐なのか、それとも世界を守る為なのかは……これは聞いても答えてもらえない気がするな。利害は一致しているんだし、彼女の古傷を抉るような事もしたくない。話してくれるまで待つさ。
でも、余計な人間を拒絶する彼女が、クローベルを許容した理由ぐらいは聞いておきたい。
「あの子に初めて会った時、私は意識体のまま夜のお散歩に外出していたんだけど」
……出れるんだ、散歩。フリーダムだな。
「その時偶々見かけたあの子に、普通は見えないはずの意識体を切り付けられちゃってねえ、面白いなって思って観察してたのよ。そうしたら自分の望んだ魔法に裏切られているじゃない? 暗殺者ギルドの思惑のまま踊らされているのもそう。見ているだけで腹が立って腹が立って仕方がないから、コーデリアが私と契約した時、あの子を最初のパートナーとして召喚したのよ。少しずつ自分の心を取り戻させたら……そう、暗殺者ギルド大損失でメシウマだわって。そう思ったの」
だからそういう神妙な顔でメシウマとか言うなってば。
何となくベルナデッタの性格も解ってきたような、そうでもないような。
「……ありがとね」
「別に。あなたに礼を言われる為にした事じゃないわ。寧ろ礼を言うのも謝るのも、私達の方よ。……ねえ、今だからこそ単刀直入に聞くわ。あなたは、帰りたい?」
帰りたいか、か。
「……親とか友達とか、心配してるとは思うんだけど。向こうでも七年経ってるんだよね?」
「う、ん」
悪戯を見つかった子供のように、上目遣いになって恐る恐る私の表情を窺っている。
そんな心配する事は無いのに。
「コーデリアがクローベルに語って聞かせた、私や地球の評価って、私が思うところと大体合ってるんだよね。だからかな。私との距離が近い方がコーデリアが安定してくれるって言うなら、それを捨ててまで帰るのは、無いかなって。だから、そこまで強く帰りたいとは思わない。少なくとも、今はね」
「そう……ありがとね。コーデリアがいて、モンスター達がいて……あなたも。私の庭園も随分賑やかになったわ。あなたが来てくれて、嬉しい」
自分の胸に手をやって、ベルナデッタは微笑んだ。
「……それにさ。魔竜絡みの事が全部片付いてからでも、七年前のその日にこっちから干渉すればいいんじゃないの?」
「可能か不可能かで言うなら可能だけれど。でも、それは何時か帰るという意味でいいのかしら?」
「コーデリアと離れすぎても駄目なんでしょ? ただ、親や親しい人に暗示を掛けて平坂黒衛は海外で平和に暮らしてるとかさ。そういう風にしておけば、あの人達は寂しくない歴史に改変出来るのかなって思って」
「……それは、可能でしょうけれど」
「なら、いいよ」
「でもそれで、その人達は寂しくなくなるでしょうけど、あなたは――」
「私の事は、別にいいんだってば」
「……」
ベルナデッタは私に何か言おうか迷っている様子だったが、やがて大きく息を吐いてから、頷いた。
「……解ったわ。今の話は覚えておくからね。ねえ、携帯電話貸して貰える?」
「携帯? 何で?」
それで向こうの人と話を出来るようにする……とか?
そう尋ねてみたら首を横に振られた。
「それは大量のSEが必要になるから無理よ。でもこれをこっちの世界で、誰かと話す事の出来る魔道具に改造するだけなら出来るわ。赤晶竜の水晶あたりなら受話器代わりになるんじゃないかしらね?」
「そんな事出来るの?」
「出来る出来ないじゃなく、やるのよ。勿論、担い手であるあなたの許可が必要なのだけれど。コーデリアと魔改造するの。今ならこれぐらい、この子が動いても大丈夫だと思うし」
でもそういうのでも存在規模が増してしまうらしい。
極力彼女には力を使わせないように、と釘を刺された。
まあ、それでも携帯を改造してくれるのは彼女達の厚意と言う事なんだろう。
勿論許可を出した。
「これで現実でも私とお話出来るし、私も電話内のアプリで遊べるしで最高よね。落ちモノパズルするの」
……ほんとに厚意だろうか。
「それじゃ、庭園の方は私達が好き勝手にしてるから、あなたは早く目を覚ましてあげなさい。あの子が心配してるわよ」
「ん。そうするつもり。こっちの作業も、終わったし」
気が付けば、辺りは赤晶竜から切り離された人魂で一杯になっていた。今分離した者達だけでなく、最初に私の所に逃げてきた人達もいる。
光る魂達が私の周りを踊る。アーチを描くように回る。
それはまるで回遊魚の群れが頭上を横切るような、幻想的な光景だった。
彼らはもう言葉も話せない。時間が経って、SEも使ってしまって、目的も達成して。
彼らの感情や意識という物が段々と希薄になっているように感じられた。それでも、だ。
「何……? 何か伝えたい事があるの?」
私の周りをグルグル回る彼らには何か言いたい事があるんじゃないかって。何となく、そんな気がした。
感謝。それはあるだろう。誇らしいような、面映ゆいような気持ちがする。だけれどそれだけじゃなくて……なんだろう?
戸惑っている私を尻目に、踊りながら、回りながら。段々上の方へ上がっていく。
ぐるぐると輪になって。混ざり合って。最後には一点に収束していって、静かに消えていった。
「根源の渦に還ったのね。漂白されて、何時かまたどこかで生まれるの。綺麗……だったわね」
輪廻転生、か。仏教のそれとは多分違うだろうけれど。
私は暫くの間、目を閉じて来世の彼らが幸福に生きられる事を祈った。
――目を開く。
さて。まだ終わってはいないのだ。こんな事態を引き起こした奴が、まだここにいる。
分離作業で赤晶竜の事も色々理解出来た。こいつは魔竜の分身というか操り人形みたいなもので、本人も気付かないまま地脈から魔竜復活の為のエネルギーを送る役割を持っていたらしい。
それで、周辺の土地から魔石採掘をさせない為に攻めてきたようなのだ。
今回赤晶竜を潰した事で、魔竜の復活も頓挫……とまでは行かないかも知れないが、相当復活が遠のく事だろう。
しかし、大分萎んだなぁ。レジェンド降格ぎりぎりと言ったところだ。使い道は……まーいいや。還元しちゃえ。
肉体を構成する要素から意味を奪い、全てをエネルギーに還元していく。
だというのに、還元の途中で光の粒子の中から断章が飛び出してきた。こんなの初めてだ。
何かと思ってみてみると、魔法系のカードのようだ。
レア ランク10 スローターフォレスト
『偉い学者先生が雁首並べて、あの鳥が獲物を串刺しにする意味が解らないのかい? 殺した獲物を誇るのは別に俺達だけじゃなく、貴族や兵士でもやってる事じゃねえか。 ――狩人マーロウ』
……赤晶竜の固有魔法か。私自身が所有するマナのみで放てる為に、チャージの必要がない魔法のようだ。しかもSEを消費して放つと範囲を際限なく拡大出来る。
強力な武器になるとは思うけれど……これって地面から水晶を生やした奴かな?
……良いイメージないなぁ。フレーバーからして食らった奴は百舌の早贄状態になるんじゃないの……?
それでも、力は力、か。
最後に残ったのは魂の核とでも言うべき代物。だが赤晶竜の場合、偽の魂といった具合で――あ。
「消えなさい」
どこからか取り出されたハンマーによって叩き潰されてしまった。
叩きつけた場所を執拗にぐりぐりしている。余程、魔竜絡みの物が嫌いなんだな。
しかしファンシーなデザインのハンマーだ。あれは魔法少女アニメかなんかに影響受けたとかじゃないのか?
……いや、突っ込むまい。
するべき事はしたし、聞くべき事は聞いた。帰ろう。




