22 暴虐の赤竜
「ふむ……。知らずにお連れした、と」
狼狽している騎士達の様子にリカルドさんは苦笑いを浮かべた。
宰相リカルド・ボルムフィールド。長い黒髪と髭を蓄えたナイスミドルという感じの人だ。宰相というより魔法使いと言った方がしっくり来る容貌ではあるか。
ゲーム中でもネフテレカ王国の首脳部は信頼していい人達だったからな。私としては敵味方の識別が既に完了している状態なので、知っている相手なら無駄に警戒せずに済む。
「このお方からお預かりした荷物をお返ししろ」
「は、はっ!」
騎士が私の偽ビブリオと、クローベルの剣を手渡してくる。
偽ビブリオを持つジョナスの手が震えているのが解った。そりゃ、グリモワールかなとか思っちゃうよね。
ごめん、それ偽物なんです。中身はただの教科書なんです。
「お聞きしたい事は色々あるのですが……。まず……騎士達は貴女に無礼を働きませんでしたか?」
「いえ。この方々に限らず、ネフテレカ王国の方々は親切な人が多くて」
「そうですか! それは良かった!」
視界の隅の方で、ジョナス達が胸を撫で下ろしているのが解った。リカルドさんはと言えば私の言葉に機嫌を良くしたらしい。
親切ではあるけど修羅の国でしたという所は伏せておくのが無難だと思う。
「リカルド様が何を聞きたいのかは解っております。今の姿は、ですね。恐らくですが、魔竜を倒した反動みたいなものです。荒唐無稽な話で申し訳ありませんが、私は七年程眠っていたようで、つい先日目が覚めたばかりなのですよ」
「そうだったのですか」
リカルドさんは目を丸くした。一応左手の包帯も解いて、紋章も見せる事で身の証を立てておく。
歳を取っていない理由……は申し訳ないが適当な事を言わせて貰おう。私だって解っていないのだから、推測でしか話が出来ないというのは事実なのだし。
「しかし何ですな。魔素結晶を売った者がいたと言う事で騎士団の者に探させておりましたが、コーデリア殿下であれば所持していても何の不思議もない、という事ですかな」
「いえ、期待させて申し訳ないのですが、魔石や結晶の持ち合わせは今は無いのです。あれは偶然に手に入れたものでして」
「なるほど……そうでしたか」
「けれど、魔素結晶を含む未発見の鉱脈は見つけましたよ。ネフテレカ国内のお話です」
「はっ――!?」
一瞬落胆したような表情を見せるリカルドさんだったが、続いて私の投下した爆弾に、顔を上げて目を見開いた。
「そっ、それは、どういう事です?」
「落ち着いてください。復興の為という事でしたし、協力するのは吝かではありません。情報提供も致します」
「そ、そうですか……しかしそうなると……十分なお礼をしないわけには参りませんな」
「私への礼など。元々貴国の土地の物でしょう。ただ、情報提供の代わりに交換条件があります」
「それは?」
「やり方はおまかせしますが、鉱脈で得られた利益で孤児院のような施設を作ってはいただけませんか?」
私が言うと、それだけでリカルドさんは私が何を言いたいか理解してくれたらしい。
「街の様子をご覧になりましたか……」
「責めているわけではありませんよ。復興が必要な時に魔石鉱山が押さえられていては、苦しい立場になるのも当然でしょう」
「そう言っていただけると。姫のお考えは必ず私から陛下にお伝えしましょう。きっと陛下のお考えにも合致するものです。しかし殿下。それでは余りに殿下への利がない。やはり殿下御自身に何かをお返ししなければ、我が国は恩知らずとの誹りを受けてしまいます」
リカルドさんの言葉に私は苦笑せざるを得なかった。
「解りました。では城内の書物の閲覧と、通行証のような物の発行、それから、少々の路銀を融通して頂きたく」
「しかしその程度ではあまりに釣り合わない」
そうかな? 結構遠慮なくお願いばかり言ってる気がするんだけどね。
「それ以上の物となりますと、かえって身動きが取りにくくて困るのです。他国の姫である私が、貴国内で鉱脈を見つけ、そこに付随する栄誉やら権利やら。そういった事に関わるのは他の方でも出来ます。私はグリモワールの担い手として、私にしか出来ない事をしたいのです」
……と言うのは、ゲーム内でも姫が求婚してくる貴族を退ける為に使った言葉の一つだ。
私としては海千山千の貴族と渡り合うとか面倒過ぎてやりたくない。お金が必要なら自力で幾らでも出来るのだし。
しかし、リカルドさんと騎士達は瞑目して私の言葉に感じ入ったように頷いていた。いや、そこまで感銘を受けられると私としても罪悪感がですね……?
「し、しかし一つ問題がありまして」
そんな彼らを見ているのも私が居た堪れないので話を進める事にした。
「何ですかな」
「魔素結晶を見つけた場所は赤晶竜の領地の近くにあるのです。開拓村を襲ったゴブリンの事はご存知ですよね?」
「勿論です。全く忌々しい連中でして」
「そのゴブリンの巣穴の奥に地下水脈があり、結晶はそこで手に入れたものなのです。冒険者達が向かうと聞きましたので巣までの地図を渡しておきましたが、もしかしたら彼らが発見しているかも知れませんね。その場合、発見の栄誉は彼らに」
そんな話をしていると、視界の隅の方でジョナスが合点が言ったというように頷いているのが見えた。
「ふむ。何か知っておるのかね?」
「いえ、兵士達がゴブリンから逃げてきた子供を保護した女性がいると噂をしておりましたので」
「――つまり、コーデリア様がゴブリンの巣を?」
「いえいえ。私ではなくてクローベルや、私の仲間がですけどね。シャーマンは倒しましたよ」
後ろに控えるクローベルが頭を下げた。
リカルドさんは、ほんの少し目を細めてジョナス達に言う。
「……お前達は少し外しなさい」
「は、はあ……?」
リカルドさんに言われて、騎士達が退出して行った。給仕達もだ。
後に残されたのは、私達だけである。
私は小首を傾げて――半ば彼の聞きたい事を予想しつつも、言葉を待つことにした。
「……一つ、解らない事がありましてな。解らないと言うか、腑に落ちないのですが」
「なんでしょうか?」
「いや、本来私達が成すべき事、というのは解っております。ですが、らしくない、と言えば良いのですかな? コーデリア殿下であればこの問題に関わるなら、ゴブリンではなく領地の主を倒すのでは、と思ったものでして。何か事情がおありなのですかな?」
……だよね。当然リカルドさんなら気付くとは思っていた。
「目覚めてから、力の大半を失ってしまったようなのです。今の私ではまだ、あれに勝てません」
ここに嘘はない。この情報を開示するのは私にとってリスクがあるのだが、ネフテレカの宰相と女王なら大丈夫と信じたからこそ、こうして話をする事にした。
「そのような重大な話をなさるとは……。私を、そこまで信用する、と?」
「はい。ですので」
ある程度行動の自由が利くよう便宜やバックアップを図って欲しい。そうすればSEをネフテレカ国内で稼ぐのも容易になる。いずれあの赤晶竜は沈めなきゃならない。
そう思っていた。だけれど、私のその考えはまるで甘かった。
私が言葉を続けようとするより先に、緊急事態を告げる鐘が打ち鳴らされたのだ。
「リカルド様! お逃げ下さい!」
血相を変えた騎士が部屋に駆け込んで来る。
「何事か……!?」
「竜の……赤晶竜の襲撃にございます!」
慌てて窓に駆け寄る。そして見た。
数日前の再現。空に浮かぶ竜が、大きく息を吸い込み――あのレーザーのような吐息を王都ザルナックに向けて放つ、そんな瞬間だった。
閃光と衝撃。王都に張り巡らされていた魔術結界が容易く切り裂かれ、その射線上にあった外壁が、街が、家が、王城が、文字通り叩き切られた。
「――ぐっ……!?」
瞬間、頭痛が走る。これ――これ、は――。
痛い痛い痛い!
助けてくれ! 誰か、助けてくれ!
俺、俺の足……足は、どこに行った――?
ああ、あの子は? あの子はどこなの?
竜、竜が―――!
なん、だこれ。なんだこれは。
頭痛と共に、恐怖と怒りと混乱と、雑多な感情が、意識が、流れ込んで来る。男、女、若者、老人、子供――。
そして感じた。あの竜が。殺した人間達から魂を吸い上げていく。
私に流れ込んできた意識。
それは竜が今の吐息で殺した者達の魂。
竜よりも私の近くにあった人間の魂達が。
奈落の穴に落ちる事を拒むように。
闇の中で光を求めてしまうように。
水底から水面を目指してしまうように。
救いを求めて私の方に逃げてきているのだと、そう理解した。
それに伴って、SEが猛烈な勢いで増えていく。
当然のように。必然の事として。
こんな、こんな事――。
次回更新は19日の0時の予定になります。




