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「ようやく君の大切さに気付いたんだ」と言われましても、もうあなたと私は他人なのですが  作者: 水嶋陸


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最愛2



 父に直談判の末、無事に結婚の許しを得られて肩の荷が下りた椿は、疲労を覚え、自室で休むことにした。怜司に部屋まで付き添ってもらい、扉の前で労いの言葉を掛ける。


 「送ってくれてありがとう。あなたも疲れただろうから、ゆっくり休んでね」


 「お心遣い感謝します。今日はさすがに緊張しました。旦那様に殺されるかと」


 「まあ、ふふっ。大袈裟ね。だけどすんなり認めてもらえてよかったわ。何度も話し合うつもりでいたから、気が抜けちゃった」


 「私もです。まさかこのような幸福が訪れようとは、人生とは分からないものですね」


 しみじみと言う怜司の瞳の奥に寂しさが垣間見えて、椿はぎゅっと胸が締め付けられた。


 「それでは、名残惜しいですが失礼いたします。おやすみなさいませ」


 怜司が一礼して去ろうとする。半ば無意識に彼の袖を引いていた。


 「お嬢様? どうかなさいましたか?」


 心配そうに顔を覗き込まれ、怜司の唇に視線が吸い寄せられた。先ほど温室でキスを交わした記憶が蘇り、自然と頬が染まる。椿の思考を読んだ怜司が、悪戯に笑う。


 「そのように見つめられますと、またキスをしてしまいますよ」


 「!!」


 耳元で囁かれ、言葉に詰まる。余裕のある態度を崩さない怜司に意趣返しがしたくなり、椿は勇気を振り絞った。


 「……別にかまわないわよ。せっかく恋人になったのだから、少しくらい触れ合っても罰は当たらないでしょう? 私はもっとあなたに触れたいし、触れてほしいわ」


 本音をぶつけたものの、物凄い羞恥が湧き、まともに顔を上げていられなかった。俯き、ドキドキしながら彼の返事を待つ。すると、頭上からため息が降ってきた。さすがに呆れられられたかと不安になったが、彼は焦れた声で言う。


 「忠告はしましたよ」

 

 「え? ――!?」


 怜司は椿の腕を取り、ドアノブに手をかけ部屋の中へ連れ込んだ。パタン、と静かに扉が閉まる。後ろ手に鍵をかけた怜司は、驚いて固まったままの椿を見据えた。そして腰が砕けるような色香を放って言う。


 「貴女に心底惚れている男を誘惑するとどうなるか、教えて差し上げましょう」


 一足で距離を詰めた怜司に唇を奪われ、瞠目した。退路を断つようにがっちりと腰を抱き寄せられ、後頭部を大きな掌に支えられる。


 噛みつくようなキスに呼吸もままならないまま、押し開かれた唇から舌が侵入してきて心臓が跳ねた。一瞬たじろいだが、恐怖は全くなかった。強引でも、椿への深い愛と思いやりが伝わってくる。


 翻弄される中、怜司に縋るようにぎゅっとしがみついていた椿はふと、彼が手を緩めるのを感じた。けれど、ゆっくり顔を離した彼の双眸はまだ獰猛な光を宿していた。


 「もう、おしまい……?」


 椿は熱い吐息を零し、蕩ける表情で、強請るように問う。さらなるお仕置きを望んでいるかのような態度に、怜司は苦しげに眉を寄せた。


 「……っ、あけすけな物言いで恐縮ですが、これまでお預けが長かったので。そのように煽られますと理性が揺らぎます。あまり私の理性を試されませんよう」


 「あら。まるで自分だけが恋焦がれていたように言うけれど、私だってずいぶんお預けされていたのよ? 何度あなたに触れたいと願ったか、想像もつかないでしょう? 我慢しているのが自分だけだなんて勘違いしないで」


 「椿様……」


 弱った声で、切なく呼びかける怜司が愛おしくて堪らなかった。椿は思い切って背伸びし、自分から唇を重ねる。唇を押し当てるだけの子どもじみたキスだったが、怜司は火が点いたように再び椿の唇を貪った。



 角度を変えながら甘いキスを繰り返した後、細い首筋に彼の唇が伝う。腰を抱いていた手は腰の丸みに沿って撫で上げ、もう片方の手は二人の間に差し込まれた。腹からささやかな胸の膨らみを辿る掌に優しく力が込められ、これまで感じたことのない快感にビクッと肩が跳ねる。


 「鷹野……っ」


 思わず名前を呼ぶと、余裕のない表情の怜司と視線が交わり、キュンと胸が高鳴った。逸る鼓動が全身に響くのを感じながら身を委ねていると、彼はぱっと体を離し、長いため息を吐いた。


 「旦那様とのお約束がありますし、これ以上は自重しておきましょう。止められなくなります。続きは結婚初夜に」


 「!!!!」


 予告され、椿は瞬時に茹で上がった。悪戯な微笑を浮かべる彼は既に冷静さを取り戻している。乱れた前髪を片手で掻き上げ、ネクタイを整える何気ない仕草にとてつもない色気を感じて押し黙ると、怜司はふっと笑みを零した。


 「見送りは不要です。椿様はしばらく部屋から出られませんよう」


 「どうして?」


 「そのような顔を人に見せれば、何があったのかすぐにバレてしまいますので。旦那様に叱られてしまいます」


 「っ!」


 自分の唇に人差し指を当て、少し意地悪に口角を上げる彼が蠱惑的で憎らしい。椿はどう足掻いても勝てないと自覚しつつ、踵を返した彼の背中を恨みがましく見送った。



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