最愛1
怜司と想いを通わせた椿は、その足で父の執務室へ向かった。突然手を繋いで現れた二人を見た父はひどく驚き、言葉を失った。
それでも挫けず、怜司と添い遂げたい旨を率直に伝えると、真剣な顔つきでこちらを見据えた父が感慨深そうに言う。
「……昔から特別聞き分けのよかったお前が、揺るぎない意思を示して私に頼み事をするとはな。それほど鷹野に惚れ込んでいるということか」
「はい。私は鷹野のことを心から愛しています。たとえお父様に反対されても、私の気持ちは決して変わりません。彼との結婚を認めていただけるまで、何度でもお願いに伺うつもりです」
まっすぐに顔を上げて告げる椿をじっと見つめ、父は重い口を開いた。
「正直に言おう。三年前なら反対しただろうが、私は結局お前に幸福な結婚をもたらせなかった。お前が今回の件で意思を曲げるとは思えないし、鷹野は信頼のおける強い男だ。二人が想い合っているのなら、結婚を認めよう。ただし、ひとつ条件がある」
「! 何でしょう?」
椿が緊張で身を固くして尋ねると、父は怜司に視線を移した。
「鷹野。椿の夫になることを望むなら、すぐにでもボディーガードをやめなさい。命に危険がある仕事を生業にする男に、娘は任せられない。君が優秀なボディーガードであることは十分承知しているし、これまでの経歴を捨てることに躊躇いがあるのも分かる。それでも、立場を捨てて椿を選べるか?」
「はい。お望みとあらば速やかにTAKANOを退職し、身に危険の及ばない仕事に就くことをお約束します」
怜司は一切迷わなかった。しかし椿が動揺した。
「本当にいいの? あなたがこれまでたゆまぬ努力で積み重ねてきたものを、簡単に手放してしまって後悔しない?」
「お心遣いありがとうございます。ですが、私は元々ボディーガードを志望していたわけではないのですよ。それ以外に道がなく、やむなく選んだ職業ですので執着はございません」
「そうなの……? 私に気を遣ってない?」
「はい。後ほど二人の時に詳しい事情をお話します」
「分かったわ」
椿が神妙に頷き、怜司が優しい微笑みを浮かべる。二人の間に親密な空気が流れ、父はコホンと咳払いした。
「仕事の件だが、TAKANOを退職した後、私の元で働かないか? 君はめっぽう腕が立つだけでなく、頭も切れる。その気があれば歓迎しよう」
「願ってもないお話でございます。謹んでお受けします」
怜司は一旦繋いだ手を解き、深くお辞儀して顔を上げた。
「私のような男にお嬢様をお任せいただき感謝申し上げます。生涯お嬢様を愛し慈しみ、私の全てを懸けてお守りすると誓います」
胸に手を当て、真摯な面持ちで宣言する怜司。彼の凛々しい横顔に激しく痺れ、しゃがみ込んで叫び出したい衝動に駆られた。椿が必死で平静を装っていると、父は鷹揚に頷く。
「君が椿を大切に守ってくれることに疑いはないよ。ただ、椿は離婚して間もない。結婚式は身内だけの簡素なものになるだろう。入籍の日取りについては別途調整しよう。それまでに身辺を整理しておきなさい。いいね?」
「はい。今後もご期待に沿えるよう、誠心誠意、お仕えいたします」
「ああ。それと、最後にひとつ言っておく。椿は成人しているし、一度出戻った身だ。しかし君たちはまだ結婚前で、同じ屋敷に住んでいる。入籍するまでは節度を守るように気を付けてくれ」
「承知しました。肝に命じます」
怜司は涼しい顔で殊勝に答えたが、椿は真っ赤になって俯いた。それを微笑ましく見守りながら、怜司は優しい眼差しで椿の手を握った。




