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「ようやく君の大切さに気付いたんだ」と言われましても、もうあなたと私は他人なのですが  作者: 水嶋陸


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追憶2 Side鷹野怜司


 ただ、椿はひと回り近く年下の警護対象で、恋愛感情はなかった。椿から好意を感じていたものの、幼い少女が年上の男に抱く一時的な憧れに過ぎないと思っていた。成長に伴って消えていく淡い感情だと、気楽に構えていた。


 しかし予想は外れた。


 年齢を重ねていく度、蕾が花開くように美しさを輝かせていく彼女が、徐々に薄れていくはずの憧れを確かな恋心に育てていくのを実感していた。 



 「鷹野!」



 自分を見つけた椿が、愛おしげに眼差しを緩ませ、歩み寄ってくる。お嬢様と呼び掛けた時に見せる、嬉しそうな表情。彼女に触れると瞬時に頬を染め、余韻を味わうようにこっそりと、触れられた場所に手を当てていた。


 彼女からはっきり告げられたことはなかったが、言葉や行動の端々に滲む、ひたむきな想いが好きだと雄弁に語る。それに揺さぶられ、気付けば自分も彼女に想いを寄せるようになっていた。


 (彼女を笑わせたい。喜ばせたい。少しも傷ついてほしくない。いつも幸せでいてほしい)


 椿は心を照らし続ける、太陽のように眩しい存在だった。密かに自分だけの宝物のように感じて、大切に守り慈しんできた。それでも決して想いを口に出さず、彼女の気持ちにも気付かないふりを続けた。


 怜司は一介のボディーガードで、名家の令嬢である椿とは住む世界が違う。年齢差も大きい。年上の自分がきちんと弁えて、適切な距離を守らなければと己を戒めていた。


 椿に期待を抱かせないように――場合によっては突き放すべきだと思いながら、結局、年上のボディーガードの立場を利用して彼女を甘やかした。


 ずるい自覚はあったが、それでも最後の線引きは堅く守っていた。彼女はいずれ家格の釣り合う、相応しい男に嫁ぐ身だ。使用人に過ぎない自分と、妙な噂を立てる訳にはいかなかった。

 

 幸い理性は堅牢だった。ただ、椿の結婚前に一度だけ、衝動に抗えず抱き締めてしまった。


 縁談が決まった彼女が堪えきれずに涙を流し、小さな嘘で笑って誤魔化そうとした時。喉まで出かかった焦がれる想いを飲み込んで、握り潰した。


 椿の結婚式には行かなかった。行けるはずもなかった。その後は心に空いた大きな穴を埋めるように任務に励み、仕事に忙殺される日々を送った。もう二度と椿に会う機会はないはずだった。それなのに――


 (思いがけず再会して、封じていた想いが溢れ出した)


 三年の間に一層美しくなった彼女に憧憬を覚えると同時に、やつれた姿に心を痛めた。椿の元夫と対峙した時は、燃えるような怒りが湧いて我を忘れた。


 彼女が嫁ぎ先で冷遇されていたことは薄々察していたものの、あんな見下げ果てた男に詰られながら生活していたのかと思うと、やりきれなくて吐き気がした。


 椿のことが好きな気持ちに疑いはない。だが、肝心な時に彼女を守れなかった後ろめたさが先立ち、彼女を想うこと自体に罪悪感が湧く。


 (年齢、立場、過去の失態。どれだけ枷をかければ気が済むんだ)


 臆病な自分に嫌気が差す。これほど慎重になる理由は、考えずとも分かり切っていた。 



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