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「ようやく君の大切さに気付いたんだ」と言われましても、もうあなたと私は他人なのですが  作者: 水嶋陸


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鉄槌2


 椿を退避させた怜司は冷静に、両腕を顔よりやや低く構え、理人を待ち受けた。


 向かってきた理人がナイフを突き出す。怜司は上腕でナイフの軌道を逸らし、ナイフを握る理人の腕を掴んで素早く殴打を加えた。


 理人が怯んだ隙に手に掌を覆い被せ手首を極めると、苦痛に顔を歪めた理人からナイフを奪い取る。


 怜司は武器を失ってなお睨み上げる理人を冷淡に見下ろし、容赦なく蹴り飛ばした。呻き声を漏らし、背を丸める理人。しかしナイフを握り締めた怜司は慈悲を見せず、底冷えする声で言う。


 「お前はお嬢様に刃を向けた。警告通り、今ここで息の根を止めてやる」


 怜司は無表情で悠然と理人に近付く。それが逆に恐怖を煽り、理人は後ずさりした。逃走を試みたものの、焦って足をもつれさせ、無様に尻もちをつく。


 「ま、待ってくれ……! 僕が悪かった。君の言う通り、もう二度と椿には近付かない。だからどうか許してくれ。お願いだ!」


 理人の懇願を無視し、怜司は無言で距離を詰めていく。そして目の前に立ち塞がると、思い切りナイフを振りかざした。


 「ああああああああ!!!!」


 理人が絶叫する。


 怜司は勢いよくナイフを振り下ろし、彼の目と鼻の先で寸止めした。泡を吹いた理人は失神し、床に倒れ込む。怜司は息を吐き、ナイフを安全な場所に隔離した。


 戦いに決着がついて緊迫した空気が霧散する。遠巻きに様子を窺っていた来店客らが騒がしくなり、椿はハッとして怜司に駆け寄った。

 

 「鷹野っ! 怪我は――」


 言葉は宙に消えた。


 怜司に強く掻き抱かれ、呼吸を忘れる。


 彼の胸に顔が埋まり、突然の抱擁に心臓が早鐘を打つ。けれど、彼が微かに震えていることに気付いて冷静になった。


 椿は怜司の広い背中に両腕を回し、安心させるように優しく撫でる。


 「怖い思いをさせてごめんなさい。もう、大丈夫だから。あなたのおかげよ」


 自分は無事だと伝えるため、明瞭に言う。怜司が怖かったのは理人でも、ナイフで襲われたことでもない。あと一歩で椿を失う危険があったことだ。


 怜司の心を汲み取って労わると、彼は焦れた声で囁く。


 「どうしてあなたは……」


 弱り果てたような切ない響きに、胸が疼いた。もう一度、椿の無事を確かめるように腕に力を込めた怜司は、ゆっくり体を離した。


 「取り乱してしまい、申し訳ございません。先ほども我を忘れて見苦しい姿をお見せしました。どうかお許しください」


 「謝らないで。見苦しくなんてないわ。危ないところを助けてくれて、本当にありがとう。あなたに怪我がなくてよかった」


 心から感謝の気持ちを伝え、明るい笑顔を浮かべる。ふと、ひとつの疑問が口をついて出た。


 「でも、どうして私に危険が迫っていると分かったの? 誰にも連絡する余裕なんてなかったのに」


 「檜山さんから一条家に連絡があったのです。不審な男が貴女に接触し、様子がおかしかったと」


 「! まあ、檜山さんが……」


 (あの時、私の異変を察知して、気を利かせてくださったのね)


 檜山の機転と心遣いに打たれていると、怜司が真摯な面持ちで謝罪する。


 「全力で駆けつけましたが、間に合わず、お嬢様に怪我を負わせてしまいました。肝心な時にお役に立てなかったこと、深くお詫び申し上げます」


 「何を言うの。私はもう成人しているし、今日はどうしても一人で外出したいと言ってあなたに留守番を頼んだのは私よ。それに、あなたが来てくれたおかげでこの程度の怪我で済んだ。ナイフで襲われた時も、命懸けで守ってくれたじゃない」


 「私はボディーガードですから、お嬢様をお守りするのは当然のことです。どのような事情があったにせよ、結果としてお嬢様の被害を防げなかった以上、弁明の余地はありません」


 厳しい顔つきで告げる怜司の堅い声色に、胸が締め付けられる。今、何を言っても彼の心を楽にすることはできないと直感し、歯痒く思いながら彼を見つめた。


 椿の胸中を察した怜司は態度を改め、穏やかに言う。


 「すぐにでもお嬢様の怪我の手当をしたいのですが、この男を警察に引き渡すまで目を離せません。今から通報して、事情聴取に対応します」


 「ええ、分かったわ。何か私にできることはある?」


 「お嬢様は近くでお掛けになってお待ちいただけますか。一条家の信頼できる者に迎えを頼みます。このような状況で帰り道をご一緒できず、申し訳ございません」


 「私は平気だから、謝らないで。これから慌ただしくなると思うけど、あなたも気を付けて」


 「ありがとうございます。では、また後ほど」


 怜司は一礼すると、優しい微笑みを残して踵を返す。理人の傍らで電話を始めた彼はもう普段と変わらない様子なのに、椿はなぜか不安を覚えた。



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