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「ようやく君の大切さに気付いたんだ」と言われましても、もうあなたと私は他人なのですが  作者: 水嶋陸


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邂逅1 



 「失礼ですが、一条家の椿お嬢様ではございませんか?」


 男性向けの小物用品店で真剣に商品を眺めていた椿は、横から声を掛けられて驚いた。


 柔和な雰囲気を纏う上品な老年男性は、椿が物心つく前から一条家に出入りしていた百貨店の外商だ。椿と顔を合わせる度に温かい声を掛けてくれた彼のことは、もちろん記憶に残っている。


 「まあ、檜山ひやまさん! 久しぶりね。昨年、定年退職したと父に聞いていたけれど、お元気そうでよかったわ」


 「温かいお心遣い痛み入ります。私の退職の際には一条家にて盛大にご歓待いただき、誠にありがとうございました。お嬢様もご壮健で何よりです。本日はおひとりでお買い物ですか?」


 「ええ。私の専属ボディーガードだった鷹野を覚えてる? 今日は彼の誕生日プレゼントを買いに来たの」


 「そうでしたか。鷹野さんのことはもちろん覚えておりますとも。一度会えば忘れられない色男ですからな。椿お嬢様に手ずから贈り物を選んでいただけるなど、幸運な方ですね」


 「ふふっ。喜んでもらえたらいいのだけど。檜山さんもお買い物に来たの?」


 「いえ。実は退職してからも百貨店に足が向いてしまいましてな。もはや職業病ですよ。ここへ来たところでもう接客する立場でもないのに、困ったご様子のお客様を見かけるとつい、声を掛けてしまいそうになる」


 朗らかに笑いながら、少し寂しそうな表情を浮かべる檜山。彼が今もこうして百貨店に足を運び、来店客に温かい眼差しを注いでいることに胸が切なくなった。


 「あのね。もし時間があれば、鷹野へのプレゼント選びを手伝ってもらえないかしら?」

 

 「いや、お恥ずかしい。そのようにお気を遣わせてしまい、申し訳ございません。今のはしがない老人の独り言ですよ。お忘れください」


 「気を遣っての提案じゃないわ。実は私、男性物のファッション事情には疎くて、あまりセンスに自信がないの。だから信頼できるあなたに助言をもらえたら、心強いと思って」


 気取りのない笑顔を向けられた檜山は瞠目し、嬉しそうに眦を緩めた。


 それから二人で店内を見て回り、悩んだ末、上質な本革のキーケースをプレゼントに選んだ。無地のシンプルなデザインだが、手触りがよく、凛としたダークカラーが怜二のイメージにぴったりだった。


 「檜山さんのおかげで素晴らしい贈り物を選べたわ。本当にありがとう。用事がなくても、またいつでも一条家にいらしてね。父は気心の知れた話し相手が減ってしまって寂しそうにしているから、たまに顔を見せてくれたら嬉しいわ」  


 「過分なお言葉をありがとうございます。光栄に存じます」


 恭しく礼をした檜山は、眩しそうに瞳を細めた。


 「お嬢様は本当に思いやり深い方ですね。自然と相手の想いを汲んで、大切に拾い上げてくださる。そして見返りをお求めにならない。人として素晴らしい資質を備えていらっしゃる」


 「そんな。買い被りよ」


 「ご謙遜を。旦那様はもちろん、一条家の使用人の皆様も、お嬢様のことを誇りに感じておられるでしょう。私も外商としてご縁をいただけたこと、心より嬉しく思いますよ」


 檜山のまっすぐな賞賛が胸に染み入る。その時、聞き覚えのある声がした。

 


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