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「ようやく君の大切さに気付いたんだ」と言われましても、もうあなたと私は他人なのですが  作者: 水嶋陸


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妙案 Side四ノ宮理人

 

 「山崎さんは弟君の補佐に配置換えを希望され、旦那様が承認されました。平野さんはご新居を引き払われた際に自己都合退職されましたよ。ご存じありませんでしたか?」


 「……っ!」


 自分の味方だと信じて疑わなかった者たちが、あっさりと掌を返し離れて行った。その事実に大きな衝撃を受け、言葉を失う。

 

 思い返してみると、何事にも余計な口を出さない山崎が、椿の見送りの後で「後悔されませんよう」と苦言を呈していた。もちろんその場では耳を貸さなかったが――


 「奥様は本当に得難い、素晴らしいお方でした。このような結果となり、残念に思っております」


 子どもの頃から何かと世話を焼いてくれていた平野。彼女も離婚に際しては沈痛の面持ちで眦に涙を浮かべていた。適当にあしらっておいたが、まさか別れの挨拶もなく退職するとは思わなかった。


 (椿と離婚してから色々なことが悪い方向に転がっている……)


 まさに四面楚歌の状況に陥った理人は呻き、嘆息した。


 しかし時間を巻き戻すことはできない。今の自分にできることは、母の言いつけ通り、新たな妻を得て体面を整え、他家との関係修復に尽力することだった。


 ただ、椿と比較しても遜色のない結婚相手となると、かなり選択肢が限られる。しかも自分は一度離婚した身で、どう考えても心象が悪い。


 (待てよ。ひとつだけ、全てが丸く収まる妙案があるじゃないか! 椿を連れ戻せばいいんだ)


 理人は顔を上げ、瞳を輝かせた。


 表向き、離婚原因は椿にあることになっている。彼女がいずれ再婚するとしても、良縁に恵まれるとは到底思えない。理人がよりを戻したいと言えば、ありがたく乗ってくるはずだ。


 思い立った理人はすぐに行動を起こそうとした。だが、椿に会うのは容易ではないことに、少し冷静になって気付いた。離婚した経緯を考えれば、一条家の屋敷を訪問したところで当主に門前払いされるのは火を見るより明らかだった。


 誰にも邪魔されず椿と二人きりで話したい。理人は四ノ宮家の使用人に椿の動向を探らせることにした。


 「元奥様はこのところ度々外出されているようですが、傍らには常にボディーガードらしき男が寄り添っています」


 さっそく報告を受けた理人は舌打ちした。それでも諦めず、二週間、三週間と粘り強く機会を窺った。そして好機が訪れた。とある平日の朝、椿がひとりで一条家お抱えの送迎車に乗り込み、外出したとの知らせが入ったのだ。


 理人は椿を見失わないよう尾行を命じ、()()()()()を準備して現地に急行した。向かった先は有名百貨店で、久しぶりに椿の姿を認めた理人は、自分の目を疑った。


 (……は? 誰だあの女は。本当に椿か?)


 これほど美しい女だったのかと、息を呑む。


 理人の前では表情の変化に乏しく、人形めいた色のない美貌の持ち主だった椿は、確かな温度を纏い、生き生きと笑っていた。


 知人らしき老年男性と呑気に話している椿に強い苛立ちを覚える。理人は逸る気持ちを抑え、ゆっくりと彼女に歩み寄った。



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