窮地 Side四ノ宮理人
雅に突然別れを告げられ、隠していた本音まで知ってしまった理人は自信喪失し、抜け殻のようになっていた。
四ノ宮家に帰った後、重い足取りで母の私室に向かい、扉をノックした。入室の許可を待ち、部屋に踏み込む。
母はソファで寛いでいた。珍しく憔悴しきった顔つきの理人を一瞥し、肩を竦める。
「あら、また説得に来たの? 何度来ても雅さんとの再婚は認めないから無駄足よ。いい加減諦めたらどうなの」
「……雅とは別れました。もう二度と会うつもりはありません。僕が間違っていました。母上の言う通り、彼女は四ノ宮家の女主人に相応しくない」
苦い思いで絞り出すように告げる。母は深く追求せず、喜色を浮かべた。
「よかった! ようやく目を覚ましてくれたのね。でも理人、あなたの失態にお父様は大変失望されてらっしゃるわ。このままでは後継者の交代なんてこともありえるわね」
予想外の発言を受けて心臓が跳ね上がり、理人は焦燥を隠せなかった。
「な、なぜそのような話になるのですか? 僕がいつ失態を犯したというのです。雅の件についてはともかく――」
「まさか、自覚がないの? あなたが一条家のご当主の怒りを買ったせいで、我が家は今や社交界の爪弾き者よ。一条家が我が家との交流を断絶し、今後何があっても支援しない意思を表明したわ。そうなれば他家がどちらを優先するかなんて、言うまでもないでしょう?」
「……っ!」
「ああ、それとね。親交の深い家のご夫人方は椿さんのことをとても高く評価してくださっていたの。離婚の話を聞いて本当に残念がっていたわ。彼女は三年間、縁の下の力持ちとして四ノ宮家の支えになっていたのよ。夫婦生活がなかった以上、離婚が避けられなかったとはいえ、少しでも彼女に感謝して大切に扱うべきだったわね」
唇を噛み、口惜しげにため息を零す母。今更ながら痛恨の選択ミスに気付き、理人は心底後悔した。しかし母は欠片も同情を見せず、厳しい顔つきで言う。
「理人。あなたに残された名誉挽回の手段は、四ノ宮家に相応しい淑女を嫁に迎えて評判の回復に努めることよ。私の方でも探してみるけど、こんな状況だからあまり期待しないでね。――話は終わりよ」
母は素っ気なく退室を促し、理人から興味を失ったように視線を逸らした。
窮地に立たされた理人は、ひどく狼狽した。廊下に出た後、小刻みに震える手でスマホを取り出し、山崎に連絡を試みる。しかし、なぜか何度発信しても電話が繋がらなかった。
(……そういえばこの数日、山崎の姿が見えないな。平野はもっと前からだ。何かあったのか?)
胸に不安が広がり四ノ宮家の使用人頭に確認したところ、驚きの返答が待っていた。




