失望 Side四ノ宮理人
「雅との再婚を認めない? なぜですか! しかるべき婚約期間を設けての再婚であれば、世間体も保てるでしょう!」
「落ち着きなさい、親とはいえ人前で喚き散らしてみっともない。いつもの冷静さはどこに忘れてきたの? 全然あなたらしくないわ」
呆れ果てた母に諫められ、口を噤んだ。椿と離婚した後、間もなく雅との再婚を申し出たものの、母は頷かなかった。雅に再婚を急かされていた理人は余裕がなく、つい声を荒げてしまったが、すぐに外面を被り直した。
「申し訳ございません。想定外の反応でしたので、焦りで取り乱してしまいました。雅との再婚に何か支障があるのでしょうか? 家格は一条家に及ばないまでも、彼女はそれなりの家柄の娘で実家はかなり裕福。悪い話ではないかと思いますが」
「そうね。でもねぇ、正直なところ彼女に四ノ宮家の女主人が務まるとは思えないのよ。思ってることを何でも口に出してしまう上、遠慮がないでしょう? 品位と慎ましさが足りないわ。椿さんとは大違いね」
それ以降、再婚の話を持ち掛ける度、母は何かと椿を引き合いに出した。
椿は歴史ある名家の令嬢で、幼い頃から様々な教養を身に着けている。何気ない所作にも気品があり、立ち居振る舞いが洗練されていた。内気で控えめな女だったが、社交の場に出れば卒なく対応していた。
他方、雅は年の離れた両親に大変甘やかされて育ち、派手好きで自由奔放。堅苦しい環境で育った理人は、彼女の率直な物言いや、古いしきたりに縛られない潔さに惹かれた。ただ、伝統を重んじる保守的な四ノ宮家に、そのままでは馴染まないということも理解している。
それでも、結婚すれば雅もある程度落ち着くだろう。子どもが生まれれば、徐々に四ノ宮家の面々に受け入れられるだろうと楽観していた。
それなのに――
(これでは板挟み状態じゃないか……!)
頭を悩ませていた理人は、雅にしつこく呼び出されるのが憂鬱になっていた。彼女は顔を合わせる度に進捗を確認し、不平不満をぶつけてくる。
「ねえ、もうあの女とは離婚したんでしょ? いつになったら私と再婚するつもりなの! 一向に話が進まないじゃない!」
「っすまない。母がなかなか首を縦に振らなくてな。何かと君を椿と比べて難癖をつけてくるんだ。君に四ノ宮家の女主人は務まらないと」
「はぁ~~~~!? 何それめっちゃムカつくんだけど! あの女にできて私にできないことがあるとでも言いたいわけ!?」
雅はヒステリーを起こし、むしゃくしゃと頭を掻いた。しかし、ふっと火を消したように怒りが鎮まる。ようやく癇癪が落ち着いたかとほっとした理人は、この後の思いがけない爆弾宣言に度肝を抜かれた。
「……もういいわ。全部面倒になった。別れましょう」
「!? 何を言う。君は僕を愛しているのだろう? 次こそは母を説得してみせるから、もう少しだけ猶予を――」
「その台詞聞くの何度目よ! いい加減、痺れが切れたわ。三年も貴重な時間を浪費してほんっと最悪!」
雅は焦る理人の手を振り払い、呆然とする彼を忌々しく見据えた。
「最後だから教えてあげる。理人さ、自分がいい男だと思ってるみたいだけど、勘違いだから。そこそこ顔がよくて名家の長男だから我慢してきたけど、もう限界! あんたみたいに傲慢で自己中で独りよがりな男に付き合いきれないわ。女を喜ばせる才能もないし、ベッドの中で演技するのもうんざりよ。じゃ、永遠にさようなら!」
吐き捨てるように言い置き、雅は荒々しく去って行った。




