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「ようやく君の大切さに気付いたんだ」と言われましても、もうあなたと私は他人なのですが  作者: 水嶋陸


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誤算 Side四ノ宮理人


 「こんなはずじゃなかった……!」


 椿との離婚に伴って新居から四ノ宮家に戻った理人は、苦悶に満ちた表情を浮かべていた。


 目論み通り、椿を四ノ宮家から追い出すことに成功し、順風満帆のはずだった。


 それなのに、今の自分は未だかつてない窮地に立たされている。


 なぜこうなったのか――事の始まりは三年前に遡る。




 「理人! すごい朗報よ! なんとあの一条家から、縁談の申し入れがあったの!」


 いつになく上機嫌な母が、歌うように言った。しかし理人はこの時既に雅と交際中で、彼女との結婚を考えていた。


 「母上、お忘れですか? 僕には将来を誓い合った恋人がいます。近々彼女を紹介するとお約束したではありませんか」


 「もちろん覚えていますとも。でも、状況が変わったの。これほどの縁談を断るなんて愚の骨頂よ! 他家の令息たちがどれほど羨むことか。彼女には申し訳ないけれど、あなたとの結婚は諦めてもらいなさい」


 「! ですが、いくらなんでも急すぎます。せめて父上と三人で話し合いの機会をいただけませんか?」


 「どう足掻いても今回の縁談を断る選択はないわ。でも、私だって鬼じゃない。一条家とのお見合いの日までまだ時間があるでしょう? それまでに先方と話し合って関係を清算してちょうだい。くれぐれも未練を残させないようにね」


 理人の意向などまるで関係ないと言わんばかりの、一方的な命令だった。その後、一縷の望みを抱いて四ノ宮家当主の父に直談判したものの、やはり母と同じ反応で取り付く島がなかった。


 理人は苦渋の末に雅に連絡を取り、喫茶店に呼び出して事情を説明した。


 「はぁ!? 結婚の話を白紙に戻したいって、どういうことなの? もう内々に話を通して、お互いの家を訪問するところだったじゃないの!」


 「迷惑を掛けて本当にすまない。だが、一条家のご令嬢との縁談はほぼ決定事項だ。残念ながら僕に父の決定を覆す権限はない」


 「そんな……! じゃあこのまま泣き寝入りするしかないってこと?」


 愕然として片手で口元を覆う雅。理人はテーブルの上で握られていた雅の拳に掌を重ね、安心させるように言った。


 「いや、僕はまだ諦めていない。一条家との縁談を取りやめることは叶わないが、やりようはある」


 「どうするつもり? まさか駆け落ちなんて馬鹿なこと言わないわよね?」


 「まさか。それほど浅慮じゃないさ。結婚が避けられないなら、先方に離婚原因を作らせて別れればいいんだ。それなら四ノ宮家の体面も保てる」


 「そんなことできるの……?」


 「ああ。僕にいい考えがある。だから雅、悪いが三年待ってくれないか? 彼女と結婚するが、三年後に離婚して君を必ず迎えに来る」


 雅は両腕を組み、考え込む素振りを見せた。


 「本気で離婚するつもりなのね? 嘘だったら承知しないから」


 「嘘じゃないさ。まだ本人には会ってないが、釣書を見た限り僕の好みとは正反対の娘だ。共に暮らしたところで心を惑わされることは決してない」


 「……しょうがないわね。分かったわ。でもきっかり三年よ! それ以上は待てない。あと離婚宣言の時は私も呼んでよね。何も知らずに結婚した泥棒猫ちゃんの顔を拝んで、文句のひとつも言ってやらないと気が済まないんだから」


 好戦的でプライドの高い雅をどうにか宥めることに成功し、理人は安堵した。




 その後――椿と結婚した理人は、思惑通り事が運んだことにほくそ笑んでいた。


 初夜に手酷く拒絶された椿は理人と寝室を分け、その後三年間、夫婦生活がなかった。孫の誕生を待ちわびていた両親は事実を知って失望し、あれほど手中に収めたがっていた椿との離婚を認めた。


 意気揚々と椿に離婚宣言し、雅とともに鬱憤を晴らした時には快感で胸がスカッとした。身ひとつで慌ただしく追い出された椿がその後どのように過ごしているかなど、考えもしなかった。


 しかし、幸福は長続きしなかった。

 


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