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「ようやく君の大切さに気付いたんだ」と言われましても、もうあなたと私は他人なのですが  作者: 水嶋陸


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願望


 椿は紅葉を楽しみながら、怜司と湖畔周りを散策した。そして夕方に差し掛かる頃、遊覧船乗り場から遊覧船に乗り、湖上からも紅葉を眺めた。


 隣に怜司がいて、同じ感動を共有できる喜び。二度と望めないと思っていた幸せを噛み締めながら、船から臨む素晴らしい景色を瞼に焼き付ける。


 黙っていると、怜司が静かに言う。


 「お嬢様は、私に叶えてほしい願いがおありになりますか?」


 「え?」


 「突然申し訳ございません。こうしてお嬢様の隣にいると、私はつい、何でもお望みを叶えて差し上げたくなるのです。昔からお嬢様を甘やかす、悪いボディーガードですね」


 自分から言い出しておいて困ったように笑う怜司。彼の、普段よりあどけない表情にキュンとして、椿は顔を綻ばせた。


 「そんなに私を甘やかしても、何も返ってこないわよ?」


 「報酬のことをおっしゃるのであれば、既に十分受け取っておりますよ」


 「それは昔言っていた、『何にも代えがたい宝物』のことかしら?」


 「おや。覚えておいででしたか。やはりお嬢様は記憶力が良いですね。流石でございます」


 「もう、からかってはぐらかさないで! ちなみに、私が屋敷を去る前にあなたが何かを言いかけてやめたことも覚えているわよ。三年も経てば時効でしょう? 教えてはくれないの?」


 「そうですね。今はお答えいたしかねます。ですがこの先、()()()が訪れたなら、包み隠さず秘密を明かしますよ」


 「本当? 約束よ」


 「はい。お約束いたします」


 怜司が誠実な眼差しでこちらを見つめ、小指を差し出す。大切な約束を交わすような指切りに応えるのは、とてもドキドキした。


 彼はふっと微笑んで指を解くと、なぜか椿の頭に手を伸ばした。


 「どうしたの?」


 「お嬢様の御髪に紅葉がついておりました。今、取れましたよ」


 「ありがとう。全然気付かなかったわ。いつのまにくっついたのかしら」


 「湖の散策の際でしょうね。貴女の愛らしさに心惹かれて、思わず落ちてきてしまったのでしょう」


 紅葉を指で挟んだ怜司が、赤く染まった小さな葉に視線を注ぐ。 


 「――愛しい人と離れがたいと思うのは、人と同じかもしれませんね」


 「……!」


 椿に触れていた紅葉をゆっくりと唇に近付け、キスを贈る。自分は触れられてなどいないのに、間接キスのようで物凄く鼓動が逸った。


 椿の視線に気付いた怜司が、「ん?」と優しく眼差しで問いかけてくる。それに更なるときめきを感じながら、椿は勇気を振り絞った。


 「……あの、もしよかったらその紅葉を貰ってもいい? 今日の記念に」


 「もちろんかまいませんが、これでよいのですか? せっかくですしもっと形の綺麗なものをお探ししますよ」 


 「いいの! これが欲しい」


 食い気味に返事をした椿は気恥ずかしくなったが、怜司から紅葉を受け取った。


 「ありがとう。大切にするわ」


 壊れないよう、そっと胸に抱いた椿の輝くような笑顔に、怜司は眩しそうに瞳を細めた。


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