再会1
日頃の運動不足を感じることはあまりなかったが、駆け出してすぐに息が切れ、走るスピードが落ちた。
思うように動かない足を叱咤して表玄関から庭に出る。周囲を見て回ると、ちょうど庭師が庭木の剪定作業をしていた。
「宮地! 久しぶりね。元気そうでよかったわ」
「おお、これはこれは。お転婆なご令嬢が走ってくるかと思えば、椿お嬢様でしたか」
作業を中断し、梯子を降りた宮地が椿の方へ向き直る。椿は呼吸を整えながら問い掛けた。
「あのね、鷹野を見かけなかった?」
「ああ、彼でしたら先ほど屋敷に戻って行く姿を見かけましたよ」
「っありがとう!」
再会の挨拶もほどほどに、踵を返して再び走り出す。
ニアミスですれ違ってしまったことを悔やみながら、軋むような胸の痛みを無視して屋敷に戻った。
玄関ポーチから中に入ると、赤い絨毯が敷かれた、天井の高いクラシカルなホールに繋がっていく。一階と二階を結ぶ折れ曲がった階段を見上げた椿は、呼吸を忘れた。
ステンドグラスをはめ込んだ窓から自然光が差し込む中、悠然とした足取りで下りてきた人物に、目を奪われる。
一度想いを封じたとはいえ、長年恋焦がれた怜司の姿はあまりに眩しくて、胸が震えて仕方がなかった。
記憶の中のまま、とてつもなく綺麗な、極上の男がそこにいた。
「鷹野……」
遠目に眺めたまま、名前を囁く。絶対に聞こえない距離のはずだったが、彼がこちらに視線を寄越してドキッとした。椿の姿を認めると、驚いた様子で急ぎ歩み寄ってくる。
「お嬢様。もう屋敷にご到着されていたのですね。お出迎え叶わず、申し訳ございません」
久しぶりに怜司を目の前にして、胸が高鳴る。彼の優しい微笑みも、聞き心地の良いベルベットボイスも、ひどく懐かしかった。
「気にしないで。予定より早く到着したの。私の方こそお仕事の邪魔をしてごめんなさい」
「いいえ、全く。私に急ぎのご用でしたか?」
「ううん。ただ、どうしても一目会いたくて――……」
うっかり本音が漏れてはっとする。失言に焦ったが、平静を装って穏やかに微笑みを浮かべた。
「これまで鷹野にはずいぶんお世話になったでしょう? だから屋敷を出てからもずっと、元気か気になっていたの」
「温かいお心遣い、感謝いたします。おかげさまでこの三年、心身共に健やかに過ごせましたよ」
「本当? よかったわ。仕事柄多少の怪我は避けられないだろうけど、あなたは自分が傷付くことを少しも顧みないから。あれからまた、怪我が増えたんじゃないかと気がかりで……」
「お嬢様は相変わらずお優しいですね。内面にお変わりなくて安心しました」
「あら。外見はけっこう変わったような言い方ね?」
「はい。しばらくお会いしなかった間に、一層お美しくなられた。ただ……お痩せになっているのが心苦しい」
怜司が距離を詰め、顔に手を伸ばしてくる。彼の長くしなやかな指が頬に触れ、そこだけ熱を帯びたように神経が集まる。
丸みを帯びた頬の輪郭に沿って労わるように手を当てられ、胸がぎゅっと締め付けられた。




