帰省2
予想外の労わりの言葉に、目頭が熱くなる。涙が溢れそうになり、唇を噛んで耐えた。痛ましい眼差しを返した父は、強い怒りを滲ませた。
「事前の相談もなく突然離婚に至った上、その後も誠実な対応がみられない理人くんには落とし前をつけてもらわねばな。我が家は四ノ宮家との交流を断絶し、今後何があっても一切支援を行わない。私を敵に回せばどうなるか、思い知らせてやる」
「! お父様。どうか怒りをお鎮めください。私は離婚に異議はありません。直接関係のない四ノ宮家の使用人の皆が不利益を被ることのないように願っております」
「椿……。お前はどこまでも清廉で愛情深い娘だ。父としてお前の意思を尊重してやりたいが、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れた。一条家の当主として、私は手加減するつもりはない」
「お父様……」
「頼むから、そんな悲しい顔をしないでくれ。さすがに四ノ宮家を取り潰そうとまでは企んでないよ。いくら我が家でも、できないことはある」
肩を竦め口惜しそうに言う父に、ほっと胸を撫で下ろす。椿の表情が和らぐと、父は穏やかに言う。
「そうだ。話は変わるが、昨晩のうちに警備会社に連絡して、鷹野を呼び寄せたぞ。またしばらくの間お前の専属ボディーガードとして依頼を引き受けてもらうことになった。もう屋敷に滞在しているから、後で顔を見せてやるといい」
思いがけない発言に衝撃を受け、鼓動が逸る。すぐ近くに怜司がいるという事実に落ち着かなくなったが、どうにか平静を装った。
「わざわざ鷹野を呼び寄せてくださったのですか。私はもう成人していますし、身辺警護は必要ないかと思いますが……」
「ははっ。まあ、身辺警護は体のいい口実だ。お前は子どもの頃からずいぶん彼に懐いていただろう? 私には話せない悩みも打ち明けていたようだし、心細い時は信頼の置ける者が側にいた方が安心できると思ってな。少々わがままを押し通した」
柔らかな微笑みを浮かべる父に、胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。
「――ありがとうございます。これ以上の心遣いはありません」
椿は心から感謝の気持ちを伝えた。理人に冷遇され続け、芯まで冷え切っていた心にようやく温もりが灯る。心に余裕が生まれると、怜司に会いたくて堪らなくなった。
「……あの、鷹野が今どこにいるのかご存じですか?」
「ん? 彼なら屋敷の警備体制を確認すると言って、庭に出て行ったな。そろそろ戻ってくる頃だと思うが」
「分かりました。教えていただきありがとうございます」
椿はすっと立ち上がった。腹の前で手を重ねて父に一礼し、執務室の扉へ急ぐ。
「あ、おい、椿――?」
戸惑う父を振り向かずに退室し、執務室の扉を閉めた瞬間、走り出した。
廊下を駆けていく途中、すれ違った使用人たちが目を丸くして言葉を失っていたが、構う余裕はなかった。




