帰省1
三年ぶりに帰省した椿は使用人に出迎えられ、すぐに父の執務室へ向かった。父とは定期的に手紙のやり取りをしていたが、顔を合わせるのは実に久しぶりのことだった。
理人と結婚生活を始めてからというもの、温かい思い出の詰まった一条家の屋敷に戻るのがつらくて、自然と足が遠のいていた。
「お父様、椿です。ただいま戻りました。入室してもよろしいですか?」
「! もちろんだ。入りなさい」
許可を得て扉を開くと、父はほっとしたように表情を綻ばせる。しかし眼差しには憂いが宿っていて、気遣わしげに声を掛けられた。
「本当に久しぶりだな。再会を存分に味わいたいところだが、状況が悪い。長距離移動で疲れているところ申し訳ないが、話を聞かせてくれるね?」
「はい」
父に手差しで促され、来客用のテーブルに着席する。ほどなくして扉がノックされ、使用人が紅茶を運んできた。目の前に淹れたての紅茶を提供すると、使用人は一礼して退室した。
互いにカップを持ち上げ、紅茶を口に含む。重い沈黙を破ったのは父の方だった。
「昨日、四ノ宮家の使いの者が来た。お前と理人くんの離婚を知らされた時は、度肝を抜かれたよ。あまりに急な話だろう? すぐに本家に連絡をして詳細を問い質した。現当主殿が対応されたが、先方は恐縮しつつも『離婚原因は椿にある』との一点張りでな。事情を聞いたが、事実なのか?」
父に見つめられた椿は羞恥で俯き、膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。
「……はい。理人さんと寝室を別にしていたのも、夫婦生活がなかったのも事実です。私の至らなさゆえこのような結果となり、一条家の体面に傷を付け、誠に申し訳ございません」
苦しい胸の内を曝け出し、静かに父の沙汰を待った。怒るか、呆れられるか。いずれにしても失望は避けられないだろう。
責められる覚悟で身を竦めたが、思いのほか優しい声が返ってきた。
「椿。顔を上げなさい。私はお前を責めるつもりはないよ」
「えっ……?」
驚いて顔を上げると、いつもは余裕のある態度を崩さない父が、苦しげに眉を寄せた。
「お前が四ノ宮家に嫁いだ時、前向きな姿勢であったことに疑いはない。理人くんと信頼関係を築けるよう努力もしたのだろう。その上で、そうならざるをえない事情があったとしか思えない。彼を拒絶するほかない何らかの出来事があったのではないか?」
椿は瞳を見開き、息を呑んだ。図星を突かれて押し黙ると、父は深く詮索せずに頷いた。
「やはりそうか。誰に尋ねても彼の評判は良く、安心していたが……。どうやら私の目はとんでもない節穴だったようだ」
疲労を滲ませてため息を吐く父が、こめかみを押さえながら言う。
「謝罪するべきなのは私の方だ。お前が実家に帰らないのは、四ノ宮家での生活が幸福で心地よいものだからだと信じて疑わなかった。だが、逆だった。つらい思いをしているからこそ、帰れなかったのだな。お前の苦しみに気付かず、三年もの間、ひとりで抱え込ませてすまなかった」
「……っ!」




