離別
翌朝――――
最低限の荷物を手に玄関へ向かうと、平野と山崎が待っていた。二人の表情から、離婚の話を耳にしたことは一目瞭然だった。
「奥様……」
何と声を掛けていいか分からない。苦しげな表情を浮かべる平野と山崎に、ふっと笑みを零した。
「平野。山崎。短い間だったけど、いつも私を助けてくれてありがとう。二人のおかけで心強かったし、毎日快適に過ごすことができたわ。もう会う機会はないだろうけど、どうか元気でいてね」
別れの挨拶を口にすると、山崎が珍しく、落ち着かない様子で言う。
「理人様から事情を伺いましたが、困惑しています。理人様のお話と、実際に目にしてきたあなたの人柄に乖離があり過ぎて、正直どちらを信じていいのか分かりません……」
「ですが」と山崎が熱心に続ける。
「この三年間、四ノ宮家のために惜しまず尽力されてきたお姿を確かに拝見してきました。今からでも話し合いで歩み寄ることはできませんか? あなたを失うのは四ノ宮家にとってあまりに損失が大きい」
「そうですよ! だいたい、夫婦関係なんてどちらか片方に全ての非があるなんてことはありませんからね! 理人様にも改めるべき点があったはずです! それなのに、自ら見送りもせず身ひとつで急に追い出すなんて――あまりにも、酷い仕打ちではありませんか」
平野は涙ぐみ、悔しそうに声を絞り出した。椿は胸が温かくなった。これまでの三年間で二人と築いてきた信頼関係は、上辺だけのものではなかったと。
「ありがとう。二人にそう言ってもらえて、十分に報われたわ」
心からそう思えた。結局、理人と分かり合うことはできなかったが、こうして気にかけてくれる人たちと巡り合い、少なからず成長を遂げることができた。
椿の意思が固いことを察し、平野が涙声で言う。
「どうしても出て行かれるのですか……?」
「ええ。残念だけれど、ここに私の居場所はないみたい。力不足でごめんなさい」
椿が弱々しく微笑むと、二人はもう何も言わなかった。山崎が車を手配し、二人に見送られて出発する。理人は最後まで姿を現さなかった。
(一条家の体面に傷をつけてしまったわ。お父様に合わせる顔がない。だけど……)
息が詰まるあの家で、もう理人に怯えなくてもいいのだ。そう思うと緊張の糸が緩み、ようやく肺に空気が巡ったような気がした。




