第8章7話 邪悪なる炎はただ護る為に
「くたばりやがれ!!!!」
俺の叫び声とともに、邪炎が迸り、目の前の魔族を焼き尽くす。その黒い炎が渦を巻き、獲物を取り込む様はまさに地獄そのものだ。燃え上がる炎の中で、断末魔を上げる魔族の声が木霊する。周囲の魔族たちの表情にわずかな恐怖が浮かぶのが見て取れる。
「もはやどっちが魔族かわからないな」
俺の胸にはそんな自嘲めいた独白が浮かぶ。しかし、そんな感慨に浸る暇などない。ベラが召喚した樹木のゴーレムたちは、有能にも俺たちの盾となり、押し寄せる魔族の波を押し返している。ゴーレムたちはその巨大な腕で敵を叩き潰しながら、ジェンマを守り抜くように立ち回る。頼りになる相棒だ。
「それにしても……あの時はベラトリックスやシルヴィア、ネレイドといった面々が揃っていても、ヴァルガスに勝てなかったなんてな……」
俺は戦場の喧騒の中で一瞬、過去を振り返る。あの時、俺たちが生き延びられたのは、カイラさんの捨て身の一撃のおかげだ。改めてその奇跡を思い知り、感謝と共に握り拳に力を込める。
「アクイラ様!」
ベラがゴーレムから飛び降りて駆け寄ってくる。その表情は焦燥と決意に満ちている。俺は彼女を抱き止めたが、ふと邪炎の鎧の存在を思い出す。
「うおっと! 俺は今、邪炎の鎧があって危険なんだぞ?」
苦笑いを浮かべながらそう告げる俺に、ベラは即座に返答する。
「アクイラ様になら焼かれても構いません。それより、ジェンマを連れていくべきです……ここはお任せしても?」
その言葉に、俺は一瞬迷った。しかし、彼女の瞳には強い決意が宿っている。俺は小さく息を吐き、頷いた。
「……頼んだ」
そう告げると、ベラは再びゴーレムに乗り込み、魔族たちの中へと突進していく。その背中を見送る間もなく、俺の目の前に立ちはだかるのは三体の魔族だ。火、風、そして水属性。敵の属性を即座に分析し、俺は戦略を練る。
「三対一か……火は怖くねえ。風もなんとかなる。問題は水だな……」
水属性の魔族は、その圧倒的な質量と冷静な動きで厄介だ。だが、今は躊躇している暇はない。俺は即座に拳に邪炎を纏わせ、跳躍する。
「邪悪なる炎、我が拳に宿り、火球となりて敵を穿て。邪炎拳撃!」
俺の拳が水属性の魔族に迫る。奴は魔法陣を展開し、水の盾を作り出そうとするが、その動きは俺の速度に追いつけない。拳が奴の顔面を直撃し、水の壁を突き破った瞬間、魔族の表情が驚愕に歪む。そのまま顔が潰れ、周囲には蒸気が立ち込める。
「次だ!」
蒸気の中から現れた風属性の魔族が俺に突撃してくる。その身体は竜巻を纏い、圧倒的な勢いで俺を押し倒す。その衝撃で床が砕け、俺の身体が叩きつけられる。胸の中に痛みが走るが、ここで止まるわけにはいかない。
「くそ……邪炎じゃ出力が大きすぎる……」
息を整えながら、俺は自分の魔力の減少を感じ取る。邪炎は強力だが、その分消耗も激しい。このままじゃ長くは保たない。しかし、追い討ちをかけるように火属性の魔族が俺に話しかけてくる。
「貴様……何者だ?」
その問いに、俺は口角を上げながら答える。
「ただの傭兵だよ」
そう自嘲気味に答えるが、相手は納得していない様子だ。俺の持つ炎がただの魔力ではないことを理解しているのだろう。
「……その邪炎、どこで手に入れた?」
「さあな。俺だって知らねえよ。気が付いたら、黒い炎を纏えただけだ」
事実だ。この炎の出自も、代償も、俺は何も知らない。ただ一つ確かなのは、この力を俺は使いこなして、大切なものを守ると決めたことだ。
「ふむ……フレム、ウィンダ。俺はノクターナス様に報告に行く。継承者だ」
水属性の魔族がそう告げると、その場から水に溶けるように消えた。そして残った火と風属性の魔族が、俺に襲いかかる準備を始める。
「来いよ……俺はまだ終わっちゃいねえ!」
痛む身体を奮い立たせ、俺は再び炎を纏い、奴らに向き直る。戦いの幕が再び上がるのを感じながら。
火属性と風属性の魔族が、俺をじりじりと追い詰めてくる。その視線は明確な殺意に満ち、俺の一挙手一投足を見逃さない。火属性の魔族が手を掲げ、次なる攻撃の準備を始めた。炎の球がゆっくりと膨らみ、辺りの空気が熱を帯びていくのを感じる。
「……やれるもんならやってみろ」
俺は自嘲気味に呟きながら、魔力を全身に集中させる。この邪炎の消耗は激しいが、出力だけは圧倒的だ。だが、俺が動き出す前に、風属性の魔族が先に動いた。奴が地を蹴ると、まるで嵐そのものが襲いかかるような勢いで俺に迫ってきた。
「速ぇ……!」
間一髪で邪炎を盾のように展開し、その攻撃を受け流す。だが、風の刃は邪炎をも突き抜ける勢いで迫ってくる。細かな切り傷が体中に走り、血が滲む。風属性の魔族は隙をついて、俺の背後に回り込もうとする。
「させるか……!」
俺は即座に地面を蹴り、炎を纏った足で回し蹴りを放つ。炎の軌道が風属性の魔族に向かうが、奴は身軽に跳躍してそれをかわす。その間に火属性の魔族が炎の球を放った。
「くっ……!」
咄嗟に俺は邪炎の鎧を厚く展開し、直撃を避ける。しかし、爆発の衝撃で身体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。耳鳴りがする中、視界がぐらりと揺れる。だが、奴らが油断する気配はない。風属性の魔族はすでに詠唱を始めている。
「風よ、我が刃となり、この地を断つ嵐と化せ。風刃大砲!」
空気が圧縮され、周囲の音が消えたように感じた。その瞬間、俺の目の前に巨大な風の刃が現れる。刃は渦を巻きながら放たれ、俺に向かって一直線に突き進んでくる。
「マズい……!」
俺は邪炎を前方に集中させ、防御壁を作り出す。風の刃が壁に衝突し、凄まじい衝撃波が巻き起こる。防御壁が削られ、じりじりと刃が迫ってくる。その瞬間、俺は膝を折りかけたが、歯を食いしばって踏みとどまる。
「まだ……まだだ!」
俺は邪炎をさらに燃え上がらせ、風の刃を押し返す。熱気と衝撃波の中で、火属性の魔族が再び手を掲げるのが見えた。奴はもう一発、強力な攻撃を放とうとしている。
「連携が厄介すぎる……!」
一刻の猶予もない。俺は邪炎を拳に集中させ、最後の賭けに出る。
「邪悪なる炎、我が意思を宿し、敵を焼き尽くせ! 邪炎乱舞!」
拳を床に叩きつけると、邪炎が爆発的に広がり、炎の嵐となって周囲を包み込んだ。風の刃が炎に飲まれ、勢いを失って消え去る。そして、火属性の魔族の準備中だった炎の球も、その勢いに飲み込まれた。
「どうだ……!」
炎が収まった時、風属性の魔族が片膝をついていた。その身体は炎に焼かれ、さすがにダメージを負っているようだ。しかし、火属性の魔族はなおも立っている。その目には冷たい怒りが宿っていた。
「さすがに……しぶといな」
俺は荒い息を吐きながら、二人の魔族を睨みつける。視界の端にちらりとベラたちがジェンマを連れて離れていく姿が見えた。少なくとも彼女たちは無事だ……それだけが唯一の救いだ。
「ここで終わるわけにはいかねぇんだ……!」
俺は再び炎を纏い、立ち上がる。戦いはまだ続く。勝利の光が見えるまで、俺は燃え尽きる覚悟でこの場を切り抜けるしかない!




