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炎焔の鎧  作者: なとな
第8章 帰還を目指して
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第8章6話 時間がない

 俺、地の聖女ベラトリックス、静寂のイオン、氷雪のクリスタラの四人は、ジェンマの魔力の痕跡を辿りながら彼女の居場所へと進んでいた。辺りを包む闇は深く、壁に灯る明かりも弱々しい。その静けさがかえって緊張感を煽る。背後でクリスタラの重い足音が響くたびに、俺の心臓は不安定に跳ねた。


「こちらです」


 ベラトリックスが前を指し示しながら進む。彼女の声は抑えられていたが、その焦燥感は明らかだった。俺は彼女の手を借りながら歩みを速める。


「アクイラ様、イオンさん、クリスタラさん、この先にジェンマがいます!!」


 ベラトリックスの声に一同の注意が集中する。長い廊下の先に見える扉は、冷たい金属の鎖と巨大な錠前で厳重に封じられていた。敵がジェンマをここに閉じ込めているのは明らかだ。俺の胸に怒りが込み上げてくる。


「私が壊しましょう」


 クリスタラが無骨な大斧を構え、さらにその刃を氷で肥大化させた。彼女の動きは無駄がなく、圧倒的な迫力に満ちている。大斧が振り下ろされると同時に、鎖ごと扉が真っ二つに裂け、乾いた音が廊下に響いた。


 扉の向こうに広がっていた光景は、目を疑うものだった。


 血まみれの妖精族の少女、ジェンマの姿がそこにあった。紅いドレスが濡れるように血に染まり、その華やかな刺繍も滲んで見えなくなっている。胸元に飾られた宝石たちは散乱し、その鈍い輝きがかえって儚さを際立たせていた。


「ジェンマ!!」


 俺は思わず叫んだ。声が震えているのが自分でも分かった。乱れた三つ編み、すすけた紅い髪、そして閉じかけた琥珀色の瞳。あの輝きを知っている俺だからこそ、彼女の今の姿がどれほど痛々しいか理解できた。


 俺は震える手で彼女の肩を抱き起こした。その身体は信じられないほど軽く、壊れてしまいそうな儚さが漂っている。


「アク、……イラ……?」


 掠れた声で俺の名を呼ぶジェンマ。その微かな笑みが胸を締め付ける。普段の彼女は強気で気丈な態度を崩さない。それが、今はまるで別人だ。


「ジェンマ、大丈夫だ。俺たちがいる。もう安心していい」


 俺はそう言いながら、彼女の冷たい頬をそっと撫でた。


「アクイラ様、回復魔法を使います」


 ベラトリックスが前に出て、床に手をかざした。彼女の唱える魔法によって地面が割れ、そこから生命力に満ちた植物が芽吹き始める。実をつけた木から彼女が一粒の実を摘み取り、ジェンマに飲ませた。


「これで少しは……」

「本当に大丈夫なのか?」


 俺の不安げな声に、ベラトリックスは歯を食いしばりながら応える。


「わかりませんが、やらないよりはマシです」


 その言葉通り、ジェンマの顔色にかすかな血色が戻ってきた。しかし呼吸はまだ浅く、命の危機を完全に脱したとは言えない。


 俺は彼女の胸の傷を確認し、手持ちの布で応急処置を施した。そして彼女を抱き上げる。軽すぎる身体に再び胸が締めつけられる思いだった。だが、今は感傷に浸っている場合ではない。


「ジェンマ、しっかりしろ。もう少しだ」


 彼女は弱々しく首に腕を回しながら、か細い声で言葉を紡いだ。


「まだ……他の仲間……助け……」


 俺はジェンマの言葉を遮るようにして強く答える。


「喋るな、ジェンマ。お前を助けるのが先だ」


 俺たちは急いで出口を目指した。しかしその道中、いくつもの魔族が立ちはだかった。


「ここは私たちに任せてください!」


 クリスタラとイオンが前に出る。俺はそのままジェンマを抱えて走り抜けた。ベラトリックスも後を追ってくれる。魔族たちの咆哮と武器がぶつかり合う音が背後に響く中、俺たちはやっとの思いで出口にたどり着いた。だが、そこにはさらなる敵の集団が待ち構えていた。


「アクイラ様! お戻りください!!」


 ベラトリックスの叫びが空気を裂くように響く。だが俺たちはすでに魔族の目に留まっていた。逃げるにはジェンマが重傷を負いすぎている。選択肢は一つしかない。ここで道を切り開く。それ以外に生き残る術はない。


「ベラトリックス、ジェンマを頼めるか?」


 俺は腕の中のジェンマを慎重に彼女へと託した。その小さな体はまだ微かに震えている。ベラトリックスの瞳が一瞬揺れるのを見たが、すぐに強い意志を宿した目つきに戻った。


「いえ、私も一緒に戦います。」


 ベラトリックスは低く呟くと、槍を大地に叩きつけるように突き立てた。足元に魔法陣が広がり、空気が震え始める。その様子を見た魔族たちが警戒してざわめき始めた。


「大地の力よ、古の木々に宿りて、巨なる兵を創り出せ。自然の守護者よ、我が命に応じ、歩み出でよ。巨樹創兵アルボルム・ゴレム!」


 魔法陣の中心から巨大な木製の兵士が姿を現す。腕は幹のように太く、その一歩一歩が地を震わせる。木の巨人は威風堂々と魔族の集団に向かって歩みを進めると、手のような部分を高く振り上げた。そしてその拳を魔族たちの群れに振り下ろすと、凄まじい轟音と共に地面が陥没し、魔族たちの悲鳴が響き渡った。


「以前魔将には通じませんでしたが、一般の魔族なら私だって聖女なんですから!!」


 ベラトリックスの声には、過去の悔しさを晴らすような力強さがあった。しかし、その余裕も束の間、俺の目の前に新たな敵が現れる。赤黒いオーラを纏った魔族だ。そいつの手には燃え盛る炎が宿り、不敵な笑みを浮かべている。


「覚悟!!! 炎の力よ、我が拳に宿り、無限の火弾となりて連射せよ。火拳連射フレイム・エクスプロディウム!」


 炎の弾丸が連続して放たれる。俺は咄嗟に邪炎を呼び出した。


「邪悪なる炎、我が身を囲みて禍々しき鎧となれ。邪炎のマレフラム・アルマ!」


 邪炎が俺の全身を覆い、魔族の炎弾を次々と呑み込んでいく。まるで炎そのものが俺に従順になったかのようだった。


「何だと!?」


 魔族の驚愕の声が耳に心地よい。俺は一気に間合いを詰めると、邪炎を纏った拳をその胸に叩き込んだ。拳が深々とめり込み、魔族は衝撃に耐えきれず吹き飛ばされる。そのまま地面に叩きつけられると、体が砕け散り、残骸は闇に溶けて消えていった。


「俺たちは先を急がなきゃいけねーんだよ!」


 吐き捨てるように言い放つと、俺は再び前を見据えた。この戦いを抜けた先に、ジェンマを救う手段があるはずだ。彼女を救いたい。その一心で全身に力を込める。


 背後からベラトリックスが叫ぶ声が聞こえる。


「アクイラ様、私もいます! どうか無理はなさらずに!」


 振り返ると、ベラトリックスが再び魔法を唱え始めていた。その横で巨樹創兵が新たな敵に立ち向かっている。その姿を見て、俺の中にわずかながら安堵が広がった。


 しかし、先の道は依然として険しい。遠くには新たな魔族の気配が見える。これを越えなければ、ジェンマの命を救うことはできない。


 俺は燃えるような決意を胸に、次の一歩を踏み出した。どんなに困難でも、俺は進むしかない。ここで立ち止まるわけにはいかない。必ず助けてやるからなジェンマ。

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