探索とゴブリンと
寝て起きて、朝食を食べ探索者の仕事に赴く。そんな生活サイクルが安定したノゾムの日々は、そろそろこの街テレスガに来てから半月以上は経過した所だった。
『英雄体質』の恩恵の部分、体力に底がないというのはノゾムの体調を損なうこと無く日々を過ごさせてくれる重要な恩恵であった。実際、この世界に来てからノゾムは疲れ知らずだ。
『英雄体質』の事を聞いた後、一度自分の体力や筋肉を試してみようと街から大森林までランニングをして狩りを行い帰ってくるという事を試したのだが、本当に息切れも虚脱感も無く大森林までの往復をこなしてしまったのだからその恩恵がいかに強力なものであるかは理解していた。
ただ、その恩恵と引き換えにこの世界に住む人間としての重要な要素『魔法』が使えないというデメリットはあったが、今はまだその事は考えなくてもいいだろうと思っている。何せ今まで、その魔法を使いたい・使わなければいけない状況に陥った事が無いからだ。
確かにこの世界での自分の依代とも言えるこの身体の元の持ち主の知識に魔法っぽい物事はいくつかあった。母親が料理をしている時、かまどの火はどうやってつけているのか。父親が畑仕事をしている時、集落の井戸は遠いのにどこで水分補給をしていたのか。それらの疑問が魔法であれば全て解決する。摩擦で火種を作ったりしている訳ではなく、井戸から予め水を汲んでいた訳では無く、全て魔法で行っていたのだろうな、というのが現在のノゾムの見解だ。現状ではそういった状況になっていないのでまだノゾムには魔法は必要無かった。
将来魔法を使わなければいけない時がもしかしたら来るかもしれない。その時になったら改めて考える事にして、今は日々を安寧に過ごす事が一番だと理解し、行動していた。
今日も子供の採取の護衛を終え、軽く昼食を摂ってから大森林へと走って赴いたノゾムは、いつも通り大森林へと踏み込む。
大森林の浅い層にはいくら狩っても狩りつくされるという事が無い野うさぎや野鳥などの食肉となる野生動物やグリーンウルフと呼ばれる一般的な狼が存在しており、獲物に困る事は無い。
ちなみにこのグリーンウルフ、グリーンとついてはいるが毛皮は別に緑色をしている訳では無く、少し灰色がかった土色をしている。ではなぜグリーンとついているのかと言えば、大森林の中のまだ浅い層、木漏れ日の日差しが緑に色づく程度の層で現れる狼だからグリーンと名付けられている。これがもっと森の深い所へ踏み込んだ先で現れる狼であったなら別の名前がついていたのだろうと思われる。
そんなグリーンウルフと野うさぎを今日も狩る為に大森林の中に踏み込んで小一時間程経つが、ノゾムの前にはまだ獲物は現れていなかった。
普段なら30分も経たずに何らかの獣、最低でもグリーンウルフとなら遭遇できるのだが、今日は何だか気配が無い。はたと気付いて周囲を見渡してみると、やはり何だか森の中に気配が薄いような気がしていた。
ノゾムはいつも一人で狩りをして戻っているし、森の中へ入るのも昼過ぎからとあってそこまで深い所へは入っていないが、それでもこのテレスガ大森林は浅い層でも足を踏み入れれば何らかの獣の気配がずっとしているような場所である。その気配が、今日は薄く感じていた。
何らかの、特別何かが起こっているという訳では無く、潮の満ち引きのように周期的にこういった時があったりするのかな、と浅い経験ながら考えたノゾムは、今日はいつもより少し深い所まで探索しようと決めた。
何せ、獲物が居ないのだ。折角来たのに獲物が居ないのでは話にならないし、金にもならない。金はまだいくらあっても足りないくらいの生活なのだ。毎日宿での食事に寝床に金がかかる。今の所滞りなく支払えている金額ではあるが、それも日々稼いでいなければあっさり足りなくなる程度である。なので、金の為に今日は少し深い所まで潜る事にした。
そうして探索者でもなければ踏み込まないだろう少し深い層へと入ると、大森林の雰囲気がガラリと変わった。
木々も密度が高く生い茂るようになり、日差しも中々差し込まない。昼なのでまだ明るいが夕方くらいになるとすぐに暗くなってしまうだろう。足元も木の根により隆起したり陥没したりと起伏が激しく、中々に難易度が高くなっていた。その分周囲の草花には種類が豊富で、朝から採取を行っている子供達が摘んでいる薬草と同じものがいくつもある。野草の宝庫だ。
この段階まで大森林へ踏み込むには時間がかかる上に危険度が上がる。なので子供達が摘んでいる程度の薬草を採取しても割に合わないので普段は摘む者が居ない為、薬草などが育ち放題となっているのだ。
そんな薬草をとりあえず摘んでみながら周囲の気配を探るが、ノゾムの察知能力ではまだ獣の気配は薄かった。もうちょっと潜らないと駄目かと思っていた所に、ふと耳に何かの音を捉えた。
何の音だと思いつつ足を止め耳をすませると、再び音を捉える事が出来た。二度目の音で方向を捉え、その方向に意識を向けて再度耳をすませば、やっとしっかりとした音を捉えられた。
それは人の足音と、甲高い金属のぶつかり合う音だ。誰かが戦っている。そんな音だった。
その音のする方へ足を向け、なるべく物音を立てずに近づいてみれば、どんどんとその音は大きく、多くなっていく。そうしてノゾムから見て豆粒程度に見える範囲に、その人影達はあった。
ギンギンと金属音を立てているのはその人の身体を覆えるだけの盾に剣戟が叩きつけられているからだった。その盾を構えるのは大柄の女性で、その横には両手にショートソードを持つ女性がせわしなく動いていた。その少し離れた所には弓矢を持つ女性と、杖を持つ女性がいる。
どうやら何かと戦いつつ慎重に後退しているようだ。その何かは何だ。もう少し近づくと、その姿は顕になった。
人間の子供程度。成人の腰程度の背丈に緑色の肌。尖った耳に額に一本角を生やしたその集団は、紛れもなくゴブリン、小鬼の集団であった。
数としては10から15。手に持つ獲物は何らかの金属で出来ている剣だろうもの。その集団が血気盛んに女性四人組に打ち掛かっていた。
女性達は言葉も無く、というより喋るより前に目の前のゴブリンを何とかしたいという気持ちで一杯なようで、視線だけでお互いやり取りをしてじりじりと後退している。
だがゴブリン達は集団で包囲するように大きく陣形を組みじりじりと女性達を追い詰めているように見えた。ここままではジリ貧で囲まれておしまいだろうと予想がつく。
なのでノゾムは、その姿が見える距離まで近づいた時に、一気にゴブリンの集団へと踊りかかった。
全神経を集中し、両手に大鎚を構え一気呵成にゴブリンの集団へと飛び込む。女性達はノゾムから見て右方向に後退しておりゴブリンの集団はそれを取り囲もうと移動していたので、ノゾムはゴブリンの横っ面に飛び込む事になった。
「どおぉりゃぁああっ!」
超加速で踏み込み、大鎚を横に振るう。ガキンと大きな音を立ててゴブリンが飛んでいくが、その姿は一つ。もっと巻き込んで吹き飛ばせるかと思ったが、どうやらゴブリン達も突っ込んできたノゾムに一瞬早く気付き退いたようだ。さらに追い打ちをかけるべく今一歩踏み込んで上から下へ振るうと、一体のゴブリンにクリーンヒットした。上から下に大鎚を叩きつけられたゴブリンが頭から血を吹き出しながら大鎚に潰されて倒れる。
一体仕留めた所で、ノゾムは先程から後退していた女性達へと声をかけた。
「今の内に態勢を整えて! 盾の人はまだ踏ん張れそう!?」
「す、少しだけ時間が欲しい。もう二時間以上はこのままだったんだ」
「了解、少しだけ時間稼ぐよ」
大柄な女性の意外に可愛らしい声に少しだけ驚きつつ、ノゾムは女性達の前へと立ち位置を変え思いっきり大鎚を振るう。ブオンという盛大な音と共に風圧で土や草木を巻き上げつつゴブリン達を後退させる。長柄な武器なだけあってその範囲は広く、一旦ゴブリン達は集まるような形になった。
その状況を確認しつつ背後の女性達を横目で見ると、盾の女性とショートソードの女性が特に疲れが激しいようで、肩で息をしつつ水袋を取り出して飲んだり、少しだけ武器を持つ手を振るい疲れを取っているようだった。背後に居た女性二人も彼女達に近づいて何か疲労を取るための作業をしている。
そんな中で再び打ちかかってきたゴブリン達に大鎚を向けてその攻撃を防ぐ。ガキンと大鎚を鳴らしたゴブリンの剣戟だがその刃は通らず、ノゾムに弾き返される。
そこへ復調した女性達が戻ってきた。彼女達はノゾムの攻撃に合わせるように盾を突き出し、ショートソードを振るう。普段から慣れているのだろう彼女達のコンビネーションは中々のものだった。
「ありがとう、助かった」
盾の女性の言葉に無言で頷くと、ノゾムは再びゴブリンの集団へと飛び込んで大鎚を振るった。ガキンと音がしたのは今度は二回。集団で密集しているのに中々どうして、ゴブリン達は上手いことノゾムの攻撃を掻い潜っていた。だが大ぶりのノゾムの攻撃を回避している間に、ショートソードの女性と弓矢を持つ女性が一体ずつゴブリンを仕留める。ギャァという耳障りな悲鳴をあげながら倒れたゴブリン二体に怯むように、ゴブリンの集団はじり、と後退した。その様子に、ノゾムがニヤリと笑みを浮かべる。
「日和ったな?」
同時に大鎚での連撃。ブオンブオンと激しく音を立てながら繰り出された攻撃にゴブリンの集団が巻き込まれる。かろうじて避けたゴブリンも矢で射抜かれ剣で貫かれ、血を流し倒れ伏す。ここまで崩れればもう十分だった。
ノゾムが先頭に立ち大鎚でゴブリンを蹂躙し、その攻撃を避けたゴブリンを女性達が打ち倒す。あっという間に事態は好転し、ノゾム達に活路が見える。
そうして蹂躙されたゴブリン達は、しかし狡猾に気配を消して一匹また一匹と森の奥へと撤退していく。残されたのは、死体となったゴブリンだけであった。




