専属シスターと水袋と
英雄体質の利点と欠点、その簡単な説明を受けたノゾムは乾いた笑みを浮かべつつネーミルが再び注いでくれたハーブティーを啜る。どこかホッとするその香りに頭と気持ちを切り替えると、ミリニオラへと訪ねた。
「えっと、英雄体質がどういうものかっていうのは分かりました。ただイマイチ納得いかない所があるんですが」
「納得いかない、ですか。まぁ、突然魔法が使えないと言われても納得しがたい部分はあるかと……」
「いえ、そういう事では無く。……なんで『英雄体質』なんて名前なんでしょう。利点と欠点を聞くと、英雄というのとは少し違うのではないかな、と」
ノゾムがそう言うと、ミリニオラは少し驚きの表情を浮かべた後、深い笑みをその表情に刻む。
「えぇ、確かに。選択肢の狭い中で大成するには英雄として生きるしかない、というのは詭弁でしょう。誰もが英雄となるのを望む訳ではありません」
「では、なぜ?」
「命名として、その方が都合が良かったから、でしょうね。過去『英雄体質』という体質は別の呼ばれ方をしていたでしょう。我々教会や神殿、精霊神を崇める私達の技術が追いつく前には、熟練度表示には他の名称がされていたと思います」
「技術が、追いつく……?」
ミリニオラの言葉に簡単な疑問が浮かぶ。技術というのはどういう事だろうか。あの熟練度を表示させる銅板を作る技術とか、そういう話だろうか。そんな疑問に、ミリニオラは笑みを浮かべたまま応えた。
「熟練度を表示させるあの銅板は、簡単に言ってしまえばその者の力を測る道具です。その者が内包している力を見せるというのは、魔法と神学による技術です。その者の魔力から情報を得て、神々へとお伺いを立てる。そうして表示されるのがあの熟練度、という訳です」
「なるほど……」
「その昔には『英雄体質』では無く別の言葉が表示され、それを神々も心苦しく思っていたのでしょう。我々神学を学ぶ者がその体質の持ち主を保護する為、また他の人に対して可能な限り悪印象を与えず、異端視される事を回避する為に名称を『英雄体質』へと変更させる手続きを行い、神々が承諾しその後からその体質は『英雄体質』と呼ばれるようになったと言われています。これは教会の教義にある事柄です」
「教会の人間か、その神学を学んだ人間が保護する為に英雄体質という名前に変更した、と」
「そういう事です。人は集団の中に異端を嫌います。魔法が使えないという異端は目立ちますし、排除しようとする者が出るのも容易に想像できるでしょう。ですから異端ではあってもそれは悪い事では無い、良い事なのだと知らしめる必要があった。丁度過去の英雄として冒険王ゲオルグのような方が居た事も英雄として印象付けるには適していたと思われます」
「なるほど」
「実際にその方が英雄になれるかどうかは、余り関係が無いでしょう。気にせず、その体質と上手に付き合っていく事をお勧めします」
「ま、英雄なんて柄でもないので、そうします」
ノゾムのその言葉に頷いてから、ミリニオラが書籍をペラペラと捲る。先程見せてもらった英雄体質を研究していた魔術師の日誌だ。望みのページがあったのか、ミリニオラはそのページを開いたままノゾムへと見せる。
「こちらは先程の研究者の日誌です。この日誌では英雄体質の者も魔道具は使えるという事。それと、努力をすれば魔力自体は多少扱えるようになる事が記載されています」
「なるほど……確かに。でも魔力を扱う、というのはどういう事でしょうか」
「魔力自体は魔法の原動力ではありますが、それと同時に人の生み出すエネルギーの半分と言われています。人は誰しも魔力を持っている。その魔力を直接利用し、例えば身体能力をさらに向上させるとか、武具へ魔力を帯びさせ実体の無い魔物に攻撃を与える、という事が可能になるはずです。魔法を教授する際、最初に完全魔法による魔法の再現を行ってから、魔力を操作する、という事を勉強しますから」
「では、もしかしたら俺も後々魔力を扱う事が出来るようになる可能性がある、と」
「あくまで可能性ではありますが、そうですね。まずは魔道具で魔力を使うという感覚を覚えた方が良いかもしれません。魔法具はそれこそ数多ありますし値段も千差万別ですが、簡単な手を添えただけで水を作る、火を灯すなどの道具でしたらさほど値段もしないでしょう」
その言葉に何とか希望を見出す。魔力を操作するという事がどういう事かは分からないが、魔道具を使えば多少の不足ならば補えるという事だ。
「それで、その魔道具ってどこで売っているんでしょうか」
「雑貨屋か……専門的なものであれば魔道具屋でしょうね。雑貨屋のものならば効果が低くとも値段も安いと思われます」
「なるほど、ありがとうございます」
ノゾムが礼を言うと、ミリニオラは深く頷いてからネーミルへと視線を向けた。
「今後、熟練度を確認する際に教会へいらした際には、ネーミルをお呼び下さい。既に英雄体質である事を知っているネーミルを専任とする事である程度の情報の拡散は防げるでしょう。ネーミルも、故意にノゾムさんの英雄体質について公言しない事とします。良いですね」
「分かりました、司祭長」
「よろしくお願いします」
とりあえず今後の熟練度確認の際も、余計な混乱を生まずに済みそうだと安堵する。結構な時間をこの執務室で過ごしていた事に気付くと、ノゾムは話を切り上げる事にした。
「それでは、俺は雑貨屋へ行こうと思うんですが」
「では、ネーミルに本堂まで案内させます。ノゾムさん、くれぐれも落ち込まないように。何かございましたらご相談に乗ることは出来ますので、いらっしゃって下さい」
「すいません、心遣いありがとうございます」
そう言って執務室を後にして、ネーミルの案内で本堂へと戻ってくる。
「それではノゾムさん。また熟練度確認の際にはいらして下さい」
「はい、ネーミルさんもありがとうございます」
お互いに頭を下げて礼をすると、ノゾムはその足で雑貨屋へと向かった。雑貨屋は清潔に保たれた店舗で、ノゾムが現在着ている服や石鹸などを購入した事のある店だ。その中へ入っていくと、そのまま店主とノゾムが思っているカウンターの側にいる恰幅の良いおばさんへと向かった。
「お姉さん、水の出る魔道具か火の出る魔道具が欲しいんだけど、ある?」
「水の出る奴ならあるよ。ただの魔石の奴と水袋のやつ、どっちがいいんだい?」
快活に返事を返すおばさんの言葉にノゾムは悩む。そもそもそれが水が出るというだけしか知らないので、どういう風に選べば良いか分からない。なのでここは、聞いてみるのが一番早いと思った。
「えっと、どっちがどう良いのか教えて貰えるかな」
「そうだねぇ。魔石のやつはそのまま魔石からポンと水が出るだけの奴だ。水袋のやつは水袋の中に魔石を通して水が貯まるものだから、探索者の人達は大体水袋のやつを買っていくね。水がいつでも飲めるって言うのは大事だからね」
「じゃあその水袋のやつを一つで」
「あいよ」
おばさんはそう言うとカウンターの奥から、どう見ても水袋にしか見えないものを取り出す。そしてその水袋の外側にほんの小さな石がはめ込まれている所を指し示す。
「ここに魔石があるから、この魔石に指を添えれば添えた分だけ水が袋に貯まっていくよ。魔石の部分は壊さないようにしとくれよ、袋の修理は出来ても魔石は壊れたらそれっきりだからね」
「うん、ありがとうお姉さん」
代金を渡してそのまま水袋を受け取ると、早速魔石に指を添える。すると、持っている水袋がどんどん重量を増していく事を理解した。革で出来たその水袋の中身は見えないが、重さとして水筒の中身程度の量は入っているかなと考える。確かにこれは便利だ。
そのまま水袋を口に運んで中から水を飲んでみると、なんとも言えない温さの水が口の中に入ってきた。
「……ぬるい」
「そりゃそうだよ。冷たい水で欲しいなら冷却の魔法陣も刻んだ魔石が必要だけど、そっちは魔道具屋に売ってるよ」
「でも、お高いんでしょう?」
「そりゃあその水袋よりは値は張るよ。大体10倍くらいかな」
「たかっ」
「喉の渇きを潤せるんだから、その水袋でも十分だろう?」
「まぁ確かにね。ありがとうお姉さん、それじゃ」
「また来とくれよー」
雑貨屋のおばさんに見送られて店を出る。そのまま宿へと戻り、とりあえず食事にするとした。空いている席に座るといつもの宿屋の女性が声をかけてくる。
「今日は肉、魚?」
「今日は肉で。あとエール」
いつも通りのオーダーをして、一息つく。今日は何だか考える事が多かった。英雄体質という自分の、特異体質と呼んで良いだろう事柄に、若干の世界の闇を感じたりもした。
まぁこの体質とはとりあえず上手いこと付き合っていくしかないなと考えながら、ノゾムは夕食を頬張り始めるのだった。
異世界チュートリアルはこれで終了




