教会と熟練度と
探索者の朝は早い。日が昇るのと同じ位にベッドから起き、朝食を摂ってからギルドへと向かう。等級によって仕事内容は変わるが、テレスガの探索者ギルドに入りたての新人はどんな人物であろうと、最初にテレスガ大森林へ採取に行く子供達の護衛が主な仕事だ。
子供の数は結構な数になるが、どの子供も集団で行動してくれるので護衛をしやすい。またテレスガ大森林へ行くと言っても、浅い部分の木々がそこまで密集していない、開けた場所を採取場所としており、そして集団で人間が集まっているからか、魔物はともかく野生動物は自ら襲い掛かってくるといった事も無く至って平和だ。
その護衛を昼まで行い、昼に撤収してから夜、日が暮れるまで狩りを行う。再び大森林へと赴いて野生動物や魔物を狩る訳だ。二度手間になりはするが、行きと帰りの両方で子供達を護衛しなければいけないのでしょうがない。
等級が上がればギルドから依頼の斡旋があったり、森林の深部への潜入や商隊の護衛などの仕事があったりする。勿論それらの仕事は子供達の護衛よりも高い報酬となるが、危険度もそれなりに上がるという事だ。
ノゾムは武器を購入できたがまだギルドへ所属したばかりなので連日子供達の護衛だ。偶に子供達に混ざって薬草なんかを採取したりしているが、基本的には護衛だ。
そうして護衛をしていく中で、子供達にはいくつかのグループが存在している事に気付く。
一つはスラム街、貧民窟で生活している子供だ。彼らは警戒心が強い。そして同じスラム出身の冒険者にのみ懐いている。このテレスガのスラムはそれほど大きなものではないが、どうしても片親のみだとか、親が病気がちだとかでスラムに身を落としてしまう家庭はある。そんな家庭で育った彼らは幼いころからお金を稼ぐ為に働き始めるため逞しく育ち、探索者への憧れも強い。彼らの中では探索者こそが、スラムから抜け出せる唯一の手段だと思っているからだ。
一つは一般市民の子供。彼らは社交的だ。ある程度の教養を備え、それらしい苦労をしたこともなく、平々凡々と生きてきた彼らにとって、この採取の仕事は遊びと小遣い稼ぎを兼ねた優秀な仕事だった。またテレスガ特有の探索者の街という特徴に触れられる仕事でもあり、将来の一つの指針として彼らの仕事を体験しておくのも悪くないと思っているのだ。一般市民の子供が採取の仕事を始めるのは比較的遅く、2・3年で卒業していく。彼らの中から探索者になろうという子供の数はそれほど多くはなく、多くは家業を継ぐ。
一つは孤児院の子供。彼らにとって採取の仕事は生活の一部だが、そこまで必死にやる事でも無かった。孤児院には国と街から給付金があり、また一般市民からの寄付金や商家からの丁稚奉公の給金などが割り当てられているため、生活に困っている訳では無い。だが裕福な訳でも無いので自分の事は自分で、という孤児院の教えによりその為の金を集める手段として、この採取の仕事は都合が良かった。親を知らずとも孤児院で教育を受けられる彼らの将来の選択肢は、商家で仕事をしたり探索者をしたりと一番選択肢が幅広いグループである。
中々、この世界も楽じゃないなとノゾムは思いつつ採取組を眺める。少し前にノゾムはスラムの跳ねっ返りの子供にイチャモンをつけられた事がある。見た目に自分と変わらないノゾムの存在は、探索者に憧れを抱き日々採取の仕事をしている子供からすればズルをしていると見られていた。まだ子供なのに採取では無く護衛をしているのはズルい、と。そんな彼に、ノゾムは言った。
「俺、30は超えてるんだよね」
深々と、本当に深々とため息混じりにそう告げたノゾムの姿は、その時だけはどう見ても社会生活に疲れた枯れ果てたおっさんの姿に見えた。それ以来、その跳ねっ返りの子供も含め、誰からも文句を言われた事は無い。彼らにとってノゾムは触れ得ざる異物となったのだった。
今日もそんな彼らを護衛したノゾムは、探索者ギルドで護衛の依頼料を受け取った後、少し思う所がありギルドに併設されているバーで一杯やる事にした。昼間から酒を飲みたくなる事も、偶にはあるさ。そう自分に言いながらカウンターへと座り、エールを一杯頼む。すかさずカウンターの向かいに居るバーテンダーから木のジョッキに注がれたエールを受け取り、ゆっくりと喉を潤していく。
相変わらずの味、温さ、ハーブ臭い香りだと思いつつ半分ほどまで一気に飲むと、はぁ、と一つため息をつきジョッキを置く。日本のドライビールがこんな時は懐かしく感じた。キンキンに冷えたビールをごくごく飲み下すあの感触は、もう味わえないかもなぁと考えながらジョッキの中のエールを見る。
そんな事を考えつつ妙に黄昏れたノゾムの耳に、今依頼の完了報告をしたと思われる探索者の会話が聞こえてきた。
「だな、ちょっと教会行ってくるか。もしかしたら熟練度上がってるかもしれねぇ」
「あぁ。長丁場だったしな、結構魔物も出てきたし期待できるだろ」
彼らはそう言うとどこかしらホクホクした表情でギルドから出ていった。その彼らを見送ってから、ノゾムははて、と思う。
「熱心な宗教の信徒なのか? それにしちゃ普通の探索者にしか見えなかったが……」
「――もしかして、教会の事知らないのか?」
ひとり呟いたノゾムにそう声をかけたのは、バーテンダーだった。その声のバリトンボイスぶりに少し驚きつつも、ノゾムは問いかけに応える。
「教会は知ってるさ。神様を祀ってる所だろ? 南妙法蓮華経ジーザスクライストってな」
「その言葉が何なのかは分からんが、確かに神様を祀ってる所だが探索者にとって教会は、それ以外にも自分の熟練度を見る為の重要な施設って事は知らないみたいだな」
「熟練度? 熟練度を見るってなんだ」
ノゾムがそう言うと、バーテンダーは少しだけため息をつく。
「まぁ、偶にいるけどな。熟練度ってのは言葉の通り自分が何をどれくらい習熟したかを表すものさ。教会では神様からのお告げかなんかで個人の技量を見させてくれるのさ」
「……マジか」
「あぁ、マジだ。少なくともこの街の出身者なら知ってるような事だけどな、まぁどっかの田舎から出てきた君じゃ知らないのもしょうがない。田舎じゃ教会もねぇもんな」
「おい何勝手に田舎出身にしてんだよ。まぁ間違っちゃいねぇけど」
「洗礼って言ってな、お布施をして教会の神父かシスターにお願いするとそういう道具を売ってくれるんだ。まぁド田舎には洗礼の習慣も無いだろうからしょうがないな」
「ド田舎にランク上げてんじゃねぇの。当たってるけどな。ついでに言えば集落の貧困が極まって身売りされたのが俺だ。そんぐらいクソ田舎出身だよ悪かったな」
ノゾムの言葉に苦笑を浮かべると、バーテンダーは一つ頷いた。
「まぁ、洗礼ならいつでも受けられるからな。初回のお布施は銀貨一枚が相場だ。教会の場所は中央広場の左手斜め向かいにある大きな建物さ」
「……やけに親切丁寧な説明ありがとうよ」
そう言うとジョッキの中身を全て飲み干してから、銅貨を一枚カウンターに置き店を出て行く。とりあえず、その熟練度とやらを見に行ってみるかと、ノゾムは行動した。




