子供達と初狩りと
スランプ難産
やる気でろー
武器屋から探索者ギルドへ戻ってきたノゾムを待っていたのは、受付に並ぶ子供だろうと思われる集団の行列だった。その集団の後尾には思い思いの装備をした大人達も並んでおり、列を成している。
この街にこんなに人が居たのか、と思いながら行列の先を眺めてみると、受付のカウンターには先程の強面のゴリラとは違い、ノゾムの理解する『受付嬢』と呼ぶべき女性達が子供の列をいなしていた。
子供は両手を、もしくは手に持つ小さな麻袋を前に出し、そこに受付嬢が銅貨を置いていく。次の子供の番が来たらまた同じように銅貨を配っていく。相当慣れているのだろう、子供達も受付嬢も、淀みない動きで次々とはけていった。
それにしても、この子供達は何だろう。下は小学校低学年頃から、ノゾムとほぼ同じ体躯の子供まで、その年齢層は広い。ただいずれの子供達もその身なりは少し薄汚れ、土埃が服についている。いや逆に土埃がついてもいいような、ボロい服装をしているという事だろうか。
そんな行列を眺めながらギルドの建物へ入ると、カウンターの奥の方に、強面のゴリラがぼーっと子供達と受付嬢のやり取りを見つめている姿があった。
なんだあのゴリラ、クソ暇そうだな。
そんな失礼な事を思いつつノゾムはカウンターの奥へと近づき、コンコンと机をノックした。その音に気付いた強面がノゾムへと視線を移し、少し、ほんの少しだけ眉を動かしてから向き直った。
「なんだ、武器買えたのか」
「あぁ。お陰様でな。で、あの子供の行列はなんだ」
「なんだって、見りゃ分かるだろ。ギルドに登録してるガキ達に報酬渡してんだろ」
「報酬って事は、何か依頼をこなしたのか。あの集団で」
「庭掃除だったり道路のゴミ取り、汚物を肥溜めに移し替えたり、後は採取で街の外に出て薬草摘み。そういうガキ共が一緒に行動してあの集団になるんだ」
「なるほどな。んで、子供達の後ろに並んでる大人はそのお守りか?」
「あぁ。街中はともかく街の外は魔物も野生動物も出る。その護衛にまだ入りたてのメンツを割り当ててんだよ。ガキのお守りは出来るし、少なくとも多少の野生動物くらいならいい経験になる。額は安いが毎日仕事はあるから懐にも優しいってな」
「経験を積ませて荒事に慣れさせる上、財布の心配までしてくれるのか。ありがたいもんだな」
「自主的に依頼を受けるのはお守りを受けた後だ。若いやつはすぐに功名を立てたがるから危険な依頼を受けやすい。そうして失敗して死んでいくバカを減らすための訓練システムって事だ」
なるほど、随分と懐が深い話である。わざわざ新入りに仕事をくれるとは結構福利厚生を考えているものなんだな、などと理解していた。
「で、その子供達がもう戻ってきてるって事は、お守りの仕事は今日はもう終わりって事か」
「そういう事だ。大体日が昇ってから昼時に戻ってくる。だから今日の仕事は残りは自主的に依頼を受けるか魔物や動物を狩ってくるかしかねぇな」
「ちなみに、俺が受けるとしたら採取側とお守り側、どっちになる?」
「サムディが武器を売ったってんならお守り側だな。依頼達成料は六千テリスだ」
「……すげぇ微妙な額だな。七千テリスにならないのか。今泊まってる宿屋が一泊朝食付きで七千なんだが」
「なんだ、意外と普通の宿に泊まってるな。素泊まり二千飯無しの宿もあるぞ。まぁ値段通り井戸は少し歩いた住民用の共同井戸、便所も外で宿もボロいからおすすめはしねぇ。午前中だけで六千、その後狩りに出れば日に一万は固いんだから金額に文句を言うな」
「まぁ、そうか。じゃあ狩りにでも行ってくるわ。大森林まで行けば獲物はいくらでもいるだろ」
「この時間からなら余り奥へは行くなよ。日暮れまでに森を抜けられなくなる」
「あぁ、気をつける。それじゃ」
ノゾムの言葉にフン、と鼻息を一つ立ててゴリラは受付の作業へと戻る。そんな姿を横目に見てから、ノゾムは背中に背負った武器の重さを感じながら街を出ていった。
◇◆◇ ◇◆◇
テレスガ大森林。そこは探索者の街テレスガから歩いて二時間ほどしか離れていない言葉通りの大森林だった。もちろん因果関係としては逆で、この大森林があるからそのほど近くにテレスガの街が出来上がったという事になる。
そこはまさに資源の宝庫ながら、探索をする上での難易度も高く、いまだに大森林の全てを探索できてはいないという事実がある。大森林の背後には山脈が並び、その難易度を上げている。森から山へと多種多様な生物が生息しているのも大きい。特別何かの部族が存在しているという話は聞かないが、だからこそそこには野生動物も魔物も、平等に生息しているのだった。
そんな森の中へ30分も入ればあっという間に草木の生い茂った大地を探索する事になる。ノゾムは足元の草木を掻き分け、飛び越えつつ森の中へと潜っていく。
そうして進んでいけば、すぐ側の藪が音を立て始めた。
その音に気付き足を止め大鎚を両手で構える。ガサガサと音を立てた藪の中からは、三体の狼が飛び出してきた。その狼は全て、ノゾムの元へと一直線に向かう。
「おらぁっ!」
飛び出してきた狼に怯む事無く飛び込み、大鎚を横に大きく振るう。初めて見る野生動物と言えど、ノゾムはあの白銀に輝く巨躯の狼の事を知っている。あの姿を知っていれば、目の前にいる野生の狼など子供に等しい。なればこそ、怯む理由が無いのだ。
狼のうち二体は慌てて避けたが、一体は景気良く大鎚を叩きつけられた。そしてあっさりと地面へと倒れ込む。その姿を見て残った二体の狼は警戒をしたようだが、その警戒よりも、ノゾムの動きの方が速かった。残った二体の狼もあっさりとノゾムの大鎚を叩き込まれ、敢え無く力尽きる。
こうしてノゾムの初戦闘とも言えぬ、初めての狩りは終わった。結果だけ見れば野生の狼三体と良く出来た方なのだが、ノゾムの意識としては『こんなものか』だった。
とかく、この身体は疲れを知らない。そして何より、力の限界が見えなかった。先程の狼を仕留めた大鎚の振るい方だって身体の欲求どおりに動いただけで、それほど力を入れる事も無く万全に振るえた。
なんというか、ヌルいと思いつつ倒れ伏した三体の狼を見つめ、念の為それぞれ頭に一撃入れる。それで完全に動かないのを確認してから、さてと思い直した。
「……三体か、両手で二体としても後一体はどうするか。いや、二体と一体で行けないかな」
そう呟きつつ狼を担ぐと何とか二体と一体で片腕ずつに担ぐ事にして、森を来た道とは逆に進んでいく。先程まで掻き分けた道はまだ残っている。そこを辿れば、最悪方向が同じなら街へと帰れる。ともかく、ノゾムは戦利品を担いでそのまま街へと帰っていった。
そのまま街へと入る途中、門番に少しだけ足止めを食らい、探索者ギルドへと戻っていく。ギルドの中はガヤガヤと騒がしい音がするのは聞こえたが、両腕に狼を抱えたノゾムには左右の様子は余り見られなかった。仕方なしにカウンターの奥へと歩んでいけば、街を出る前と同じように強面のゴリラがノゾムへと視線を向けていた。
「……随分と大きな荷物だな。グリーンウルフ三体をそのまま持って帰ってきたのか」
かけてくる声に応えず抱えた狼を全て地面へ下ろすと、首を左右に捻って鳴らした後で、声に応えた。
「あぁ。森に入ったら三体おいでなすったからな。そのままトドメも刺してこうして抱えてきた。いやどうやって持って帰ろうか考えたんだが丸ごと持って帰ってきた方がいいと思ってな」
「グリーンウルフはその毛皮ぐらいしか収穫する物はねぇぞ。肉は硬くて調理に向かないし、牙や爪も大したものじゃない。大森林には溢れた素材だ。毛皮なら加工できるし色々使い道があるからな、次からは毛皮だけ剥いでこい」
「分かった。ところでここは、持ってきた素材を解体してくれる設備とかあるのか?」
「あぁ、ある。まぁいいか、その荷物を持ってついてこい、解体所まで行くぞ」
ゴリラがカウンターから出てノゾムを先導すると、ノゾムはそれに狼を抱えてついていく。カウンターの更に奥に、確かに解体所と言える設備があった。大きな包丁にノコギリのようなもの。ノミのようなものの並べられた台と、それなりの広さの設備だ。
「ここで解体をする。四足の生き物は基本的に宙吊りにしてバラすんだ。ほれ、お前も手伝え」
「何だ、解体を教えてくれるのか?」
「解体方法知らねぇんだろ。教えてやるから明日からは自分で毛皮を剥いで持って来い。毎回貴重でも無い生き物の解体するのも面倒だ」
意外と優しいな、このゴリラ。
「分かった、明日からはそうするよ」
「明日からは朝に来ればお守りの仕事を寄越してやる。その後自分で狩りだ。当分はその生活を身体に慣らしておけ。この街で探索者として生活するなら必要な事だからな」
ノゾムへそう言いながら狼の一体を宙にあるフックに引っ掛け、その腹から刃を入れていく。
「まぁ、解体なんざ慣れだ慣れ。何度か失敗すれば綺麗に剥げるようになる。グリーンウルフだけじゃなく、他の生き物でも解体の仕方なんてほぼ同じだ、人以外はな」
「人の解体なんてした事あるのか」
「そりゃおめぇ、こんな探索者なんて商売してたら人を解体するぐれぇ経験しとくもんだ。人は獣なんかと違って内臓だったり骨と肉の間にお宝を埋め込んでたり、色々考えるからな。奥歯や腕、足と腹にケツの穴あたりが今までの経験でお宝を隠してた部位になるな」
「へぇ、色々考えるもんだ」
「それだけ必死だったんだろうよ」
ゴリラの行動を見よう見まねで解体しながら雑談をする。そう言えば、と今更ながらノゾムは気付いた。
「そういえば、アンタ名前なんて言うんだ」
「あぁ? あぁ、そういや。俺の名前はガッザムだ。好きに呼べばいい」
「じゃあ、ゴリラ」
「……どういう意味なのかは分からんが、どういう意図でその言葉を言ってるのかは分かるぞこのクソガキが」
「チッ。じゃあガッザムでいいだろ。ほら、続きを教えてくれ。内臓とかは食えないのか?」
「お前、内臓食うとかスラムのガキでも言わんぞ。どんな生き方してきたんだ今まで」
こうして、ノゾムはガッザムから血生臭い解体を教わりながら、テレスガの夜を過ごすのだった。
やる気スイッチ
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