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熟練無双のペインハンマー  作者: とげむし
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探索者ギルドとハンマー


 パチリと目が覚めれば、部屋は既に外からの日差しで明るくなっていた。ベッドの上で身体を起こし、背伸びをする。バキバキと背中に骨の鳴る音がするが、それが気持ちいい。


 どうやらぐっすり眠れたようで、身体も快調を訴え、気分もスッキリしている。マットレスの効果は偉大で、寝る場所が硬くないという事がこれほど幸せだったとはと実感していた。


 起きてそのまま階下へと降りれば、そこは宿屋の食堂兼酒場で、朝から泊り客への朝食だろう商品を持って昨夜も見た従業員と思われる女性二人がせわしなく動いていた。


 邪魔にならないよう移動し、空いている席へ座ると、何を言うでもなくとも目の前に木のプレートがコトリと置かれた。その上には昨日も食べたパンと、豆を煮詰めたようなペースト状のもの、そして緑野菜のサラダと木のカップに入れられたスープがあった。


 まずは豆のペーストに手をつけると、そのペーストはほんのり塩味のする、だが豆の青臭さが漂う何とも言えないものだった。まかり間違っても、これを黒パンに塗って食う、という選択肢は除外したい味だ。そして緑野菜のサラダは意外にもシャキシャキと新鮮で、こちらの青臭さは野菜の爽やかさを彩っており、単純においしい。スープは塩味の効いたスープで、やはり黒パンはこれにつけて食べた。ボリュームに関しては文句無く、というか豆のペーストが予想以上に腹に溜まる代物だった。だがいかんせん、味にもう少し向上心を傾けていただきたいというのがノゾムの本音だ。


 兎も角出された朝食を完食してから、さて、今日はどうしようと思いつつスープをゆっくりと飲む。食堂の客達は既にやる事が決まっているのか、既に各々散っており宿を出たものが大多数だ。目的を持って行動しているのだろう彼らの行先は、とりあえず考えない事にした。まずは自分のするべき事だ。


 現在の手持ちの金は凡そ27万テリス、宿が一泊朝食付きで7000テリス、昨夜の食事は2000テリスで大体一日一万テリスあれば生活ができる。という事は何もしなくても27日は生きていけるという事だ。だがこれは本当にこの先に関して何も考えなければという事。本当に27日間ぼーっと過ごしていてはその先を生きていく事ができなくなる。ならばまずはどうするか。収入源を探すしかない。


 さて、収入源を探すとは言っても、どうすれば良いのか。この世界に労働基準法は無いのは分かっているし、昨日の内に収入を得られそうな方法は知っている。この身一つで始められそうな事と言えば、動物なり何なりを狩って売ればいい。そしてそういった人間に対して報酬を支払う場所も昨日の内に聞いている。探索者ギルドだ。


 極彩色の羽根を見せた門番に言われた、探索者ギルド登録。それを行い、探索者として生活をすれば今後も生活していけるだろうという算段だ。


 そこまではとりあえず思いついたので、宿の従業員に聞いてみる。


「すみません、ここから探索者ギルドってどうやって行けばいいですか?」


「探索者ギルドなら、ここから門のほうに向かって半分くらいの所だよ。交差した剣の看板が下がってるからすぐ分かるはずだよ」


「そうですか、ありがとうございます」


 という事で、ノゾムは自室へと戻ってから荷物を取り再び食堂へと戻ってくる。食堂では食器を片付けた従業員の女性二人が、食堂を掃除しつつ会話をしていた。そこへ、再びノゾムが声をかける。


「すみません。今夜もここに泊まりたいんですけど、先に宿代払わせてもらっていいですか?」


「あいよ。朝食付きで7000テリスね、まいど。部屋は同じところを取っておくよ」


 銀貨を一枚と銅貨を三枚渡して笑顔で言う従業員に頷き宿を出る。とにもかくにも、まずは探索者ギルドへ向かう。


 探索者ギルドは宿の従業員の言った通り門と宿の中間辺りにあり、剣と思われるものが交差した看板が吊り下げられていた。そして外観としては宿より大きい建物であるが、扉は上下が開いているいわゆるウエスタンドアというものだ。それを潜って中に入れば、左手にはカウンターが並び内側でせせこましく動いている人々がいる。右手を見れば、掲示板のようなものが並び、その近くに丸テーブルが複数、椅子も並び、奥手にはバーカウンターとしか見えない設備がある。そして、席に座り顔を赤らめて木のジョッキを傾けている人間が既に複数いた。


 左手が恐らく探索者ギルドの受付か何かだろうと思いカウンターへと行くと、随分暇そうに肩肘をつき酒を飲んでいる人間を眺めている男と目が合った。その男は身を起こすと、ノゾムを見てはぁ、と小さいため息をついていた。


 身体を起こしたその男を端的に言えば、髭面のゴリラだ。どう見てもカタギには見えない顔つきと、筋骨隆々の肉体。何より大きく、もしかしたら2メートルぐらいあるのではないかと思われる体躯をしていた。そのゴリラはノゾムが近づくと再びはぁ、とため息をつく。


「なんだ、ボウズ。もしかして探索者登録か」


「その通りですけど。なんで嫌そうなんですか」


「そりゃおめぇ、ガキの相手なんてしたかねぇんだよ。顔を見るだけで泣きやがるガキが多いからな」


「確かにその顔じゃ泣かれても仕方ないだろうな」


「はん、分かってんだよんな事は」


 そう言うとカウンターの下から木の板を取り出し、傍らに備え付けてあった羽根ペンを摘む。


「で、名前は?」


「ノゾム」


「ノゾム、な。ほれ、これが探索者ギルド証だ」


 ゴリラの差し出してきた木の板を受け取り、表面を見る。そこには3つの文字が記載されており、多分これでノゾムなのだろうと思いつつ疑問を口にした。


「こんな簡単に登録出来ていいのか?」


「なんだ、文句あんのか? 他にどうやって登録すればいいんだよ、毎回試験でもするか? 登録しては消えていく探索者にわざわざそこまでする意味もねぇ。それに、その木札は一番下、ペーペーのギルド証だ。ランクが上がれば金属の板になるんだ」


「なるほど、金属になる前に登録した人間が消えていくから、まずは木札で、という事か」


「そうだ。分かってるなら聞くなよな」


「あぁ、すまないな。で、この探索者に登録すると何ができるんだ?」


 ノゾムがそう言うと、ゴリラははぁ、と再びため息をついてから説明を始めた。


「それは知らねぇのかよ。まずは登録されれば、ギルドに来た依頼を受ける事ができる。依頼を達成すれば依頼料が支払われる。それと討伐した獣や魔獣の買い取りなんかもここでやっている。それと採取依頼だな、薬草なんかの採取品も買い取る」


「なるほど。それで、今の時間から受けられそうなものは何かあるか?」


「そうだな……。ガキなら庭掃除や普通の採取依頼があるが、今の時間じゃもう無ぇな。となるとテレスガ大森林周辺での依頼になるが、これは危険度が上がるから勧める事はできねぇな。第一お前、何か武器を持っている訳じゃねぇだろ」


「……武器があればいいのか?」


「それと、使う技量がな。まぁ普通武器屋の親父が買う前にそいつの技量を見るんだが、お前さんじゃまだ武器を売ってくれやしないだろう」


「短剣なら持っているんだが」


 ノゾムが背中に背負った鞄から短剣を一つ取り出すと、ゴリラは首を左右に振った。


「どこで手に入れたかは分からねぇが、武器屋で買った訳でもないんだろ。だったら駄目だ」


「そうか……。じゃあ、武器屋を教えてくれ、買えるかとりあえず試して、買えたらまた来る」


「ここから一番近い武器屋はギルドの前、中央広場へ続く門とは逆の道の途中にある店だ。剣と鎚、ハンマーの看板がぶら下げってるからすぐ分かると思うぞ」


「分かった、ありがとう」


 言われるままにギルドを出て、門とは逆に歩いて行く。途中宿屋も通り過ぎ、看板を注意しながら見ていると、剣とハンマーの描かれた店が言うとおりにあった。その店へと入ると、鉄臭い匂いが充満していた。


 店の右手にカウンターがあり、左手には様々な武器が無造作に立てかけられている。カウンターからは店員が声をかけてきた。


「いらっしゃい。武器の購入かな」


「あぁ、それと、こいつの買い取りもお願いしたいんだが、いいか?」


 カウンターへと寄っていき鞄から短剣を出す。鞄の中に入っていた短剣は全部で7本、その内6本をカウンターへと並べた。店員はそれをカバーから外して眺めると、一つ頷く。


「短剣のケースは革細工で良く出来てる。でもこの短剣はダメだな、比較的良い鉄を使っちゃいるけど鋳造の仕方がてんでダメだ。これじゃ折角の良い鉄も台無しだ。一個500テリスなら買い取るよ」


 ギルドでこの短剣に関してはダメ出しされた事もあり、今は持っているだけの不良債権だ、500でも売れるなら売ってしまう。


「じゃあそれで。あと武器を見たいんだが」


「分かった。とりあえず、両手を見せてもらえるかな」


 言われた通りに両手を開いて見せると、店員は眉を寄せる。


「剣だこも何もない、別に修行した訳でも無い手だね。まぁ、貧民窟出身の子には珍しくもない事だから。それじゃ、とりあえず裏手に来て貰えるかな。どんな武器が合うか確認しよう」


 そうして裏手へと誘われていくと、そこには杭にかけられた金属鎧と、壁際に立てかけられた様々な武器があった。そこを一通り眺めてから、店員へと確認する。


「この中から自分に合う武器を選べ、って事?」


「ま、そういう事。大抵の武器は揃ってるから、どれでもいいから持ってみてくれよ」


 言われて武器へと寄り、手に持ってみる。自分の身長よりは短い剣を持つと、その軽さに少し驚く。こんなにも軽いものが、武器として大丈夫なのだろうか、と。


 思わず店員に視線を送るが、店員は何も言わず眺めているだけ。


 仕方なく、ノゾムは剣を元の場所へと戻し、次の武器を手に取った。剣がだめなら槍。だが槍も、長さはいいのだが、どこか頼りない印象を受ける。次に弓。弓なんて撃った事無いし、多分こういった狙って撃つ、という作業は自分には向いていない。斧。頭の重さがそれなりだが、それでもこの刃を立てて攻撃する、というのは自分には合わない気がする。そして最後に大槌。唯一木製で出来た大槌はノゾムの身の丈よりも大きく長く、凡そ1.7メートルぐらいあるのではと思われる。それを手にし持ってみると、何となくだがしっくりきた。


 両手で構えた大槌を握り、縦に振り下ろし、横になぎ払い、下から上に振り上げる。うむ、中々いいんじゃないか。そう思って店員を見ると、いやに驚いた表情をしていた。


「……いや、珍しいもんだね。大槌なんてそんな好まれる武器じゃないけど。というかその大きさのものを持って振るえるのか」


「普通、振るえないのか?」


「まぁ、そうだね。重すぎて嫌っていう人もいるし、君ぐらいの子供はそれを持つだけで疲れてしまうから」


「ふぅん、そんなもんかな」


「あぁ、それに思った以上にしっかりと扱っていた。中々素質があると思うよ、君」


「じゃあ、この大槌、いやもっとこれより、鉄で出来た重い方がいいな。そういうのある?」


「んー……そうだね。ウチの店には残念ながら一つしか無いけど、それを見せるよ」


 そう言って動き出した店員の後を歩き店内の一角に辿り着くと、そこにはハンマーヘッドの大きな、先程振るった木槌より長めの全てが金属で出来た大鎚が立てかけられていた。


「ウチの店じゃ唯一の大鎚の商品。これと背負う用のホルダーで、15万テリスなんだけど。君、お金持ってる?」


 15万テリス。さすがに総金属製となると高い。横にちらっと見える無造作に置かれた剣なども見てみる。


「……そこの剣は?」


「駄目。君に剣は多分合わないね、下手な武器使って怪我されたんじゃウチの評判に関わるからそれは売れないよ。君ならこの大鎚しか無い。言っておくけど、お金が欲しくて言ってる訳じゃないからね。ちゃんと君の素質を見て、君に合う武器を見繕っただけだから。何だったらツケで、分割でも売るけどどうする?」


「……分かった、今15万テリス払うよ」

 

「毎度あり。じゃ、その大鎚持ってカウンターまで来てね」


 言われるまま大鎚を持ってみると、確かにしっくりくる。重量感は丁度良いし、振るった所快適だ。だがしかし15万か……と思いつつ、カウンターへと移動した。


 カウンターでは店員がホルダーと思われる革細工のものを用意しており、また傍らには銅貨が三枚置かれていた。


「とりあえず、これ短剣の買い取り代3000テリスね。それで15万テリス、よろしくね」


「はいはい。……金貨15枚、これでいいか?」


「うん、毎度あり。ホルダーの使い方はここの筒の部分を背中にこう回して、持ち手部分を刺す。そうすると、背中に丁度良いバランスで引っかかるからね。走る時なんかは両手で持って走った方が安全だから、そうしてね」


「あぁ、気をつけるよ。ありがとう」


 実演を交えながらノゾムの背中には鞄の他に大鎚のホルダーがつけられて、背中に大鎚を吊るされる。確かにこの持ち方なら余り力を使わずに持ち歩けそうだと思いながら、ノゾムは店を出ようとした。



「あ、お客さん。一応修繕なんかはウチで承ってるから、何か問題があったらウチに来てね。もちろん修繕費は貰うけど、お安くしておくよ」


「あぁ、何かあったらまた来るよ。それじゃ」


 そう言って、ノゾムは店を後にした。


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