街と買い物
川沿いから街道へと移動し、街道に沿って歩く。やがて石造りの塀に囲まれた門扉が見えてきた。その前に人が少々居る事から、あそこが入り口で、恐らく入門審査か何かをしているのだろうと当たりをつける。
門の前へ行けばその通りで、やはり荷駄を積んだ馬車などと一緒に商人らしき人物と鎧を着込んだ恐らく街の兵士だろう人物達がやり取りをしている姿が見える。荷駄も確認しており、結構ちゃんと見張っているんだなと何となく思う。
ともかくノゾムは門の前で、兵士へと声をかけた。
「すみません、街に入りたいんですけど」
「あぁ、ちょっと待ってな。その背負った鞄の中身を見せて貰えるかな」
人当たりの良さそうな兵士の言葉にノゾムは頷いて鞄の中身を広げて見せた。その中には拾った短剣の他、極彩色の羽根が入っている。その羽根を見た兵士は一瞬言葉に詰まったが、抑揚に頷いた。
「驚いた。極彩鳥の羽根か。街に売りに来たのかい?」
「えぇ、運良く手に入れられて。どこで売ると良いですかね?」
「そうだな、探索者なら探索者ギルドで買い取ってくれるが、ギルド登録はしているかい?」
「いえ、何分森の傍なもので」
「じゃあ服飾店に行くのが良いだろう。極彩鳥の羽根なら高く売れるだろうし」
「そうですか、ありがとうございます」
「あぁ。さ、通っていいよ」
兵士の案内に頭をペコリと下げてから門を潜る。潜った先には、夜の帳が降りそうな時間帯とあってか、少々の人影と門から続く道沿いに所狭しと建てられた家屋が並んでいる光景が見える。何となくだが、古い時代の家屋を思い起こされる。
これからとりあえずは、この街で生活しなければならない。兎も角この極彩色の羽根を売り払ってお金にしようと考えながら、ノゾムは街へと繰り出した。
街中の建物には普通の民家らしいものもあれば入り口に看板の立てかけられた、明らかに店舗と分かる家屋と混在して並んでいる。その中でノゾムは看板をよく見ながら街道を歩いていた。
看板には文字よりも絵が記載されている事が多く、鍋のような絵だったりベッドの絵だったりと、意外と創造性溢れる看板が多く目に付く。恐らくこの街の識字率に関わる事なのだろう。看板に文字を書いた所でその文字が読めなければ意味が無い。だから店舗は創意工夫を凝らし絵で自分の店を表現し、なるべく集客をしようという判断だろう。
そんな看板の立ち並ぶ中で、一つの看板が目についた。恐らく糸車だろうと思われる滑車のような絵。見れば店の外観も小奇麗にされており、他の店の雰囲気とは大分違う。言うなればオシャレだ。ノゾムはこの店にピンと来て、店内へと入った。
「いらっしゃいませ」
店内に入った途端、入り口正面にいかにも仕立ての良い紺のタキシードを着たロマンスグレーの頭髪を湛えた紳士が居た。その紳士はにこやかにノゾムの前へと歩み寄ると、頭を下げつつ問いかける。
「本日は当店へどのようなご用件でしょうか。当店は衣服の受注生産店となっております。新たに服を仕立てるのであればまずはご相談を。また何かをお売りになられるのでしたら、私めが承ります」
物腰柔らかく、ある種気品に溢れたその佇まいに内心感心しながら、ノゾムは用件を伝えた。
「実は買い取って欲しいものがあります。極彩鳥の羽根なんですが」
「極彩鳥の羽根、でございますか。でしたら買取ですね、私めにて承りますので商品を見せていただいてもよろしいでしょうか」
「分かりました。ちょっと待ってください」
紳士の言葉に頷きながら、ノゾムは背負った鞄を開き、皮ごと剥ぎ取った極彩色に輝く羽根の束を取り出した。その様子に紳士は一旦手を翻す。
「お客様、申し訳ありません。どうやら相当な数がおありなようで、こちらの作業場までお越しいただけますでしょうか」
紳士はそう言うと、店の入り口から右手側への扉を指し、ノゾムを誘導するように移動した。それに黙って頷いてから鞄に羽根を仕舞い直し、誘導されるまま店の奥へと入る。
店の奥では思った以上に人がおり、糸車に取り掛かっている娘、機織をしている娘や生地に刺繍を施している娘など、多くのお針子と呼ばれる従業員が居た。そんな中を誘導されながら奥の、恐らく素材の集積所と思われる一角に案内され、紳士が頷いた。
「それでは、こちらで現物を見させていただいてよろしいですか。床へ広げていただいて結構ですので」
「分かりました」
返事を返して鞄から極彩色の羽根のついた鳥の皮ごとズルズルと引き出し、床へと広げて見せる。その現物を見た紳士は一つ一つの羽根を観察しながら手にとってみたり皮から抜いて光に翳してみたりした後、大きく頷いた。
「素晴らしい。ほぼ無傷の極彩鳥の羽根、しかも皮についたままのものとは。これだけのものを見るのは久方ぶりです」
「これは、そんなに良いものなんですか?」
「えぇ、まず何よりテレスガ大森林の奥地にのみ生息するという極彩鳥自体が貴重です。またそこまで行ける探索者が居たとしても、仕留めるのに身体を傷つけるしかなく、その為綺麗な形状を保っている羽根というのは中々集まらない。また皮もついているというのが良いですね、皮も当然貴重ですので、なめして衣服に加工するだけでも良い値段になります。そしてこれだけの数、中々見る事もありません」
「そういうものなんですね……」
「そういうものなのです。して、これらに関してご希望の買い取り価格はありますか?」
早速と言わんばかりに紳士が交渉に入った事を意識しつつ、ノゾムは頬をかいて困った表情を浮かべた。
「いや実は、これがそれほど貴重だとは思わなかったし、相場というものには疎いので。良ければ値段をそちらでつけていただけませんか?」
「左様でございますか。そうですね……極彩鳥の羽根が貴重、という事は申し上げたと思います。またこれだけ鮮やかな羽根です、貴族様や大手の商会の人間などにはとても人気でして、この羽根をワンポイントにあしらうだけで値段が上がります。この数と皮の分を含めて……28万テリス、いや30万テリスでいかがでしょうか」
いかがでしょうか、と言われても。とノゾムは思いはしたが、そんな事はおくびにも出さず表情を輝かしいものにした。
「そ、そんなに戴いていいんでしょうか」
「えぇ。この羽根にはそれだけの価値があるのです。それで、いかがですか?」
「もちろん、それでお願いいたします」
「ありがとうございます。それでは商談成立という事で。金額をご用意いたしますので、店舗の方へ参りましょう」
再び紳士に誘導されながら店舗へと戻り、紳士はそのままカウンターへと移動した。そして、チャリチャリと中身が音を立てる小さな麻袋を手にしながら、ノゾムの前へとやってきた。
「こちら、30万テリスです。金貨で28枚、銀貨で50枚入っております。お確かめを」
差し出された麻袋を受け取り、ノゾムはとりあえず中身を見た。金貨は確かに28枚。他に銀貨が沢山、といった形で数えるのを止めるとそれを静かに受け取った。
「確かに、金貨28枚を確認しました。それと、なぜ銀貨を?」
「それはお客様、見たところお客様は着の身着のまま、といった風体ですから。すぐにお金を必要とされるかと思いましたので」
言われてみればその通り、服は麻袋に穴をあけただけのような出で立ちで足は薄っぺらい皮で包んだ靴とも呼べないものだ。この風体の人間を見れば誰でも金の無さそうな小汚い餓鬼としか思わない。
ノゾムはその事に気づいて少し赤面しつつ頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。当店ではお客様に今すぐお売りできる商品はございませんが、何か儀礼用などで服が必要な際には是非当店をご利用ください」
「はい、ありがとうございました」
受け取った金を鞄につめて、ノゾムはその場を後にした。
こうして、ノゾムは現金を手にしたのだが、如何せんこの世界の相場が分からない。30万テリスと言われたが、それが一体どの程度の価値のある金額なのか分からない。とりあえずノゾムは、街道の中にポツポツと建っている屋台へと寄っていった。その中の一つ、焼けた肉の匂いがする屋台へと向かい、その店主に声をかける。
「おっちゃん、何の肉?」
「おう、これは野うさぎの串焼きだ。自家製のソースで味付けしてるからうめぇぞ」
「じゃあ一本もらおうかな、いくら?」
「一本1000テリスだ」
「じゃあはい、銀貨1枚」
「あいよ、銅貨3枚のお返しだ」
差し出されたボリュームのある串焼きと銅貨を受け取り、銅貨を鞄へとしまう。これで大体の相場というものが分かってきた。万の単位は金貨で、銀貨一枚4000テリス、銅貨一枚1000テリスだ。そして恐らく一食に少し満たない程度の大きさの串焼きが1000テリスならば、一食大体1000から2000を見積もれば問題は無いだろう。そのほかの物価については、とりあえず今から当たれる所に当たってみよう。
香ばしく程よく味付けされた肉を食べながら、ノゾムは再び街道を歩く。そして、恐らくここがそういう店だろう、と当たりをつけながらまるでウィンドウショッピングをするようにふらりふらりと店へと立ち寄っていった。
取り急ぎ今着ているボロボロの服と下着、靴を交換し、何枚か変えを揃えておく。この街で服を買うとすれば一般的には中古の服を買うものだという事も理解でき、それに沿って下着や靴も中古で揃えた。金貨を2枚ほど使ったが、これでとりあえずの着たきりすずめからは脱出できた。鞄はそのうち変えようと思いつつ、次の目的地となる店へと訪れる。
看板の絵にはベッドの絵。店の見た目は綺麗にしてはいるが綺麗すぎない、高級感の無い店。つまり手ごろな宿屋を店の並びから見つけ入っていく。
扉をくぐると、そこには多少の客と、その客に料理を差し出す女性が二人いる。この雰囲気ならばまず間違いないだろうと思いつつ声をかけた。
「すみません、今日の宿を取りたいんですが」
「あぁ、いらっしゃい。ウチは一泊食事無しなら5000テリス、朝食つきで7000テリスだよ。晩もウチで取るならここで取ってね」
「それじゃあ朝食つきで、身体を洗うものって用意してくれますか?」
「タオルなら洗剤つきで1000テリスで売ってるよ、買うかい? 身体を洗いたいならそこの扉から店を出れば裏手に出られるから、そこの井戸で流してくんな」
「じゃあはい、銀貨二枚。タオルと洗剤お願いします」
「あいよ、部屋は二階に上がって奥の右手だよ。晩御飯は洗った後でいいかい?」
「はい、それでお願いします」
「じゃあはい、タオルと洗剤」
女性から差し出されたのは薄い布切れと、どう見ても固形石鹸のような物体だった。とりあえずそれを手に店の裏手に回り、言われた通り井戸から水をくみ身体を洗う。身体に洗剤をこすりつけて洗うと、みるみる肌から垢が浮き出てきた。
「うわ……きったねぇ。よく痒くなったりしなかったな」
念入りにごしごしとこすり、ついでに頭も洗ってからタオルで水気をふき取り、元の服を着る。これで気持ち的にはさっぱりした所で店へと戻り、とりあえず空いているテーブルへと腰掛けた。
そこへ女性の一人、まだ年若そうな方の女性が手に木の板を持ってやってくる。
「飲み物は何にする? エールと果実酒があるけど」
「えっとじゃあ、エールで」
「食事は? 肉か魚。今日のスープはケナシ鳥の肉とカブのスープだから。あとパンは二つでいい?」
「じゃあ魚で。パンは二つでいいです」
「はい、じゃあちょっと待ってね」
そう言って下がっていった女性に、この世界の食事所にはメニューという概念は無いのだろう、と考える。店の用意するものを、最低限の選別をさせて食べさせるのが、この世界のしきたりなのだろうな、と感じていた。
やがてやってきた食事は恐らく川魚であろう魚の白焼きと宣言通りの肉とカブらしき白い野菜の入ったスープ、そして触ってすぐ硬いと分かる黒いパンと木のカップに注がれた泡のついた飲み物だった。
とりあえず飲み物を口に含むと香草の香りが強く、だがしかし味としては淡白な、温くアルコールを含んだものだった。恐らくこれが、この世界のエールなのだろう。そして次に魚の白焼きに、そのまま齧り付く。実に淡白で、どこか物足りない。そして次にパンを食べようとすると、あまりに硬いのでどうしようと周囲を見渡し、パンを千切ってスープに浸して食べている人達を見て、真似して食べる。これならば食べられる、しかしパンが重い。ボリュームがあるパンだった。
慣れない食事をどうにかこうにか終わらせて、ノゾムは会計を済ませると部屋へと上がっていった。部屋は内側からかんぬきで施錠できるようになっており、これでやっと落ち着ける。
ベッドの上には意外にもマットレスの上にシーツが敷かれており、とりあえずはここ二日地面で寝ていたよりも快適な睡眠が取れそうだと安堵する。
早速、ベッドへと横になると、途端に睡魔が襲ってくる。
ともかく、この世界で生きていかなければならないのであれば、早くこの生活に慣れなければな。などと考えながら、ノゾムの意識は闇へ落ちていった。




