極彩色と街
PCトラブル、仕事の忙しさ、ID紛失など諸々ありましたが再び書き始めようと思います。
エンシェントウルフと別れてから一時、ノゾムは到着した川縁の周辺で枯れ木を集めていた。何のことは無く、このまま夜を迎えるのであれば焚き火くらい必要だろうという判断だ。
せかせかと木々の間、地面に生えた草木の根元に転がる枯れ枝を拾っては元の川縁へと置いていく。待っている間何もしないというのも考えにはあったが、現状腹が減っている。ついでに食えそうな木の実なんかが生っていないかも探しつつ、枯れ枝を収集していた。
そうしている内に日は沈み始め、そろそろ夜の帳が降りようかという時、ガサガサと葉を鳴らす音が聞こえてきた。
次の瞬間には、ノゾムの居る川原へと、やはりその巨躯を銀色に輝かせた狼が、巨大な何かを咥えて現れた。
その何かの身体は虹色に輝き、その極彩色の輝きは身体全体を覆う羽毛によるものだと分かった。身体から伸びる足は長く太い。またその狼に咥えられていた首も、長く太く、体躯に関しては巨大なダチョウを思わせる。
首を咥えていた狼はそれを地面へと横たえる。
『餌だ。何も食わねば死ぬのは人の子も我等も同じだろう』
「あぁ、そうだ。ありがとう……助かる」
狼の言葉に同意しつつ、ノゾムはその鳥を見る。未だヒクヒクと体毛と足を動かしている所を見ると、完全には死んでいないようだ。
『止めは貴様が刺せ。我等の掟に食らう餌に止めを刺せぬ者はその餌を食う資格が無いというものがある』
「ん、そうか……。分かった、そうする」
そう言い、背負った鞄の中から一本の短剣を取り出し、横たえられた鳥へと近づいていく。
暴れるでもなく、ただ身体と足を痙攣させたダチョウに似た鳥の首、太く長いそこへと思い切り短剣を逆手で振り下ろす。だがその刃は表面の皮を少し傷つけた程度しか立たず、ほんの少し刃が埋まった程度で止まってしまう。
「んんっ……か、硬い」
『当たり前だ。存在として上位の生き物を傷つけるには、それ相応の力が必要だ』
「むぐぐ、こ、このっ、食い込めっ」
両手で短剣を持ち、全体重をかけて短剣を押し込むと、少しずつズブリ、ズブリと刃が食い込んでいく。それと同時に首から血があふれ出し、地面を赤に染めていく。
少しずつ、少しずつ刃が食い込んでいき、一定を超えた時、ようやく完全に刃が鳥の喉笛を引き裂いた。それと同時にノゾムの身体にぶわりと力の奔流が起こった。
『ふん、その程度ので存在の位が上がるか。まるで赤子並みだな』
「どういう……いや何となく分かるけど、赤子っていうのはあんたらエンシェントウルフの赤子並みって事か」
『その通りよ。我等エンシェントウルフは赤子の頃から狩りを行い餌を食い、その存在を高めるのが慣わし』
「英才教育って所だな」
自身に溢れる力を確認しながらノゾムは頷く。存在の位、何となくだが自身の肉体もその精神も、今までよりも強靭になった事を感じ取っていた。この世界で生き物を殺すという事は、自身の存在の位を高める事に繋がるのだろう。それを肌で感じ取ったノゾムは、頭の中でこれがいわゆるレベルアップか、などと考えていた。
さて、喉笛を掻き切り止めを刺したダチョウに似た鳥は、静かに血を垂れ流しながら死んでいる。狼はこれをノゾムの餌だと言ったのだから、これを食えという事なのだろう。では、どうやって食べるか。
ノゾムはその胴体に生えた極彩色の羽根を掻き分けて素肌を見る。なるほど、鳥肌である。ならばこれは、抜くしかない。
かなりの体躯を持つ極彩色の鳥の羽根もやはり太く、それ一本でも相当な大きさだった。だがここで引いても食える訳でも無い。ノゾムはその羽根をブチブチと抜いていった。
『……そのような事をしていたら日が昇るぞ』
「といっても、羽根ごと食える訳ないだろう」
『皮を剥けばいいではないか。羽根ごと剥けるぞ』
その言葉になるほど、と理解した。早速短剣を胴体に突き刺し、その鳥皮を剥いでいく。肉の部分と皮の間に適度の脂肪の層があった為、ノゾムは脂肪の層に短剣を走らせ、その皮ごと羽根を剥いでいった。そしてこれだけ巨大な鳥である。その全てをノゾム一人の腹に収めるのは無理がある。自分が食えるくらいの大きさの肉が確保できる分だけ皮を剥ぐと、そのまま肉へと短剣を突き刺した。
四角いブロック状に肉を切り取ると、短剣に突き刺して取り出す。さて、ここからどうしようと一瞬悩み、ノゾムはその肉を木の棒へと突き刺し、集めておいた枯れ木を山にした。
「すまない、この枯れ木に火をつけてくれないか? できるか?」
『何故だ? そのまま食えばよかろう』
「人間はな、生肉なんてほとんど食えないんだよ。食ったら腹を壊して最悪死ぬんだ」
『ふん、脆弱な生き物だな、人の子とは。少し待て』
鳥などは余計に生で食える訳が無い。日本のある程度整備されている食肉環境であっても鶏肉などはその肉に付着するカンピロバクターから食中毒を起こしたなんて話は枚挙に暇が無い。それだけ鶏肉というのは扱いに注意が必要なのである。
狼はひとつ息を吸った後、フッと吐き出す。その吐息は火を含み、枯れ木に着火して枯れ木の山を燃え上がらせた。
「凄いな。火が吐けるのか」
『この程度造作も無い。我の息で嵐でも起こしてやろうか』
「いや、それはまたの機会で頼む」
燃え上がった枯れ木に肉を近づけて肉を刺した木の枝を地面に刺す。後は焼けてから食うだけだ。火がついた事で周囲にも光が漏れ出し、鬱蒼と茂った森の中にノゾムと狼の影を照らす。
程よく焼けた肉に齧り付き、ゆっくり咀嚼すれば肉汁が溢れ、今まで食べた事も無い美味が口の中に広がった。慌ててがっつかないようゆっくり咀嚼し、肉を頬張る。全てを食べきった頃には、ノゾムの腹は満たされていた。
「ふぅ、食った。美味かったな」
そう言うと、再び鳥の死体へと取り掛かり、刺したままの短剣で皮を剥いでいく。
『どうした。もう食ったのではないのか』
「いや、これだけの鳥だ。もしかしたらこの羽根だけでも売れるかもしれない。そうしたら金が入る。金が入れば人里に行った時色々と便利だからな」
『ふん、そういうものか。我はもう寝る。貴様も頃合になったら寝ておけ。明日は朝から森を走るからな』
「あぁ、分かった」
焚き火から少し離れて丸くなった狼の傍で、ノゾムは黙々と鳥の皮を剥ぎ続けた。
◇◆◇ ◇◆◇
そして翌日。前日の宣言通り狼はノゾムを朝から背に乗せて、森の中を駆け抜けていた。自動車などよりもずっと速く、しかも足元はは草木の生い茂るでこぼことした道とも言えない土だ。そんな中なのに何の労も感じず颯爽と森を駆け抜けるこの狼はやはり凄い生物なのだろう、とノゾムはぼんやりと考えていた。
森の景色は昨夜休憩した場所から変わり、少しずつ木々の間から差し込む太陽の光の量が増えているように感じられる。また、時折動物のものと思われる形跡やその影も見受けられた。森の奥ではあまり見受けられなかった動物の影だが、恐らく『そういうもの』なのだろうと理解する。
この森ははっきり言って広い。このエンシェントウルフは何の問題も無く、恐らくノゾムを乗せていなければそれこそ風の如く森を駆け抜けたであろう事は明白ではあるが、他の、普通の動物からすれば、この森は広く、そして恐ろしい。どのような捕食者が居るか分かったものではないし、このエンシェントウルフという明らかに森の中でも最上位に位置するだろう生物の傍に生息していたのでは、あっという間に餌になってしまう。だから他の生物は程ほどに、自身の身が守れる、自身の身を隠しやすい適度な場所に生息しているのだろう。
それにしても、エンシェントウルフの背に乗り、この速度で駆け抜けているというのに、未だ森の終着点は見えない。広い広いとは思っていたがそれが本当にどの程度なのか、底が見えなかった。
その日は結局丸々を森を駆け抜ける時間に費やし、再び川沿いの適当な場所で夜を明かす事となった。
次の日、再びエンシェントウルフの背に乗って森を駆け抜ける。いや、駆け抜ける背中にしがみついている。本当にそれだけが、ノゾムのやるべき事だった。
そうしてしがみついている事数時間。太陽の昇り方からして恐らく昼程度の時間になると、森の様子が一層変わってきた。草木の密度が減り、太陽の日差しがちゃんと差すようになってきた。
もうそろそろ森を抜けるかな、と思った所で、エンシェントウルフは足を止めた。
『降りろ。ここまで来ればもう人の子の足でも今日中には群れの集まる場所へ着くだろう』
「そうか。分かった」
伏せたエンシェントウルフの背から飛び降り、ノゾムは地面を踏みしめる。足場は森の奥深くよりかなり踏みしめやすく、恐らくある程度の動物や、もしかしたら人も通っているかもしれない獣道、といった具合の場所だった。
「ここまで案内してくれてありがとう。本当に助かった」
『腐肉喰らいになられても目覚めが悪い。ただそれだけだ』
「それでも、ありがとう。おかげで生きていけそうだ」
ノゾムはそう言うと、川が流れている脇へと進み、下流側へと向かって歩き出す。
「それじゃあ。また会う事があったら礼でもするよ」
『その時は今よりマシな状態で来い。餌を持って来い』
「食い物か。まぁアンタの好きそうなものがあったら持って来るよ。じゃあな」
背中越しに手を振りながら、ノゾムは歩き出す。実にあっさりとした別れであったが、これでいいと思っていた。相手はエンシェントウルフ、恐らくこの森で最上位の存在。本来であればノゾムの事など放っておいても誰も文句を言わない存在だ。それがここまでノゾムを案内してきた事は、本当に死なれるのは目覚めが悪い思っていただけなのだろうと思う。そこに情は無く、森の生活に影響が出ないようにしただけだ。思い入れも何も無い。だが、それでいいのだ。
そう納得し、川沿いの道を歩く。少しだけ背後を振り返ると、もうそこにエンシェントウルフの姿は無かった。
それから三時間ほど、日の光が夕焼け色に染まり始めた頃に、ノゾムはやっと森を抜ける事が出来た。
周囲を覆う木々の道から抜け出すと、そこには川沿いに畑が形成されており、なるほど人の生命の息吹が感じられる景色が広がっていた。
広大な畑と、畑の間に建てられたような家屋。そしてその奥には石造りの塀で囲われた場所があった。
あそこが恐らく、街。
この世界に来てから初めて訪れる街に、この世界に来て三日経ち、ようやく到着出来た。ただエンシェントウルフの背に乗っていただけ、ではあるが、それでも文明を感じない森の中で唐突に三日も放たれたのでは、精神的にきついものがあった。だがこれでやっと、文明的な生活が出来るだろう、と思うと感慨深いものがある。
この世界、未だ子供の身になってしまった事でそれほどの知識がある訳でもない。だが何とか生きていこう。
頼れるのは今はこの身一つだけ。ならばそれに相応しい生き方を。
決意を胸に、街への道をノゾムは歩き出した。
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5/10 21:30 ご指摘により改行修正。ありがとうございます。




