第6話 交流:ランチタイム
午前中の必修授業が終わるとランチタイムとなるのだが、僕は学園の素晴らしいシステムを体験することになってしまった。
何が素晴らしいか?
それはご飯がタダで食べ放題ということだッ!!
生徒は学園別館一階にあるレストランを自由に利用することができるのだが、レストランには作り立ての料理がこれでもかと大皿に乗せられて並んでいる。
生徒はトレイとお皿を手に取り、並んでいる料理を好きなだけ取っていいらしい。
なんだここは、天国なのか?
「うわぁ……。どれも美味しそうだなぁ……」
思わず涎が出そうになってしまうほど。
肉料理だけでも四種類あるし、スープも色んな種類が用意されている。
毎食食べているパンでさえ、五種類以上のパンがそれぞれバスケットにこんもりと盛られているのだ。
他にはサラダ、デザートに小さなケーキまで。
こんなところ、ウチのチビ達が見たら悲鳴を上げてしまいそうだ。
というか、僕も悲鳴を上げそう。
「食い溜めすれば食費が浮くかも」
たくさん食べて夜は少なくすればいい。浮いたお金でチビ達にお菓子の一つくらいは買ってあげられそうだ。
そうとなれば、と僕は次々に料理をお皿へ盛っていく。
「……詐欺師の上に大食いかよ」
どこからともなく聞こえた声に、僕は身を固めてしまった。
恐る恐る声の方へ視線を向けると、周囲にいた数人が僕を嫌そうな表情で見つめている。
あれは汚くて痩せ細った野良犬を見るような目だ。
いたたまれなくなってきたタイミングでスッと僕の前に割り込んできたのは、背が高く短髪の男子生徒。
制服の上からでも分かるくらい体が大きい。
「君は本当に学長の弟子なのか?」
何ともストレートな質問である。
同時に彼の顔には純度百パーセントの『疑い』が浮かんでいた。
「そ、その、一応……」
何とか返事を返すと、男子生徒の眉間には深い皺が寄る。
「先ほどの授業で種火しか使えないと言っていたが、それは真実か?」
「は、はい……」
返事を返す度、彼の眉間の皺が深くなる。
「もう一度聞こう。君は本当に学長の弟子なのか? 殿下のお傍に――」
「カイル、何をしているんだい?」
男子生徒の声を遮ったのは、爽やかな笑みを浮かべるゼイン殿下だった。
その後ろには護衛役でもあるアルバルド様の姿も。
「君、何を疑っているのかは知らんが、彼は間違いなく学長の弟子だよ。私と父は彼女から直接説明されたからね」
殿下は男子生徒に「僕のことは信じられないかな?」と笑みを浮かべたまま問う。
「いえ、とんでもございません……」
「なに、人には何事も初めてがあるものさ。どんな高名な魔術師だって最初から大魔術を使いこなせたわけではあるまい」
偉大な魔術師にだって初めてはあった。初心者と呼ばれる時期はあった。
故に、僕もそれと同じだと。
「ゆっくりと見守ってあげたまえよ」
「は、ハッ!」
男子生徒は殿下に綺麗な騎士礼を見せる。
「カイル、一緒に食べよう。君の話を聞かせてくれないか?」
「は、はい!」
僕は既に取り終えた料理で満足することとし、慌てて殿下達の後をついて行く。
「……すまない、彼も悪い人間ではないんだ」
僕の横に並んだアルバルド様が小さな声で言った。
「い、いえ、僕自身も過分な評価を頂いていると思っているので」
苦笑いを浮かべながら言うと、アルバルド様は「そうか」と表情を変えずに頷いた。
殿下の後について行くと、辿り着いたのはテラス席。
そこには既にクロフト様とホープライン様もいて。
「Sクラスは一緒に食べようと約束していてね。カイルも加わってくれると嬉しいな」
「も、勿体ないお言葉です……」
爽やかな笑みを浮かべる殿下の後ろからペカーッと後光が放たれていらっしゃる。
「さて、食事の間にカイルのことを聞かせてもらおうじゃないか。実は私達全員が君に興味津々でね」
「ぼ、僕にですか」
「そうだとも。史上三人目のアレテイア・ホルダー確実となれば、私達以外も興味を抱くと思うがね」
殿下はチラリとレストランの室内をガラス越しに見やる。
「特に私のような王族の一員であれば猶更だ。魔法使いに一番近い存在と呼ばれるアレテイア・ホルダーは国にとって最重要人物。それはどの国も変わらないよ」
殿下曰く、アレテイア・ホルダーとは魔術に関する技術面でも大きな恩恵を与えてくれる存在。
それ以上に、国防に関しては最上級の『抑止力』になり得るとも語る。
現に我らがクレセル王国が他国からの侵略を受けていないのは、風の魔女と呼ばれるマリューさんの存在が大きいらしい。
「ところで、貴方はこれまでどう過ごしておりましたの? 学長と出会った経緯は?」
クロフト様に問われ、僕は自分のことを語っていく。
孤児であること、仕事をしていたらマリューさんに見つけられたこと、学園に入学するまでの経緯を全て。
「……確かに今の状況に戸惑いもしますわね」
「あはは……。急に色々言われちゃいましたからね」
クロフト様は苦笑いを浮かべるが、僕の笑顔はぎこちなかったと思う。
「本当なら冒険者ギルドの準職員試験を受けてお金を稼ごうと思っていたんですが、マリューさんから学園内でもアルバイトで稼げると聞きまして」
なんちゃらホルダーという称号よりも、そっちが決め手でしたと素直に告白する。
「ん? カイルは金を稼ぎたいのか?」
「はい。孤児院にいる子供達のためにも」
僕はいつものように言ったつもりだったのだが、この言葉を聞いた瞬間に殿下の眉間に深い皺が寄った。
「……孤児院では常に何か不足している状態が続いているのか? 満足に食事も摂れない状況もあるのか?」
たぶん、殿下は勘違いなさったのだろう。
僕は慌てて否定した。
「い、いえ! そういうわけではありません! 孤児院ではちゃんと満足に食事を得ることができますよ。ただ、子供が欲しがるようなオモチャや本、お菓子なんかは自費で買うのがルールなので」
当然、チビ達も街で他の家の子と触れ合う機会はある。
そこで自分の境遇と比べてしまい、どうしても自分達は「孤児だから」と現実を受け止めなきゃいけない場面が生まれてしまう。
自分達は違う。他の家の子よりも劣っている、下にいるんだ、と。
そう感じてしまう瞬間は必ず訪れる。
「……僕もありました。子供達も既に経験していると思います。だけど、そんな経験は少ないほどいいと思うんです」
だから、僕はお金を稼ぎたい。
それぞれが孤児だったとしても、血の繋がっていない間柄であったとしても、あの孤児院で暮らす僕らは確かに家族なのだから。
「貴方は立派なお兄様ですわね」
優しく微笑んでくれるクロフト様と何度も強く頷いてくれるホープライン様。
アルバルド様も静かに頷いて下さった。
「……なるほど。王族の一人として真摯に受け止めよう」
「え!? いや、今の状況に文句を言っているわけじゃないんですよ!?」
またしても慌てて否定するが、殿下は首を振る。
「いいや、私達王族は国民全員が幸せに暮らせるよう努力する責任がある。だが、恥ずかしくも今の私は国民全員の生活を全て理解しているとは言い難い」
殿下は真剣な顔で僕の目を見て――
「カイル、だから私に教えてくれないか? 学園で共に過ごす間、君達がどのように育ってきたのか、どのように毎日を過ごしているのかを」
「お、教える、ですか?」
教えるのはいいのだが、説明している最中に不敬を働かないか不安だ……。
「もしかして、私と話すことで無礼を働かないかと心配しているのか?」
「え”!?」
まるで心の中を読まれたかのように。
マリューさんにも言い当てられたことがあるけど、もしかして僕って顔に出やすいのか……?
内心焦りまくっていたのだけど、殿下は更に予想外なことを口にした。
「ならば、私と友達になろう」
殿下は「名案だ!」とばかりに爽やかな笑みを見せる。
「友達なら言葉遣いも気にせず雑談もするし、その過程で身の上話もするだろう。家のことだって話すはずだ。時には遠慮無しに冗談だって言い合う。それが友達という間柄ではないか?」
「いや、あの、僕は本当にご無礼を働くかもしれませんよ? 孤児院育ちに礼儀や作法を学ぶ機会もありませんし」
「君は本物の無礼者とは違うよ。そして、そんな人間にはならない」
フフッと笑いながら、殿下は確信を得ているかのように言った。
「どうだ? 私と友達になってくれるか?」
そこまで言われてしまうと、僕はもう苦笑いするしかない。
「よろしくお願いします、殿下。でも、僕が冗談を言っても死刑だけは勘弁して下さいね?」
「ははっ! 司法省に伝えておかなければな!」
入学初日、僕は王子様と友達になった。




