第5話 授業:魔術基礎
高貴なるクラスメイト様達との自己紹介が終わると、さっそく授業を受けることになった。
最初の授業は『魔術基礎』である。
右も左も分からない僕はマリューさんから「とりあえず、魔術基礎を受けとけ」と事前に言われており、学園に慣れてきたら興味のある授業を取ってみろ、とも言われているのだけど。
「問題はどこの教室で授業が行われるかだ……」
自己紹介が終わって解散となった後、マリューさんはさっさと教室を出て行ってしまった。
まだ教室の中には殿下達も残っているが、オーラが眩しすぎて聞けない。
マリューさんから与えられた魔術基礎の教本を机の上に出して「うむむ」と悩んでいると――
「午前中は魔術基礎の授業がありますけど、貴方も今日から授業を受けますのよね?」
「えっ!? あ、はい」
隣に座っていたリゼ・クロフト様に声をかけられた。
「そう。教室の場所、お分かりでして?」
「い、いえ……」
「なら、私が案内して差し上げますわ!」
クロフト様は「フフーン!」と自信たっぷりに立ち上がりながらエプロンを外しだす。
彼女が鞄から教本を取り出したところで。
「あ、今日は座学じゃなく実技でしたわ」
「実技、ですか?」
「ええ。先日教わった魔術式の構築と詠唱を試すという内容でしたわね」
先日の授業では第二階梯攻撃魔術『ファイアアロー』の魔術式と詠唱を教わる座学が行われたようだ。
本日はそれを実際に試してみましょう、ということで魔術訓練場という場所に集合する予定らしい。
と、ここで僕は一つの疑問を抱く。
「この学園に入学する方々は皆、魔術師としての訓練を既に終了しているものだと思っていました」
特に上のクラスに在籍する人達は。
殿下はもちろん、貴族家の皆さんは家で家庭教師を雇って勉強済み――なんてイメージがあるのだけど。
「半分はそうかもしれませんわね。ただ、必修授業はどの授業も全クラス入り混じって行われますのよ」
魔術基礎は学園の必修授業となっており、初心者熟練者問わず必ず授業を受けなければならない。
――ああ、そういえば学園は必修授業と選択授業の二種類があるって言ってたっけ。
必修授業は全員強制参加となっており、必修授業のテストを落とすと最悪落第になるって話だ。
選択授業の方は特に制限はなく、自分のなりたい将来に合わせて授業を選択するといった感じ。
基本的にどの授業も最初は初心者に合わせて行われるが、熟練者にとっては復習と確認の授業としての認識がなされているらしい。
「ということは、殿下方も?」
「ああ、私達も受けるよ。実は楽しみにしていてね」
へぇ~。
殿下って魔術の実技授業が好きなんだ~。
やっぱり、日々のストレス発散に魔術をぶっ放したい! みたいなお考えがあるのかな?
「風の魔女たるマリュー殿の弟子、君の魔術が見れるからね」
「ゲ――」
ゲェー! という悲鳴をギリギリ耐えた。
「ゲ?」
「ゲ、げ、現実は~……。そう、師匠のようにはなかなか……。ハハッ……」
どうにか誤魔化せただろうか……?
「まだまだ師から学んでいる最中ということだろう? それは承知しているよ」
ただ、と殿下は言葉を続ける。
「あの風の魔女が唯一弟子と認めたのだからね。やはり、興味を抱いてしまうじゃないか」
殿下曰く、風の魔女と呼ばれるマリューさんの元には毎日のように『弟子入り希望』の人間がやって来るらしい。
しかし、彼女はそれを即座に拒否。
会話すら無駄、と言わんばかりにお断りしているようで。
「魔女にフられた魔術師は星の数ほどいる、と世間では言われているようだ」
大の大人がチビッ子エルフにフられる姿というのは、想像すると――なんだか犯罪臭がしてくるな。
「というわけで、じっくり見学させて頂こうじゃないか」
「は、ハハッ……」
期待外れだ、なんて言われないだろうか?
むしろ、そう言われて自分の評価が下がった方が今後は楽に過ごせるかもしれないとさえ思ってしまった。
◇ ◇
魔術とは、魔術式を構築することで現実のものとなる。
これが魔術の絶対的な基本だ。
次に魔術式だが、こちらは魔術の『設計図』と言えるものである。
魔力を用いて描く二重円の中に「どんな魔術を現実にするか」を明確化し、魔術式が可視化、最後の対象魔術の行使に必要な魔力を注入することで発動――というのが一連のプロセスだ。
昔の魔術師はこれを独自のスタイルで行っていた。
ある者は二重円の中に文字だけを描くことで魔術を行使し、またある者は二重円じゃなく四角い枠の中に設計図を描くといった手法をとっていたという。
オリジナリティ溢れる時代は魔術の黎明期と評価されているが、時代を経て魔術が身近な存在になっていくにつれて『規格化』されていく流れが強くなっていく。
単純に世界が多くの魔術師を必要とした歴史的背景もあるのだろうが、人類は「誰でも使えて、一定の効果を生み出す」という魔術の規格化に熱を注いできた。
その結果、生まれたのが『テンプレート』と呼ばれる魔術式。
偉い魔術研究者達があーでもない、こーでもないと議論を重ねた結果「これなら誰でも使いやすいし、誰もが想定する効果を生み出せるよね」というテンプレート魔術式が誕生したわけである。
現代に生きる魔術師のヒヨコ達はテンプレートを暗記するところから始まり、習得したテンプレートの数が多ければ多いほど『優秀な魔術師』として評価される傾向にある。
加えて、近年ではテンプレートの習得を補助する『詠唱』という技術が開発された。
詠唱とは対象とする魔術式に関連する特定のキーワードを口にすることで、魔術式の構築を補助するもの。
テンプレートの特徴をキーワードとすることで、記憶している魔術式を連想しやすくする――語呂合わせみたいな手法と言えばいいだろうか。
「現代の魔術師はそれら二つを駆使することで魔術を行使しており、最近の学会発表では完全に魔術式を記憶していなくても、ある程度は詠唱による補完が可能という研究成果が出ています――と」
――学園の裏手にある巨大なドーム型施設、魔術訓練場で実技授業を受ける僕は教本の中身を必死に読んでいた。
「次のページにあるのが前の授業でやったファイアアローのテンプレートってことか」
ページにはファイアアローのテンプレート魔術式がデカデカと記載されており、隣のページには魔術式の解説と詠唱も記載されている。
「火の矢よ、穿て――が詠唱なんだ」
確かにファイアアローの特徴を捉えている、と言えばそうかもしれない。
いや、そのまんますぎるとも言えるのか?
しかし、攻撃魔術の中で初歩に位置するファイアアローならこの程度なのかも。
「……魔術式が難しすぎる。これ、みんな暗記してるの?」
二重円の中には単語やら数字やらがズラっと並んでおり、この形をそのまま覚えろっていうのは一日二日じゃどうにもならないレベルだ。
「なのに、みんなビュンビュン飛ばしてるし」
貴族っぽい生徒はもちろんのこと、その中に混じる平民であろう生徒もみんな揃ってファイアアローを的に向かって撃っている。
「ただ、飛んでいくスピードや矢の形が違うだよなぁ」
シャープな矢の形をしたファイアアローもあれば、ちょっと鏃の先が丸まっているように見えるファイアアローも。
ビュンと一瞬で的に到達するファイアアローもあれば、若干ながら弧を描いて的へ到達するものも。
「違いが出るのはテンプレートを正確に習得しているかどうか、ですわね」
「そうなんですか?」
いつの間にか隣にいたクロフト様に問うてみると、彼女は腕を組みながら頷く。
「魔術の精度はともかく、詠唱のおかげで暗記が曖昧でも形にはなりますわ。これはこれで技術の進歩とも言えますわね」
ただ、詠唱とテンプレートが完全に一致していないと歪になる。
魔術としての効果を百パーセント発揮できるかという点に関しては、やはり術者の訓練度次第ということなのだろう。
「次、貴方の番ですわよ」
「あ、はい!」
どうしよう、魔術式なんて全然覚えられなかったぞ。
内心焦る僕は講師の魔術師へ素直に状況を伝えると――
「ああ、大丈夫。君の話は聞いているよ」
「え?」
「学長から通達されているからね。我々が見たいのは君のファイアアローじゃない」
じゃあ、何だろう……って、決まってるか。
「本当に魔術式無しで魔術が行使できるのかい?」
講師の人がそう言った瞬間、他の生徒達がザワッとした。
中には「もしかして、あの人が学長の弟子?」とか「新しいホルダー候補っていう?」なんて声も聞こえてきて。
「はい。……種火だけですけど」
「種火? 他の魔術は?」
「使えません。種火だけです」
暴露した瞬間、また後ろがザワザワっとなる。
『種火? 初歩も初歩の?』
『攻撃魔術でもないじゃん』
なんて、みんなの囁き声が耳に届く度に僕の胃がキリキリと悲鳴を上げていく。
「まぁ、どんな魔術でも問題ないよ。さっきも言ったけど、見たいのはそこじゃないからね」
講師の人は「さぁ、どうぞ」と。
「じゃあ、やりますね」
意を決して――ペッと種火を指先から生み出す。
「……本当に魔術式を構築していない」
最初に声を漏らしたのは殿下だった。
次に講師の人が「スゲェーッ!」と大興奮。
後ろもザワザワ。
「カイル、もう一度やってみてくれないか?」
「え? あ、はい」
より近くで見たいのか、殿下は僕の隣に立つ。
逆側にはクロフト様が位置し、彼女は殿下よりも顔を僕の指先に近付けて。
「いきますね」
ペッ!
「……本当に指先から種火が出ていますわ」
「魔術式から発射される魔術を見慣れているせいか、とんでもなく不思議に見える」
クロフト様と殿下がそれぞれ感想を口にすると、アルバルド様とホープライン様も同様に驚いた表情で僕の指先を凝視していた。
「連続でできるのかい?」
「はい、できますよ」
殿下の要望通り、僕は種火を連続で生み出す。
ペペペッとね。
「他は!? 魔術じゃなくとも、何かできますの!?」
大道芸でも見たかのように、若干興奮気味のクロフト様に苦笑いを浮かべてしまう。
「魔術じゃないんですけど、うちのチビ達に見せると喜ぶものなら」
そういって、僕は人差し指をぴんと立てる。
その先にリンゴサイズの火の玉を生み出し、徐々に形を変えていき――
「ねこ!」
火の玉を猫の形に変えてみせた。
「すごいですわ! 本当に猫の形!」
「おぉ……」
これにクロフト様も殿下も満足してくれたのか、驚きながらも火の猫をまじまじと見つめている。
「すごい。猫の毛並みまで本物のようだ」
「この猫、孤児院の傍で暮らしている子なんですよ」
孤児院のすぐ近くにある裏路地。
その裏路地を縄張りにする猫のニャーコだ。
最初は何となく猫の形かな? くらいのクオリティだったけど、チビ達をもっと喜ばせたくて餌を上げる代わりに観察させてもらったおかげで、尻尾の先まで正確に再現できるようになった。
一瞬だけでも目を離すとどこかへ行ってしまう子だったので、観察するのはかなり大変だったなぁ。
「あの、先生。これくらいでよろしい――」
皆様に注目されるが恥ずかしくなってきたので講師の人に声をかけたのだが、講師の人はいつの間にか口から泡を吹いてぶっ倒れていた。
「せ、先生!?」
「た、担架ー!」
他の講師が医務室へ運んで行く様を見送っていると、僕の背後から小さな声で聞こえてくる。
『……なんか、ホルダー候補というより大道芸の人みたいだったね』
『もっとすごい魔術を使ってくれるかと思ってた』
『あんなのが殿下と同じクラスなのか』
声のする方をチラリと見たが、誰が口にしたかは分からない。
『実は詐欺師なんじゃないの?』
鋭い刃物のような視線と共に漏れる声は予想以上に辛いものだった。




