青い月に惚れた!
俺の名前はコタロー。会社の飲み会でなぜか最後まで隣の席が埋まらないが、そんな寄せ付けないオーラが滲み出てるのかい? ふっ、できる男は辛いぜ。
しかし始発の満員バスで二人掛けの椅子に立ち乗り客がいても、俺の隣だけはずっと空いているのは何故なんだ? クンカクンカ、何か体臭でも臭うのだろうか? そう言えばインド出張に行ったとき、地元料理が怖くてカレーばっかり食ってたら二日目に身体からスパイシーな香りがしてたっけ。これがホントのかれい臭? なんちって。
そんな俺の週末の楽しみは一人でオーセンティックなバーに行くことだ。ちょうどその日は月の青い夜だった。寂しい? 寂しくなんてないやい。しかし、どうしても青いカクテルが飲みたい夜だった。君も男だったらわかるだろう?
いつもの木製ドアを開け、煙草の煙たゆたう店内へと足を運ぶ。カウンターだけの店内。人気のバーはちょうど1人分だけ席が空いていた。ツイてる男は違うぜ。
「いらっしゃいませ。今日は何になされますか?」
「ブルームーンを」
若いながら自分の腕に確かな自信を持っているマスターにお互い一瞬の非日常的な気取ったやり取りを交わす。これぞ1人バーの醍醐味ってやつだな。
そして待つことしばし、コースターの上に置かれたブルームーンはなぜかオレンジ色だった。あっ、あれ?
「これ、青くなくない?」
思わず聞く俺に、マスターはしたり顔で、
「ブルームーンはジンとパルフェタムールのカクテルなんですが、本当の着色料の入っていないのはこの色なんです。だから、わかるお客様にはこちらのほうが喜ばれるんですよ」
と、勝ち誇ったような顔でうんちくを垂れる。
えーっ? 俺は今日、青いカクテルが飲みたかったんだよおぅ。どうしてくれんだよお前? 俺のこの憤り。
そのまま不満を言うのも大人気ない俺は、3日前に覚えたてホヤホヤ、明後日には忘れること必至の知識を持ち出し、
「これって、東雲色だよね」
とマスターに同意を求めるように投げかけた。
当然、意味を介さないマスターは戸惑ったような表情を浮かべる。ふっ、勝ったな。
そのときだった。隣に座っていたスキンヘッドに深緑のTシャツを腕ぱっつんぱっつんの筋肉で着こなす葉巻をくゆらせたお髭でダンディーなオッさんが、
「東の雲の(朝日に染まった)色と書いて……、東雲色っていうんだよね」
と、渋いローボイスでつぶやかれた。
えっ? 何なのこのオッさん? 俺が3日前に覚えたホヤホヤの浅知恵にどんだけ博識なんだよ? しかもこの時代にリアルで葉巻なんかくゆらせちゃって、こ、こんなん
『惚れてまうやろーー!』
何というオッさんだ。危うく違う扉が開きそうになった俺はつい思わず
「よ、よくご存知で……」
と話しかけるも、海坊主のオッさんは華麗にスルーし、俺の存在など無いようにまた自分の世界へと浸っていった。
そんなことがあったもんだから、俺は数ある日本の伝統色の中で東雲色だけは忘れられないでいる。
えっ? そのオッさんともっと仲良くなればって? ノンノン、もし俺が女に生まれてきたならいざ知らず、あんたブルームーンのカクテル言葉知ってるかい?
そいつは「無理な相談」なんだぜ。
君の瞳に乾杯!
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