クマのいない朝
美味しすぎた。
トーストにスクランブルエッグを挟んだホットサンド。見た目がとってもシンプルなのに、これほど美味しいとは思わなかった。厚切りトーストを斜めに切り、断面にまっすぐ切り口を入れてたっぷりとスクランブルが詰め込まれたホットサンド。見た瞬間に味が想像できたが、実際の味は想像を軽く飛び超えていった。
たまごが美味しい。もう、すごく美味しい。そしてトーストの焼き具合と、バターの塩味がちょうどいい。私は一口食べて衝撃を受けてから、無言になり夢中で食べ続けた。
モーニングセットの内容は、ホットサンドが二切れとカット野菜を小鉢に入れたサラダ。それからウサギの耳をつけたリンゴが二切れ小皿に乗ってやってきた。まさかこんなシンプルな朝ごはんに心を鷲掴みされるなんて、クマは本当にいい店を見つけてきたなと思う。
そういえばクマもさっきから何も言ってこないので、私は一つ目のホットサンドをきっちり食べ終えてからクマを見た。するとクマの前にはもう空っぽのお皿しか残っていなかった。
「美味しかったです!」
満面の笑みのクマ。昼間の太陽のように眩しく満足そうな笑顔を見て、思わず私は笑ってしまった。
「美味しくてつい夢中で食べちゃいました。でも、なかなかボリュームがありますね」
そう言ってクマはふぅと軽く息を吐いた。
「たしかにたまごがしっかり詰まっていてお腹に……ちょっと、あげないわよ?」
クマの意見に同意しながらサラダをしゃきしゃき食べていると、クマがじーっと私のホットサンドを見つめていたので、つい釘を刺してしまった。
クマは「そんな、食べませんよ」と、口では言っているけれど、目は左右にふよふよと泳いでいた。こいつ、もらえたらいいなーと考えていたことがばればれである。
「お待たせしました、ホットコーヒーです」
私がクマに「食べたいなーと思っていたくせに」と、言いかけた時、音もなくホットコーヒーが二つテーブルに現れた。私がそっと見上げるとやっぱり大きなフクロウがいた。いや、貫禄があるからフクロウさんか。
さっき私たちにホットサンドを持ってきてくれたのもフクロウさんだった。クマとお話していると、ふっと目の前のテーブルにホットサンドが現れたのだ。私もクマもびっくりして、二秒ほどフリーズした。ハトさんだと運ぶのは大変そうだなあと思っていたが、要らぬ心配だったようだ。ホール担当が別にいたのだ。いたけれど、なにこれ、隠密かよ。
「何かございましたら、お気軽にお声がけくださいませ」
フクロウさんは渋い声でそう言うと、音もなく店の奥へ消えた。スマートだ。スマートだけど私が今まで見てきたのと少し違うスマートさな気がする……というか、これはスマートと言っていいのだろうか?
「フクロウさん、かっこいいですね! スマートな大人の男性って感じがして憧れます」
目をキラキラさせて話すクマ。そんなクマを見て、うん、スマートで正解みたいだなと思いつつ、私は「そうね」と返しておいた。
喫茶店のコーヒーはとても美味しかった。クマが出してくれるコーヒーも美味しいけれど、また違う味だった。ほろ苦さの中に微かに酸味と甘味がある、そんな味だった。
「なんの豆を使ってるんだろう? すごく美味しいし香りもとってもいいですね」
目を閉じてうっとりと香りを楽しむクマ。クマは気づいていないのだろう、クマの後ろに、ついさっき帰っていった若いシェパードのカップルが使った食器を回収しに来たフクロウさんがいることを。そして、そのフクロウさんがクマの感想を聞いて嬉しそうに目を細めて頷いているのを。
「どうしたんですか?」
私が堪え切れずに少しにやけてしまったので、クマに聞かれてしまった。私が返答に困っていると、フクロウさんは何食わぬ顔で音もなく店の奥へ消えてしまった。
「今ね……いや、うん、なんでもない」
「そんな! 絶対に何かあったでしょう」
「ないわよ」
「そんなー」
クマはぶーっと頬を膨らませて、不満そうな顔をした。なんて不細工で可愛い顔だろう。私は右手の人差し指でクマのほっぺたをつんとさした……はずだったが、私の指はクマのほっぺたをすり抜けていった。
「あれ?」
私は思わずすっとんきょうな声を出してしまい、そしてその声で私は目が覚めた。私は自分の家のベッドの上で右手を天井に向かって突き出していた。
クマは先週冬眠した。喫茶店に一緒に行こうって言っていたのに勝手に寝てしまったのだ。悩んだけれど喫茶店がすごく気になったので、私は仕方なく一人で行って来たのだ。
喫茶店はとっても素敵だった。ホットサンドもコーヒーもとっても美味しいし、他のメニューも気になる。きっと喫茶店のことを気に入ったから、私は夢を見たのだろう。ちょこちょこ通って私が常連客になる未来が見えた。
でも、次に行くのはちょっと先になるだろう。喫茶店、とっても素敵なお店だったけれど、常連になるのは今じゃないし、私一人じゃないと思う。
「早く春が来たらいいのに……」
冬の冷たい部屋の中、私の独り言が虚しく響く。




