第十六話 謁見
ついに、ガーリア王国国王との謁見の日となった。アキラとミチアは朝から緊張しっぱなしだ。
2人とも、昨夜はあまり眠れなかったようで、眼も赤い。
「そんなに緊張しなくとも、取って喰われることはない」
とフィルマン前侯爵が宥めていたのだが、あまり効果は上がっていないようだった。
今、迎賓館の1室では、フィルマン前侯爵がアキラに今日の謁見について説明していた。
「……ではおおまかな流れを言うぞ。午前9時になったら、王城内にある陛下の執務室へ向かう。そこで陛下と宰相閣下がアキラ殿を待っておられる」
「は、はい」
「謁見の間ではないから、細かな作法は問われぬ。また、陛下と宰相閣下はアキラ殿が『異邦人』であることを承知しているから少々の不手際は大目に見てもらえるはずだ」
「は、はい」
「ミチアも、普段どおりの礼儀作法を心掛けてくれれば大丈夫だ」
「は、はい」
「……」
本当に説明をちゃんと聞いているのかこの2人は、とフィルマン前侯爵も少し心配になるが、幾つか質問をするとちゃんとした答えが返ってきたのでとりあえず安心する。
時刻は午前8時50分といったところ。
「よし、行くか」
フィルマン前侯爵はアキラとミチアを促して立ち上がった。
献上品や説明用の資料は、王城の使用人が運んでくれる。
「さあ、行くぞ」
「は、はい」
アキラとミチアは、フィルマン前侯爵の後について歩き始めた。
* * *
迎賓館から王城までは騎士の護衛がついていた。
そして王城では執事風の衛兵に先導されていくことになる。
長い廊下を歩いて、王城の奥へ。
階段を上り、2階へ。
執務室のある2階に上ると、足下の絨毯が毛足の長いものに変わる。ふかふかだ、とアキラは頭の片隅で考えつつ歩いていった。
その足が止まったのは、とある大きな扉の前。
扉の左右には2名ずつ計4名の兵士が立っている。
「ここが陛下の執務室だ」
前侯爵に言われ、アキラはごくりと喉を鳴らし、もう一度格好がおかしくないか、身体を見回した。
確認が終わる前に扉が開く。
「さあ、行くぞ」
フィルマン前侯爵が扉をくぐり、アキラとミチアもそれに続いた。
事前に注意されたとおり、顔は許可が出るまで上げないよう、足下を見つめながら。
「フィルマン・アレオン・ド・ルミエ、参りましてございます。陛下には変わらずご壮健なご様子、お祝い申し上げます」
まずは前侯爵が挨拶をした。
「本日は、我が領地に現れました『異邦人』、アキラ・ムラタ殿を陛下にお引き合わせし、彼がもたらしてくれたものをご報告するためにまかり越しました」
「フィルマン前侯爵、まことに大儀である。アキラ、面を上げよ。直答を許す」
「……はっ」
アキラは顔を上げ、国王を初めて目にした。
ガーリア王国国王は40歳になるかならず、といった年齢で、一見すると黒に見える濃い焦げ茶色の髪をしており、同じ色の頬ヒゲを蓄えた偉丈夫であった。
髪が黒系統ではあるが、目の色は青であり、彫りも深く、日本人ではないことは一目でわかる。
「余がユーグ・ド・ガーリアである」
「アキラ・ムラタと申します」
もう一度アキラは頭を下げた。
「アキラ殿と申されましたな。私は、宰相を仰せつかっているパスカル・ラウル・ド・サルトルと申します」
宰相は人当たりの柔らかな人物であった。
「よろしくお願い致します」
「この者はミチアと申し、アキラ殿の秘書を務めさせております」
最後にミチアも紹介された。
「ミチアと申します」
すると宰相が、
「ふむ……ミチア……? もしや、ド・フォーレ家の?」
と尋ね、これには前侯爵が答えた。
「はい、かつてはド・フォーレの姓を持っておりましたが、かの家が取り潰されてからは私の下に身を寄せております」
「おお、なるほど、そうでしたか」
このようなやり取りがあったものの、
「さあ、始めよ!」
という国王の一言で、報告会は予定どおりに開始された。
報告は宰相に、という形を取る。国王はそれを横で聞いている形だ。
「まずは一昨年の初夏に、我が領地、すなわちリオンの北部に、アキラ殿が出現しました。最初に出会ったのがこのミチアであります」
アキラの出自から報告が始まった。まずは前侯爵の出番である。
「アキラ殿は技術者であります。特に『養蚕』といいまして、特殊な虫から糸を採る技術に長けております。この後、それについては詳しく報告致します」
まずはアキラの紹介となる。なにしろ、『異邦人』であるから、この世界との繋がりがなく、身元を保証するものとてないのだから仕方がない。
「……と、以上のような行為、功績を踏まえ、私、フィルマン・アレオン・ド・ルミエが彼の後見人となりたく思います」
「ふむ、なるほど。聞く限りにおいては、外国の回し者ではなさそうですな。我が国に害をなすような者ではないと判断できそうです」
宰相が深く頷いた。
「では次に、アキラ殿がもたらしたという技術について聞きましょう」
「わかりました。……アキラ殿」
「はい」
ここから『養蚕』の話、アキラの出番である。
「まず、こちらをご覧ください」
用意したパンフレット、つまり『絵入り養蚕の手引き』を宰相に2部手渡す。宰相はそれを1部、国王陛下に手渡した。
「ふむ、これは……手書きのようで手書きではないですな?」
「はい、後ほど詳しくご説明致しますが、『ガリ版刷り』と言いまして、自分の世界にある簡易印刷技術です」
「ほほう。……続けてください」
「はい。まずは蚕について説明致します……」
アキラはまず、自分の世界から持ち込んだ蚕について説明をした。
宰相も国王も、興味深そうに聞いていたが、サンプルとして王家の紋章を紫色で刺繍した薄紫のハンカチ2枚を献上すると、
「アキラ。……済まぬが、説明をやめよ」
と、国王が口を挟んだ。
すわ、何かやらかしたか、とアキラは身をすくめるが、そうではなかった。
「このハンカチ、えもいわれぬ手触りだ。これだけを見ても、そなたが我が国に大きな益をもたらす者であることがわかる」
と、機嫌よさそうに言う。
「ゆえに、これ以降の話は、余と宰相だけで聞いてはもったいない。パスカル、関係者を全員集めよ。農林大臣、産業大臣、魔法技術大臣、近衛騎士団長はかならず出席させるように」
「はっ、陛下。……午後から、でよろしいでしょうか?」
「うむ、それでよい。場所は小会議室あたりでよいだろう」
国王はてきぱきと指示を出していった
「承りました。……フィルマン殿、アキラ殿。そういうわけであるから、午後1時に小会議室でお話をお聞かせ願いたい」
「は、承知つかまつりました」
「は、はい」
フィルマン前侯爵とアキラはそれを受けざるを得ない。
「では、予定を変更して済みませぬが、午後までまた元の部屋でお待ち願いたい」
「わかりました」
こうして、思いがけず話が大きくなったようである。
お読みいただきありがとうございます。
当分の間、更新は週一回、土曜日10時更新とさせていただきます。 <(_ _)>
20181201 修正
(誤)「まずは昨年の初夏に、我が領地、すなわちリオンの北部に、アキラ殿が出現しました。
(正)「まずは一昨年の初夏に、我が領地、すなわちリオンの北部に、アキラ殿が出現しました。




