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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第3章 王都篇
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第七話 過去

 モントーバンの町に2泊した後、アキラたちの一行は再び王都目指して出発した。

「予定は5日だったけれど、モントーバンの町に2泊したので、途中あと2泊か3泊することになるんですか?」

 アキラは道中同じ馬車に乗っているフィルマン前侯爵に尋ねてみた。

「うむ。2泊だな」

 要は4泊5日で王都に着くということらしい。

 尻の方はクッションで大分楽になったし、道中も3日目ということで少しは慣れてきたようだった。

「……アキラ殿、ところでミチアのことはどう思っているね?」

「……はい?」

 前侯爵から思わぬ言葉が出てきたのでアキラは面食らった。

「どう……とは?」

「いやな、他の侍女連中からは、アキラ殿がミチアを殊の外、気に入っているようだと聞いておるのだが。……違うのか?」

 そう聞かれたら、アキラとしても正直に答えるしかない。

「え、ええと……彼女のことは、好ましく思って……おります」

「おお、そうか!」

 前侯爵は嬉しそうに笑った。

「それはよかった。アキラ殿、ミチアはいい娘だ。可愛がってやってくれ」

「話が飛びすぎますよ!」

 アキラはさらに面食らってしまう。だが前侯爵は構わず話を続ける。

「あの娘はな、没落した子爵家の娘なのだ」

「えっ?」

「そもそも、うちの侍女たちは、皆身元はしっかりしておる。富豪の娘や豪農の娘などだな」

 大貴族や王族の所の侍女は、大体がそうした娘たちで、特に王城勤めでは、行儀見習いのために働いているものが多いという。

 中には口減らしのために働きに出された娘もいるが、それにしたところでしっかりとした身元保証人がいるのだそうだ。

「それで話を戻すが、ミチアは『ミチア・イミングス・ド・フォーレ』というのが正式な名だ。ド・フォーレの家は、先々代、つまりミチアの祖父がだらしのない男でな」

 領地経営が壊滅的に下手で、度重なる飢饉で領民の3分の2が夜逃げしたという。

「当時の国王陛下……今上陛下の祖父君なのだが、非常にお怒りになって、ド・フォーレの家は取り潰されたのだ」

 ミチアの祖父はそれが元で寝付き、失意のうちに世を去ったという。

「ミチアの祖母は儂の従妹だったのでな。ミチアの両親は儂のところで養っておった」

 だが、2人とも流行病で相次いで亡くなったのだという。

 その際、ミチアの母親は幼かった彼女に、フィルマン前侯爵から受けた恩を返すため侍女として仕えるように、と言い残したのだそうだ。

「彼女にはそんな過去が……」

「うむ。ミチア自身はアキラ殿には話さないであろうからな。他の侍女たちも知らぬはずだ。貴殿が彼女を想うのなら、知っておいてやってほしい、と、これは儂の我が儘だ」

「……わかり、ました」

 正直、アキラとしても、ミチアのことは憎からず思っている。

 だが、元の世界への未練が完全に断ち切れたわけではない。

 万が一、億が一の可能性で、元いた世界に帰れるとしたなら。今のアキラは帰ることを選ぶだろう。

 そういう意味において、こちらの世界とのしがらみが増えることは避けていたアキラであった。


「だがな、せがれの奴も言っていたのではないかと思うが、王都に行ったなら、アキラ殿の知識を欲しがる貴族は大勢出てくると思う」

 その時、所謂『ハニートラップ』を仕掛けてくる可能性が高い、と前侯爵は言った。

「ハニートラップですか……」

「うむ。要は、自分の娘をめあわせようとする輩が出てくるだろうということだな」

「……正直、迷惑なんですが」

 アキラがそう言うと前侯爵は笑った。

「ははは、そう言うだろうと思っておったよ」

 そのための玉除けとしても、ミチアをそばに置いておけ、と前侯爵は言った。

「アキラ殿がその気なら、侍女ではなく秘書兼婚約者にしてもいいのだが」

 その場合、ミチアは侯爵家の養女とする、とまでフィルマン前侯爵は言った。

「そ、それは……」

「まあ、今すぐ決めろとは言わん。だが、王都に着けば遅かれ早かれ決めねばならんぞ」

「……わかりました」

 貴族社会は面倒だなあ、と密かに溜め息をつくアキラであった。


*   *   *


 ド・ルミエ侯爵領を出たあとはド・ロアール伯爵領となるらしい。

「泊まるのはプロヴァンスという町だ。そこには領主のバスチアン・バジル・ド・ロアール伯爵がいる。彼はせがれの友人なのだ」

「そうなんですか」

「年も近くてな。領地が隣同士ということもあるが、一番は、せがれの妻がバスチアンの妹だということだ」

 友人であり、義理の兄弟ということになるわけだ。

 バスチアン・バジル伯爵の方が2歳年上で、なおかつ妹が嫁いでいるので、レオナール侯爵は義理の弟ということになる。

「せがれは文官肌だが、バスチアンは武官肌でな。一朝事あらば王家の盾にもなる男だ」

「はあ……」

 これまでアキラが出会った貴族は皆文官系の者ばかりだったので、フィルマン前侯爵がそこまで言う武官肌の人物とはどんな男なのか、少し興味が湧いた。

 そんなアキラの思いを察したのか、

「嫌でも今夕、顔を合わすと思うぞ」

 と前侯爵に言われてしまったアキラであった。


 それからは、前侯爵からこの国……ガーリア王国について少し話を聞く。

 350年ほど前に建国されたとか、150年くらい前までは戦乱が絶えず、隣国のゲルマンス帝国や反対側の隣国、ブリタニー王国と仲が悪い、とか。

 ここ100年は平和条約の締結や国家間の貿易などが進み、少なくとも表面上は平和である、とか。

 ブリタニー王国の現国王は『女王』マーガレット・マージョリー・スチュアートであること、とか。


 大まかではあるが、そうした各国間の関係がわかると今後の行動にもいい影響があるだろう、と前侯爵は笑ったのだった。


*   *   *


 その日の夕方にはプロヴァンスに着いた。ほぼ同時に雨が降り出す。

「道中で降られなくて幸いでした」

 とは、御者の言葉。未舗装の街道では、ぬかるむと馬車の速度が遅くなるうえ、外にいる御者は辛いので雨は敬遠されるのだ。


「もう雪になることはなかろう」

 馬車の窓から御者と言葉を交わしていた前侯爵が言う。

「はい。このあたりまで来れば、今の季節でも雪にはなりますまい」

 標高と緯度、両方が下がったため、気温も少し上がっているようだった。

 ふと思い立って馬車内の温度計で見ても、15度Cとなっていたので、これくらいなら雪にはならないのだろうな、とアキラも安心したのである。


 宿は当然ながら領主バスチアン・バジル・ド・ロアール伯爵の館である。

「バスチアン殿、久しいな」

「はっ、前侯爵閣下!」

 玄関前にはバスチアン伯自らが一行を迎えに出ていたのである。

 そして武人らしいきびきびとした態度で使用人たちに前侯爵一行をもてなすべく指図をしていた。

 その様子を見たアキラは、武官肌という言葉に抱いていた先入観を打ち壊された気がした。

 もっとごつくてがさつな人物を想像していたのである。

 だがバスチアン・バジル伯爵は、優雅さはあまり感じられないものの、仕草や態度の端々に誠実さを感じる人物であった。


 そしてもう一つ、アキラが驚いたこと。

 この館には、お湯が溢れるほど湛えられた風呂があったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は10月21日(日)10:00の予定です。


 20181020 修正

(誤)失望のうちに世を去ったという

(正)失意のうちに世を去ったという

(誤)玉避け

(正)玉除け


 20181028 修正

(誤)所謂『ハニートラップ』を仕掛けてくる可能性が高い、と前侯爵は行った。

(正)所謂『ハニートラップ』を仕掛けてくる可能性が高い、と前侯爵は言った。

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― 新着の感想 ―
[一言] そんなに帰りたいなら繋がりを持たなきゃいいだけ。そもそも論として時空間とか召喚系を研究すればいい。
2021/09/13 09:51 退会済み
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