第五話 奉迎
「……ん……朝か」
窓から差し込む光で、アキラは目を覚ました。
そして、なんとなく右腕が重いのでそちらを見ると、寝間着姿のミチアがいた。
「!!」
いっぺんで目が覚める。昨夜のことが思い出された。
「ああ、そうだった。昨夜は……」
アキラが身動きしたのを感じたか、ミチアも目を覚ます。
「ん……あ……ア、アキラさん!? な、何で…………あ」
ミチアも昨夜のことを思い出したようだ。
「す、済みません!」
慌ててアキラから離れるミチア。だが、ちょっと大きく動きすぎた。
「きゃあっ!」
ドスンという音と共に、ミチアの姿がベッドから消えた。平たく言うと落っこちたのだ。
「だ、大丈夫か?」
「は、はい……」
「……!!」
仰向けに落ちたミチアを起こしてやろうと近付いて手を差し出したアキラは、慌てて目をそらした。
ミチアの寝間着の裾がめくれ上がって、白い脚が太腿の半ばまで見えてしまっていたのだ。
「きゃ」
起こしてもらいながら、そのアキラが顔を背けている理由に気が付き、ミチアは慌てて裾を直す。
「ご、ごめん」
「……」
「……」
朝から2人の顔は真っ赤である。
* * *
その日は少し行程が長いので、午前7時半にはアルビ村を発った。
昼にパミエ村、そして夕刻にはモントーバンという町に着く予定となっている。
このモントーバン町が侯爵領の政治的な中心で、同時に領地の外れでもあるという。
「我が領地は辺境なのでな。最も賑やかな町が最も領地の外れになるのだよ」
同じ馬車に乗っているフィルマン前侯爵がアキラに説明をしてくれた。
前侯爵は、こうしてアキラと同じ馬車に乗ることにより、いろいろな話をしてくれる。アキラもまた、さまざまな質問に対し答えていた。
「今日は、尻の方は大丈夫かね?」
昨日はアキラがかなり辛そうにしていたので、あまり話ができなかったことを残念に思っていた前侯爵なのである。
「は、はい。クッションのおかげで」
「ふむ、それならいい。……で、昨日言っていた『サスペンション』と『ショックアブソーバー』であったな? それはどのようなものなのだ?」
昨日アキラは馬車の乗り心地に関して、前侯爵にいろいろと説明をしていたのである。もっとも途中から尻の痛みで話がそれてしまっていたのだが。
普段はいろいろな雑務に追われ、アキラとゆっくり言葉を交わすこともできない前侯爵は、この機会にいろいろと話を聞きたいと思っていたのである。
「まずはアキラ殿の世界について聞いてみたい」
「はい」
「統治はどうなっているのだ? 以前聞いた話では、国民から選ばれた代表が政府を作って国を動かしているということだったが、それがまったく理解できんのだ」
この世界で生まれ育った前侯爵には、民主主義というものがなかなか理解できないようだった。
「何百人もの議員で議論し、いちいち多数決を取っていては、決定に時間が掛かりすぎるだろうに。必要な手を必要な時に打てないようでは守るべき国民を守ることなどできないだろう」
民主主義の短所と思われる点を指摘してくる前侯爵。
そうかと思うと、
「ふむ、トップダウンとボトムアップ、か。確かに、上の者からの一方的な命令だけでは、下の者はまとめられぬな」
などと理解を示すことも。
だが、前侯爵が最も興味を示したのは『教育制度』であった。
「何だと? ……本当に、7歳から15歳まで、国民は誰でも教育を受ける権利があるのだな? ……うーむ」
過去の『異邦人』がそうした情報をもたらしてはいたが、直接耳にしたわけではないので話半分に聞いていたのだという。
「そんなことをしたら、上の者の立場が脅かされ……そうか、『民主主義』なのだったな」
「はい」
教育と民主主義は切っても切り離せないものだろうとアキラは考えていた。
無知であれば、上の者の指示がおかしいという疑問を持つことも少なくなるだろうからだ。
「ですが、国力を考えたらどうでしょうか」
一応学生として、アキラも多少なりとも自説を持っていた。
「国力?」
「はい。『知識は力なり』といいます。知識人が増えるということは、その国の力が増すということです」
アキラは、平等な教育によって、隠れた才能を見つけ出すことの有益さを説明した。
それに対して前侯爵も反論する。
「なるほど、興味深い話である。だが、行きすぎれば頭でっかちばかりとなり、仕事のえり好みをするようになって、世の中がうまく回らなくなるのではないか?」
「それは確かにあります」
その点はアキラも認めざるを得ない点だった。
「儂が思うに、幸福とは満足度だ。そして人の欲は際限がない。1つ譲歩すれば翌日にはもう1つ譲歩しなくてはならなくなる、そんなこともあるのではないだろうか?」
『知らぬが仏』ということわざがある。知ることは必ずしも幸せだとは限らないのだ。
つまり、知識だけが増えてしまうと、現状に不満を持ってしまい、最悪の場合革命に繋がるのではないか、と前侯爵は言いたかったようだ。
「……凄いですね。確かにそういう傾向はあると思います」
特に独裁者が治めるような国ではその傾向が強い、とアキラも認めた。
「そうすると、急激な教育の推進と普及は、必ずしもよい結果をもたらすとは言えぬな」
「そう、かもしれませんね」
急激な改革は軋轢を生む。生じた歪みは破綻に繋がる。
領主としては混乱をもたらすような真似はしたくないのだろう、とアキラは思った。
(どうしても保守的になるわけだな……)
そんな話で午前中は終わり、パミエ村での昼食も早々に、再び馬車は動き出す。
「済まぬな、慌ただしくて。だが、こことモントーバンは距離が少々あるのでな」
フィルマン前侯爵がアキラに説明する。
途中に『チュル』という集落があるが、そこは小さすぎて泊まるには向かず、どうしても今日中にモントーバンまで行きたいのだという。
「そこからは賑やかになるのでな」
その言葉どおり、一行はチュル集落で小休止。
チュル集落は20戸もないような小さな集落で、確かにこの一行が宿泊できるような土地ではなかった。
「着くのは夜になるだろうが、おそらく途中まで出迎えが来るはずだ」
現領主にして前侯爵の長男、『レオナール・マレク・ド・ルミエ』侯爵がいる町である。
どのような町なのか、アキラは少しわくわくしていた。
馬車の窓から見える風景も、山が遠くなり、森や林も見えなくなって麦畑や果樹園が増えてくる。
その時、角笛というのだろうか、やや甲高い笛の音が聞こえ、馬車が止まった。
「おお、来たか」
前侯爵はその笛の音で察したらしい。
「大旦那様、お出迎えです」
一拍遅れて御者が報告する。
「うむ」
「フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵閣下、お迎えに参りました」
馬車から外を見れば、30騎あまりの騎兵が下馬していた。
その先頭に立つ騎士が恭しくお辞儀をしている。
「出迎えご苦労」
フィルマン前侯爵は一言騎士たちを労うと、
「先導を頼む」
と言って馬車に引っ込んだ。
そして再び一行は、騎兵を先頭にして動き出したのであった。
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20181104 修正
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