第三十話 高高度
この日のド・ラマーク領は、昼近くになっても雲が湧いてこない。
そして空気が澄んでおり、山々がよく見えている。
「こういう時は、明日は雨になるんだよな」
「ああ、そうだったね」
長年暮らしていると、その地方特有の気象変化に詳しくなる。
山に掛かる雲を見て天気を予想する猟師のようなものだ。
空気中に水分が多いので塵が少なくなるため、遠くまで見通せるというわけである。
空気中の水分が多い=湿度が高い、ということは翌日雨になる可能性が高い、と科学的に説明できる。
昼食を食べながら、アキラとハルトヴィヒは歓談している。
「そうしたら、帰る前に試験飛行……いや、予行演習をしてみようか」
「いいのか?」
「もちろん。いい機会だから、『新型垂直離着陸機(VTOL)』の性能チェックをしたいし」
要は『新型垂直離着陸機(VTOL)』で『北の山々』を越えられそうかどうかの確認である。
「それは願ってもないことだ」
「アキラならそう言うと思ったよ」
* * *
こうして、2人は飛行場へ向かう。
「しかし、暑いな」
「今日は夕立も来そうもないから、上空まで行くにはいい日だよ」
「それもそうか」
やはり雷は怖い。
雲のない今日は、その心配がいらないというわけだ。
「こんな日は、年に2回あるかどうかだからな」
「そうだったね」
などと話をしながら歩いていると、飛行場に到着。
「さて、いよいよだ」
「楽しみだな!」
道々、『新型垂直離着陸機(VTOL)』について説明していたので、アキラは何も心配していなかった。
ただ、これで夢にまた一歩近づく、という期待が募るのみ。
そして2人は『新型垂直離着陸機(VTOL)』に乗り込んだ。
「思ったより内部は広いな」
アキラが言う。
イメージとしては軽自動車の車内をぐっと細くした感じ。天井も低めだ。
「操縦士の交代も想定しているし、仮眠ができてトイレのことも考えているからな」
「なるほど」
狭いなりに目一杯居住性を考慮した結果だということがわかる。
「それから、後部座席の後方の床は開くようになっているんだ」
「ああ、空中から下りられるようにするんだな」
「まだウインチは付けていないけどな」
「そうだったな」
「アキラは操縦席の後ろに座ってくれ」
「わかった」
操縦士を含め、定員は3名。
操縦席が最も視界が広く、そのすぐ後ろはそれに次いで眺めがいい。
その座席は少しだけ高くなっており、操縦士の頭越しに前方が見えるようになっている。
「これはいいな」
「だろう? ……シートベルトを締めてくれ。発進するぞ」
「おう」
ハルトヴィヒは起動スイッチを入れる。
機関が動き出すが、まだ離陸はしない。
「それじゃあ、飛ぶぞ」
ハルトヴィヒは浮上用エンジン……『浮揚機』のスロットルレバーを少しずつ上げていく。
それにつれて『浮揚機』出力が上がり、機体はゆっくりと浮かび上がった。
「おお、安定しているな」
「苦労したからな」
空中で静止できるようにと苦労に苦労を重ねて完成させた機体である。
ピッチングもローリングもほとんどなく、機体は滑らかに上昇していく。
そして高度100メートルを超えると、ハルトヴィヒは推進機のスロットルレバーを押し込んだ。
前進を始める『垂直離着陸機(VTOL)』。
「『浮揚機』だけで上昇するのは効率が悪いからね」
「そりゃそうだな」
今『垂直離着陸機(VTOL)』は斜めに上昇している。
前進と主翼による揚力と、『浮揚機』による浮力の両方を使っているのだ。
そして目指すは『北の山々』。
「気密はしっかりしているし、与圧もしているから居住性はいいと思うんだが、どうだい、アキラ?」
「うん、耳もおかしくならないし、寒くもないな」
「よしよし」
さらに上昇していく『垂直離着陸機(VTOL)』。
「高度3000メートルを超えた」
「なかなか速いな」
離陸して10分経たずにこの高度まで達している。
前回乗った『ルシエル1』よりも少し速い。
「今は時速200キロくらいだ」
1分で3キロ以上を飛べる速度である。
上昇角度は10度、勾配にすると約18パーセント。
つまり1キロ=1000メートル飛ぶと180メートル上昇することになる。
時速200キロで10分飛ぶと33キロ進むので、その18パーセントということは6000メートルに達することができるということになる。
実際には、上昇するにつれ上昇角度が小さくなる傾向にあるので、もう少し時間が掛ることになる。
が、ついに『垂直離着陸機(VTOL)』は『北の山々』よりも高い空を飛んでいた。
「アキラ、見てくれ、あの山々が下に見えるぞ」
「うん、見てるよ」
ついに……ハルトヴィヒは、高度8000メートルを超えることのできる飛行機を作り上げたのである。
「やったなあ」
「ああ、これで行けるぞ」
高度8000メートルから見た『北の山々』は白く、神々しかった。
その果ては霞んで見えなかったが、山々は確かにそこに存在する。
今の2人は、その向こうへ行くことができる手段を手に入れたという感動と達成感に包まれていたのである。
8000メートルの空は紺色に澄んでいた。
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次回更新は2025年12月13日(土)10:00の予定です。




