第二十七話 達成
盛夏ともなると、北の地であるド・ラマーク領も暑い日が続く。
朝夕はしのぎやすいが、日中は摂氏30度を超える日が連日やってくるのだ。
摂氏35度超えの猛暑日を経験しているアキラにはさほどでもないが、根っからの地元民であるミチアたちは辛そうである。
「湿度が低いからまだマシだけどなあ」
内陸なので、ド・ラマーク領の湿度は低めである。
ゆえに、室内はまあまあしのぎやすい(アキラにとって)。
が、この世界で生まれ育った者たちは暑がっていた。
とはいえ、その分アキラは寒さに弱いのだが……。
* * *
さて王都では、いよいよ新型『垂直離着陸機(VTOL)』の試験飛行が行われようとしていた。
天候は晴れ、綿雲が幾つかぽっかりと浮かんでいる。風は微風、絶好の飛行日和だ。
もう試作機が何度も飛んでいるので、ギャラリーは少なめ。
宰相パスカル・ラウル・ド・サルトル、産業大臣ジャン・ポール・ド・マジノ、魔法技術大臣ジェルマン・デュペー、近衛騎士団長ヴィクトル・スゴーの4人だ。
「予備テストは十分にしたし、『垂直離着陸機(VTOL)試作機』はもう何度も操縦したからね」
「そうですね。でも万が一ということもありますから、気を付けてください、先生」
「うむ」
今回のテストパイロットもハルトヴィヒである。
「準備完了しました」
「ありがとう、シャルル」
機体の最終チェックを行っていたシャルルから完了の報告が入る。
ハルトヴィヒはゆっくりと新型『垂直離着陸機(VTOL)』に乗り込んだ。
座席に座り、シートベルトを締める。
万が一の脱出時には、ボタン1つでリリースできる構造になっている。
操縦桿を軽く動かし、手応えを確認。
最後に計器類を目視でチェックし、ハルトヴィヒは保護カバーを開いて起動スイッチをオンにする。
魔力が機体に行き渡るが、まだ動き出しはしない。
「よし、発進だ」
『浮揚機』を起動し、ゆっくりと出力を上げていく。
『浮揚機』の出力調整は、正面右下にある小さなハンドルを回すことで行う。
右に回すと上昇、左に回すと下降である。
ハルトヴィヒはゆっくりと『浮揚機』の出力を上げていく。
半回転ほどで機体は浮き上がった。
「おお、浮いたぞ!」
近衛騎士団長ヴィクトル・スゴーが野太い声で叫んだ。
「スゴー殿、ここからですよ」
魔法技術大臣ジェルマン・デュペーは冷静に観察している。
「ゆっくりと上昇できるものだな……空中に静止することもできると聞いたが。それに、静かだ」
宰相パスカル・ラウル・ド・サルトルは、静音性に着目していた。
50メートルほど上昇したところで、ハルトヴィヒは『浮揚機』出力ハンドルから手を放す。
新型『垂直離着陸機(VTOL)』は、空中にほぼ静止した。
「よし、いい感じだ」
先日、『垂直離着陸機(VTOL)』試作機を使って水の上で静止し、縄梯子で下りるテストをしたのだが、なかなか良好だった。
今回のこの機体は、それよりもさらに安定性が増している。
「次は……飛行だ」
ハルトヴィヒは、推進機の出力レバーに手を掛けた。
「よし、行くぞ」
右側にあるレバーを奥に押し込むと、推進機の出力が上がっていく。
左手は床から伸びる操縦桿を握っており、今は水平飛行のためほぼニュートラル位置だ。
操縦桿と機体の関係は、板に垂直に立てた棒のようなものと思えばいい。
棒(操縦桿)を手前に引くと、板の前が持ち上がる。
棒(操縦桿)を奥へ押すと、板の前が下がる。
左に倒すと板は左に傾く。航空機は左にバンクし、左旋回を始める。
右に倒した場合はその逆の動きだ。
機首の向きを変えたい時は足元のペダルを使う。
左右の足がそれぞれペダルに対応しており、右ペダルと踏むと機首は右に向く。
左ペダルを踏んだ時はその逆だ。
なお、両方をいっぺんに踏んだ時は空力的なブレーキが掛かるよう設定されている。
こうした設定は、テストしながら改善してきた結果である。
これからも、『こうしたほうがいい』というアイデアがあれば、ハルトヴィヒたちは取り入れていくだろう。
閑話休題。
新型『垂直離着陸機(VTOL)』は、高度50メートルで安定して飛んでいる。
速度は時速50キロくらいで、この大きさの航空機としては非常に遅い。
「あの低速でも不安定にならないのは凄いな」
「テストにテストを重ねたからなあ」
「完全に成功だよ」
アンリ、シャルル、レイモンらは顔を見合わせて微笑みあった。
低速飛行での安定性を確認したハルトヴィヒは、高速飛行に移る。
操縦桿を引いて機首を少し上に向ければ、『浮揚機』の出力も連動しているので機体は上昇していく。
ハルトヴィヒは高度150メートルで水平飛行に移った。
「よし、速度アップ」
スロットルレバーを押し込み、推進機の出力を上げる。
新型『垂直離着陸機(VTOL)』は加速を始めた。
「お、いい感じだな」
順調に速度が上がっていく。
速度計では時速100キロを軽々と超え、時速200キロに迫る。
「まだまだ出力には余裕があるな」
時速200キロは余裕であった。
ハルトヴィヒはさらに出力を上げる。
「220、240、260……いい感じだ」
機体の振動も少なく、乗り心地はいい。
時速300キロも超えることができた。
双発単葉機『ルシエル1』を超える時速360キロを新型『垂直離着陸機(VTOL)』は出すことができた。
「次は高度だ」
速度は時速100キロに落とし、『浮揚機』の出力を上げていくハルトヴィヒ。
機体には大きな螺旋を描かせるようにして高度を上げていく。
新型『垂直離着陸機(VTOL)』は積雲よりも高くまで上昇した。
積雲の高度は2000メートルから1万メートルくらい。
今日の積雲の頂上(雲頂)は5000メートル付近であったが、新型『垂直離着陸機(VTOL)』はそれよりも高く上がることができたのである。
「やったぞ!」
操縦席でハルトヴィヒは1人歓声を上げていた。
コクピットの与圧は好調で呼吸も問題なし。耳鳴りもしない。
「これなら、『北の山』を越えることができるな!」
いよいよ、アキラとの念願の叶う日は近い。
そう思うと、ハルトヴィヒの胸は高鳴るのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年11月22日(土)10:00の予定です。
20251115 修正
(誤)今回のこの機体は、それよりも皿の安定性が増している。
(正)今回のこの機体は、それよりもさらに安定性が増している。




