第九話 遥かなる大地
アキラとハルトヴィヒが乗った『フジ改』は高度8000メートルに到達した。
地球でなら、これ以上高い場所はわずか8箇所……ヒマラヤに存在する8000メートル峰8座しかない。
だが、アキラとハルトヴィヒの眼の前には、9000メートルを超えると思われる高峰がいくつも聳えていた。
「これは……凄いな」
「壮観だね」
見たところ、低い山でも標高は6000メートルを下ることはないようだ。
峠部分は5000メートルあるなしに見えるが、そこを越えてももっと高い稜線に遮られて行き止まりになりそうである。
「最低でも、今の高度を飛び続けられないといけないわけか」
「そうなるな」
目に見える範囲、山、山、山。
「どのくらい飛べば、この山脈を越えられるか、見当がつかないな」
「同感だよ、アキラ」
途中で墜落、あるいは不時着すれば、生還は難しい。不可能と言ってもいい。
であるから、万全の準備をこれでもかと重ねてから挑む。
それがアキラとハルトヴィヒの、一致した考えだった。
「探検と冒険は違うからな。誰かの受け売りだけど」
「それも『携通』かい?」
「ああ、いや、昔読んだ本に書いてあった気がする」
「ふうん」
冒険とは『険』を『冒す』、つまり険しく困難な行為を敢えて行うこと。
探検とは『探り』『検』証する、つまり行動よりも調べることに重点が置かれている。
できるかどうかわからないのが冒険。
結果を持ち帰るため尽力するのが探検。
「なるほどなあ。つまり、できる限りの準備を整えて行うのが探検だね」
「そういうことだよ、ハルト」
「ならば、戻ったら何が必要か、じっくり話し合おう」
「もちろんだ。どう段階を踏んでいくか、それもな」
『極地法』というものがある。
登頂困難な高山にアプローチするための手法の1つだ。
ベースキャンプを定めて、燃料や食料などの物資を置き、そこから第1キャンプ、第2キャンプ、第3キャンプ……と少しずつ拠点を山頂に向けて伸ばしていく。
登山者は人夫なども使ってキャンプを往復しながら高度を上げていく(高度順化の意味もある)。
そして最終的にはアタックキャンプからの登頂となる。
ちなみに、これと対極的なのが『アルパインスタイル』で、できる限りの軽量化した装備を用い、短時間でアタック(登頂)する手法である。
なお、極地法とアルパインスタイルの中間の『カプセルスタイル』という手法もある。
* * *
高度7000メートルから、ゆっくりと『フジ改』は下降していく。
「それで、『探検』のための準備の1つとして、アキラに相談があるんだ」
「何だろう?」
「魔力の残量計なんだ」
通常の使用では、ハルトヴィヒが補充できる量と消費量はほぼ釣り合うため、補給なしでいつまでも飛んでいられる(理論上は)。
また、ゲルマンス帝国との技術提携で得た新技術の1つで、『魔力凝集機』というものもあり、これを用いれば理論的には魔力切れは起こさない。
「だけど、急上昇のような魔力消費の多い機動をすれば当然消費量も多くなるし、何か不慮の事態が生じて消費が増えてしまえば、魔力が足りなくなる可能性も0ではないからね」
「それはそうだろうな」
「だから、どのくらい魔力が残っているかを知りたいんだが、今のところその方法が思いつかないんだよ」
だからアキラにも考えてみてほしい、とハルトヴィヒは言った。
「俺は魔法技術なんてわからないぞ」
とアキラが言えば、
「いや、アキラに頼みたいのは、全く別の視点からのアイデアなんだよ」
と、ハルトヴィヒ。
「そういうことなら……」
アキラも、そうまで言われてはと考えることにした。
速度を出し過ぎないようにしてゆっくり降下しているので、話す時間は十分にある。
「うーん……じゃあ、思い付くままに口にするぞ」
「ああ、どんどん言ってくれ」
「まずは……『色』だな。魔力が多い時は緑で、減ってきたら黄色を経て赤、とか」
「なるほど、面白い。……僕は批判はしないので、まずは思い付くままどんどん言ってくれ」
「わかった。……次はメーターだな。タンク内の魔力の圧力を感知して上下するメーター」
「ふんふん」
「あとは……音かな」
「音?」
「まあ、例えばだけど、魔力タンクを叩いてみて、低い音だと満タンに近くて、高い音だと空に近い、とか」
「水タンクみたいな扱いをするわけだね」
「そうそう。あとは重さかな」
満タンなら重く、空なら軽くなるのでは、というわけである。
「うーん……あとはちょっと思いつかない」
「いや、参考になったよ。ありがとう」
「また何か思いついたら教えるよ」
「頼む」
そして『フジ改』は、ド・ラマーク領がはっきり見えるほどの高度まで下りてきた。
『絹屋敷』や『飛行場』もはっきりと見えてくる。
「もうすぐ着陸だ。シートベルトを付けてくれ」
「わかった」
座席に座り直し、シートベルトを締めるアキラ。
もう『フジ改』は、着陸態勢に入った。
ファウラー・フラップを下ろし、低速での揚力を確保しつつ降下。
向かい風で滑走路に進入。
着陸脚が地面に触れると、ハルトヴィヒはプロペラを停止させた。
機体の速度はさらに落ち、『フジ改』は着陸したのである。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
多くの人々が彼ら2人を出迎えたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年7月19日(土)10:00の予定です。
20250712 修正
(誤)9000メートルを越えると思われる高峰がいくつも聳えていた。
(正)9000メートルを超えると思われる高峰がいくつも聳えていた。
20250922 修正
(旧)
通常の使用では、ハルトヴィヒが補充できる量と消費量はほぼ釣り合うため、補給なしでいつまでも飛んでいられる(理論上は)。
「だけど日をまたぐような場合、眠っていたら供給は止まるし、急上昇のような魔力消費の多い機動をすれば当然消費量も多くなる」
(新)
通常の使用では、ハルトヴィヒが補充できる量と消費量はほぼ釣り合うため、補給なしでいつまでも飛んでいられる(理論上は)。
また、ゲルマンス帝国との技術提携で得た新技術の1つで、『魔力凝集機』というものもあり、これを用いれば理論的には魔力切れは起こさない。
「だけど、何が不慮の事態が生じて消費が増えてしまい、魔力が足りなくなる可能性も0ではないからね」




