第四話 まずは成功!
ほんの僅か、寒さが緩んだような気がするド・ラマーク領。
しかしまだまだ雪は降り積もり、山も森もその下に埋もれている。
「今年は雪が多いな」
「そうですね、あなた」
「統計によると、こういう年は春が早く来るんだよな」
「そうみたいですね」
アキラは領主になってからはもちろん、それ以前の気候と作柄について、できる限り正確にまとめていた。
それによれば、雪の多い年は春の訪れが早い傾向にある。
具体的には、雪ではなく雨になる日が平年よりも早い、ということだ。確率は70パーセントを超えているのでかなり確実である。
「水不足もないだろうし」
「そうですわね」
山に降った雪が氷となり、氷河になって掛かっているこの地方では、夏の水不足の心配はほとんどないと言っていい。
その大本の雪が山に降ってくれるのは安心材料である。
……というのも、アキラは、元いた世界では温暖化のために、あちらこちらで氷河が崩壊したり永久凍土が解けたりしていることを知っているからである。
けっして杞憂ではないのだ。
「子供たちは?」
「タクミはお勉強中です。エミーはお絵描きをしています」
「そうか」
2人とも外での遊びと家の中での遊び、どちらも好んでいるので助かるな、とアキラは思った。
勉強はアキラが、お絵描きはミチアが教えられるが、仕事があるので付きっきりは無理なのである。
そこで『携通の写し』を使い、タクミ用のテキストを作っている。
今のところ、小学校低学年レベルの内容を勉強させているところだ。
エミーには、かつてミチアの同僚だったリュシル(リュシー)に頼んで『塗り絵』を作ってもらったので、それを使って絵の練習をさせている。
ちなみにこの『塗り絵』は王都でも貴族の子女に評判がよかったので、印刷して販売していたりする。
売上の半分はリュシルのものとなっており、いい小遣い稼ぎになっているらしい。
* * *
さて王都でも、珍しく雪が降り積もっていた。
といってもせいぜいが10センチ程度である。
それでも、雪が降らない年のほうが多い王都では、子供たちが喜びはしゃぎまわっている。
だが大人はそうもいかない。
「雪が嬉しくなくなったらもう子供じゃないのかもね」
「そうかもしれませんね」
滑走路に雪が積もると飛行機の離着陸が危険になるから、除雪作業に追われているのだ。
特に、部分的に雪が凍りついていたりするとそれは路面の凸部となって、滑走する飛行機に不要な衝撃を与えることになる。
ゆえに飛行場の除雪は重要な作業なのだ。
「先生、できましたよ!」
「ルイか! ……おお、なかなかいいじゃないか」
「でしょう?」
自動車開発では第一人者となったルイ・オットーは、突貫で『ブルドーザーもどき』を作ってきたのである。
荷物運搬用の自動車の前方に、丈夫な木で作った排土板を取り付けたのだ。
一応人力で排土板は多少の上下をするようになっている。
そんな簡単なものではあったが、やはり機械力は偉大で、人力の10倍以上の速度で滑走路の除雪が行われていったのである。
「ううん、すごいな。……ルイ、これを使って王城前の中央通りの除雪も行ってみたらいいと思うよ」
ハルトヴィヒが提案した。
「そうすれば、作業用車両の開発予算が増えるだろうから」
「そうですね!」
ここぞとばかりにアピールし、有益さを見せつけようというのだ
開発費の工面は、いつの世でも研究者の頭痛の種であるから……。
* * *
滑走路の除雪を済ませた翌日、ハルトヴィヒたちは『ハルト式ロケット推進器』の試作を積んだ飛行機を用意していた。
機体の方は単発単葉機の『エトワール1』。
メインの『ハルト式8段回転盤エンジン』はそのままにして、機体の尾部に『ハルト式ロケット推進器』を追加で取り付けたのだ。
出力はまだ低いので、これだけで飛行できるほどではない。
逆に言えば『エトワール1』の操縦性を破綻させるほどの出力は出せないので、危険も少ない、というわけである。
「それじゃあ、行ってくる」
試験飛行はもちろんハルトヴィヒが行う。
「先生、気を付けてください」
「まかしておいてくれ」
『ハルト式ロケット推進器』の使い所その1は、離陸時だ。
滑走中に起動することで、離陸が楽になる。
その期待どおり、『エトワール1』はいつもの3分の2程度の滑走距離で離陸したのである。
「いい感じだな。次は上昇だ」
使い所その2は上昇時。
これも、期待どおりの効果を発揮し、『エトワール1』はぐんぐん上昇してくれた。
そして使い所その3は空気の薄くなる高空である。
が、これは与圧されていないコクピットの『エトワール1』でテストするのはパイロットが危険である。
ゆえにこちらの確認は次回以降だ。
とはいえ、補助として積んだ『ハルト式ロケット推進器』の効果は抜群で、もう少しデータを集められたら正式に推進機として追加搭載してもよさそうだ、とハルトヴィヒは確かな手応えを感じていた。
「飛行は安定しているな」
「成功のようだな」
その飛行ぶりは、地上から見ていてもよくわかるものだった。
「上昇速度も目に見えて速くなっているし」
「次はもう少し出力を上げたエンジンを積むんだろうな」
「今度は俺が乗せてもらう」
「いや、俺だよ」
「俺さ」
シャルル、アンリ、レイモンらは自分が自分が、と主張し合っていた。
そのうちに『エトワール1』は下りてきた。
危なげなく着陸。
そしてハルトヴィヒは満面の笑みで降りてきたのである。
「大成功だ」
「先生、おめでとうございます」
「ありがとう。次は出力を倍に上げよう」
「楽しみですね」
ハルトヴィヒたちの、新たな挑戦が始まる……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年6月14日(土)10:00の予定です。
20250607 修正
(誤)とはいえ、補助として積んだ『ハルト式ロケット推進器の効果は抜群で
(正)とはいえ、補助として積んだ『ハルト式ロケット推進器』の効果は抜群で




