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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第1章 基盤強化篇
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第二十九話 真綿

 100個の卵は無事に孵化し、毛蚕けごがもしゃもしゃと桑の葉を食べ始めた頃。


「アキラ、何とかできたわよ! ……でも……」

 リーゼロッテが、蚕が羽化したあとの繭をアルカリ溶液で処理した繭を持ってきてアキラに見せた。

「……繭じゃなくなっちゃった」

 糸同士をくっつけている『セリシン』を除去したものだから、繭も形を保てなくなったのである。

「……真綿にするか」

「まわた?」

 リーゼロッテが首を傾げる。

「ああ、言ったことなかったっけ? こういう、糸にできない繭をほぐして綿にするんだ。俺のいたところでは、これが一番古い綿なので、あとからできた綿と区別するために本当の綿、『真綿』っていうんだよ」

「へえ……面白いわね」

 この世界では綿と言えばフェルト綿と木綿綿のようだ。このあたり、地球の発展段階と異なるところが見て取れる。

「軽くて暖かいから高級品なんだぞ」


 この真綿を、羊毛からウールを作るようにして紡ぐと『つむぎ糸』というものができる。

 絹糸よりも太く、『節』があったりしてごつごつしているが、独特の風合いの布が織れる。その布地、そしてその布地で織った着物が『つむぎ』である。


「……だってさ」

 バッテリー残量が心許ない『携通』を確認したアキラは、リーゼロッテにそう説明した。

「ふうん……。一昨日だったかしら? アキラが、『あだやおろそかにしないよう心掛ける』って言っていた、あれね?」

「そうなんだろうな」

 俺が始めたわけじゃないから、と言ってアキラは苦笑した。


*   *   *


 アキラ、リーゼロッテ、ハルトヴィヒ、ミチアの4人が、リーゼロッテの研究室に集まっていた。

「ほら、見て」

 そこには、ぐずぐずに崩れた繭が50個ほど転がっていた。

「ああ……これじゃリーゼが焦るのもわかるな」

 ハルトヴィヒが言う。

「こんなになったのを見たら、何か失敗をしたんじゃないかと思うだろうさ」

 言われたリーゼロッテはほっと溜め息を付いた。

「そうよね……ああ、安心したわ」


「それでだな。さっきリーゼには言ったんだが、これをほぐして綿にしたものが『真綿』だ」

 アキラが説明すると、ハルトヴィヒとミチアはそのほぐれた繭を触ってみる。

「うーん、軽くてふわふわの綿になりそうだな」

「すごくいい手触りです。綿にしてしまうのがもったいないみたい」

 そんなミチアの言葉に、アキラは先程仕入れたばかりの知識を披露する。

「うん。だから、そんな『真綿』から、羊毛の時みたいにして糸を紡ぐこともあるんだ。それを『つむぎ糸』、その糸で織った織物は『つむぎ』と言うんだよ」

「そうなんですね! 本当に、無駄にしないんですね」

「そうなんだ。蚕が作ってくれた糸だからね」


 ということで、まずは染めではなく、くず繭から『真綿』を作る技法を確立させることにした。

 庭の落ち葉を燃やした草木灰は、肥料にするためにかなり大量にストックされていたので、当面の不足はない。

「この草木灰だと、水10リットルに100グラム入れてかき回し、半日おいて上澄みを濾し取ることでちょうどいいアルカリ溶液になるわ」

 実験時は、まず『濃い』溶液を作り、それを薄めて実験していったと言うリーゼロッテ。

「なるほど、そんな手順でやっていくのか。さすがだな」

 ハルトヴィヒが褒める。

「えへ、そう? ……この前失敗しちゃったから、挽回しないとね」

 リーゼロッテとしては、二酸化鉛の製法をきちんと解明できなかったのが悔しくてたまらないようだ。


「アルカリ溶液の中でくず繭を煮て、水洗いする。そのあと水中で手で引き延ばす。……こうかな?」

 まずアキラがやってみる。彼は不器用ではなく、さりとて職人級の器用さがあるわけでもない、『まあまあ器用』くらいだ。

 そのアキラが問題なく行えるようなら、一般的な作業として確立させられるだろう。

「ゴミが出るな」

 くず繭の中には、さなぎが脱いだ皮が入っているし、場合によっては死んだ蛹も入っていることもある。

 そういったゴミを綺麗にしてから乾かすことで『真綿』になるのだ。


「あ、これ、面白いわね」

「うんうん、いい手触りだな。この、引き延ばす時の何ともいえない手応えがやみつきになりそうだ」

「ああ、こうやって綺麗にして干せばいいんですね」

 アキラに続いて、リーゼロッテ、ハルトヴィヒ、ミチアらも繭の引き延ばしを行った。

 一番器用なのはミチア。次がハルトヴィヒ。リーゼ、アキラの順だった。

 アキラの名誉のため書いておくと、アキラは決して不器用ではない、中の上くらいだ。他のメンバーが人一倍器用なのである。


 100個のくず繭はすべて引き延ばされ、陰干しされている。

「干す時にゲバ(下馬)という四角い枠に引っかけて伸ばすらしいけどな」

 それを『角真綿かくまわた』というらしい、とアキラ。

 今回はゲバの用意がないので、適当に干している。

「なんでそんなことするのかしら?」

「多分、布団の綿に使うからだろうな」

 リーゼロッテの質問に、アキラも想像で答える。

 布団に詰めるなら、塊よりも平たい方が扱いやすいのは容易に想像が付く。

 だが、この『真綿』が中綿として入った布団が、どのような寝心地なのかは……アキラも含めて……誰も想像ができなかった。


*   *   *


「さて、数個残った繭があるわけだが、これはリーゼが染めの研究をするのに使ってもらおう」

 セリシンを取り除いた繭を6個、水中で引き延ばし、平たくしないで適当にひねったものを作った。数は当然ながら6個。

「これなら、染料がよくのるはずだから試してくれ」

「ええ、ありがとう。試してみるわ。……用意はできているの。見ていく?」

 この提案に、アキラたちは従った。どうせ染める時に湿るので、乾かす必要もなく、すぐに作業に入れる。


「これを使うわ」

 鮮やかな真紅の染料液をリーゼロッテは持ってきた。

赤花あかはなよ」

 一般に『赤花』と言われている花だそうで、日本で言う『紅花べにばな』とは違うようだ。

 花を摘んで絞り、赤い色を抽出するという。

 それがこの液というわけである。

「これを温めて、絹……真綿を入れて、と」

「おお、綺麗な色だな」

 白かった真綿が鮮やかなピンク色に染まった。

 リーゼロッテはそれを引き上げて水洗いし、

「こっちの媒染剤を入れた水に浸す、と」

 媒染剤は、化学的な反応で発色をよくすると共に、色落ちしづらくする効果がある。

 リーゼロッテが使ったのは『ミョウバン』。地球でもよく使われる媒染剤だ。ナスの漬け物の色をよくする時にも使われている。

 こころなしか色が鮮やかになったように見えるそれを、リーゼロッテは水洗いし、もう一度染料で煮た。

 今度は文字どおり目のさめるような赤に染まる。

 それを水洗いし、もう一度媒染し、水洗いして完了。

 陰干しにして乾かせば終わりだ。


「ああ、この色よ!」

 鮮やかな『薄紅色』となった真綿を見て、リーゼロッテは満足そうに笑ったのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は10日(日)10:00の予定です。


 20180609 修正

(誤)こころなしか色が朝やなになったように見えるそれを

(正)こころなしか色が鮮やかになったように見えるそれを

(旧)今度は文字どおり鮮やかな赤に染まる。

(新)今度は文字どおり目のさめるような赤に染まる。


(誤)実験時は、まず『濃い』溶液を作り、それを薄めて実験していったと言うミチア。

(正)実験時は、まず『濃い』溶液を作り、それを薄めて実験していったと言うリーゼロッテ。

 orz


 20190625 修正

(旧)

「これを使うわ」

 鮮やかな真紅の染料液をリーゼロッテは持ってきた。

「アカネよ」

 日本では『赤い根』という意味でアカネと呼ばれる植物だ。もちろん根の部分を使う。

 刻んで煮出したものがこの液というわけである。

「これを温めて、絹……真綿を入れて、と」

「おお、綺麗な色だな」

 白かった真綿が鮮やかなピンク色に染まった。

 リーゼロッテはそれを引き上げて水洗いし、

「こっちの媒染剤を入れた水に浸す、と」

 媒染剤は、化学的な反応で発色をよくすると共に、色落ちしづらくする効果がある。

 リーゼロッテが使ったのは『ミョウバン』。地球でもよく使われる媒染剤だ。ナスの漬け物の色をよくする時にも使われている。

 こころなしか色が鮮やかになったように見えるそれを、リーゼロッテは水洗いし、もう一度染料で煮た。

 今度は文字どおり目のさめるような赤に染まる。

 それを水洗いし、もう一度媒染し、水洗いして完了。

 陰干しにして乾かせば終わりだ。


「ああ、この色よ!」

 鮮やかな『あかね色』となった真綿を見て、リーゼロッテは満足そうに笑ったのであった。

(新)

「これを使うわ」

 鮮やかな真紅の染料液をリーゼロッテは持ってきた。

赤花あかはなよ」

 一般に『赤花』と言われている花だそうで、日本で言う『紅花べにばな』とは違うようだ。

 花を摘んで絞り、赤い色を抽出するという。

 それがこの液というわけである。

「これを温めて、絹……真綿を入れて、と」

「おお、綺麗な色だな」

 白かった真綿が鮮やかなピンク色に染まった。

 リーゼロッテはそれを引き上げて水洗いし、

「こっちの媒染剤を入れた水に浸す、と」

 媒染剤は、化学的な反応で発色をよくすると共に、色落ちしづらくする効果がある。

 リーゼロッテが使ったのは『ミョウバン』。地球でもよく使われる媒染剤だ。ナスの漬け物の色をよくする時にも使われている。

 こころなしか色が鮮やかになったように見えるそれを、リーゼロッテは水洗いし、もう一度染料で煮た。

 今度は文字どおり目のさめるような赤に染まる。

 それを水洗いし、もう一度媒染し、水洗いして完了。

 陰干しにして乾かせば終わりだ。


「ああ、この色よ!」

 鮮やかな『薄紅色』となった真綿を見て、リーゼロッテは満足そうに笑ったのであった。


 まことにもって面目ないことに、この先で『アカネ』を出すことになりましたので、ここでは茜は出しません。

 そこでこうさせていただきました。

 m(_ _)m

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